しまったな今月は31日まであったのか、今いるこの宿は30日までしか予約をしていなかった。
素っ頓狂な男には付き物な事である。
次の宿は1日からと言ってあった。もう一泊させてほしい、そんな事考えずスパニッシュハーレムを離れる事にした。カミも日本に帰っていったしね。
ハーレムも良い所も悪い所もたくさんあったが、ブルックリンの下町の方がなぜか肌に合っているように感じた。
さて、どこで一夜を過ごそうか。まだこの時の私は、土地勘も無くパッと頭に浮かんだのはタイムズスクエアとブライトンビーチという海辺の二つしか選択肢がなかった。
夜中にタイムズスクエアは行った事が無かったが、眠れはしないだろうけど人通りが多く安全だと考えていた。でも、ブライ トンビーチでシャネルズの『星くずのダンスホール』でも聴きながら眠りにつくのも悪くないな、なんて馬鹿げた事をこの時は真剣に考えていた。
日も沈みだし、どちらかに決める時が迫ってきていた。
素っ頓狂一は、人混みをかき分けブライトンビーチへ向かう駅へゆっくりと歩きだした。
派手にキメたニューヨーカー、道端で絵を売っている画家や、路上パフォーマーを横目に華やかな雑踏をすり抜けようとした時、どこかなつかしい声が聞こえ足を止めた。
          『こんにちは』
振り向くと、無精ひげをたくわえ片手にタンバリンを持ったペンギンが立っていた。
首からぶらさげたダンボールには、『Your Smile Is Beautiful』と書かれている。
軽く会釈をして通り過ぎようとしたが、私の顔を見るなりペンギンはペタンとその場に腰を下ろした。荷物を肩から下ろし、ペンギンの横に座った。ニューヨークの雑踏にペンギン男と半分アフロの男が溶け込んだ。
彼の名はヨシ。東京サーカスという『笑顔を世界に』をモットーとしているお笑い集団の団長である。ニューヨークの路上での活動は、ペンギンの格好をしてタンバリンを叩いて腰を振るというなんとも芸のないパフォーマンスをする事である。この、芸のないシンプルで地味な動きに彼のお笑いに対する姿勢、笑顔にさせてくれる要素が凝縮されていると感じた。
色んな事を聞き、色んな事を話した。腰を下ろしてどれくらいの時間が過ぎただろうか…。時間が 経つのを忘れ、二人は話に没頭した。
生活生命線でもあるパフォーマンスを切り上げてくれたペンギンは『ぼくたちは、会うべくして会ったんだよ』としきりに言ってくれた。出会えた事を本当に喜んでくれ、家へ招いてくれると言ってくれた。それも、出会いを記念して友達も呼んでのちょっとした歓迎会を開いてくれるのだという。
内心ホッとしていたが、遠慮というか申し訳ないというか、感謝の気持ちをどう表せばいいのか迷っている私の気持ちを察したペンギンは『何度も人に助けられここまできた、あなたは僕に対する感謝の気持ちをまた別の人に返せばいい』こんなにもくさいセリフをペンギンの格好でさらりと言ってのけ、その言葉のおかげで素直に好意に甘える事ができた。
イーストビレ ッジに位置するペンギンの部屋兼、事務所は長い歴史のせいで部屋は明らかに傾いていた。節約の為に冷房機具は無く、蒸し暑い部屋に所せましと小道具や衣装が置かれている。
いつの間にか、ペンギンは団長ヨシへと姿を変えていた。
集まった人達もあたたかく迎えてくれ、ただでさえ蒸し暑い部屋でほてっていた体が、さらに心まで温まる思いだった。それも、団長の人柄だからこそ集まる素晴らしい人たちだった。
夜も深まり、ふたたび二人になった。部屋の電気を消してからも話が途絶える事はなかった。
日本に帰ってやりたい事、やらなければならない事、こっちでやれそうな事。本当に胸が熱くなるような話の数々を暗くした部屋の天井を見つめながらしていた。団長とある約束をした。団長との約束は絶対にやぶらない。果たすまでは死ねない。
夜明け過ぎに団長がまたつぶやいた。
            『会うべくして会った』
何度も聞いた何気ないその言葉にハッとした。駅の前ではじめて出会った時に声をかけてくれ、なつかしさを感じたのは日本語だからという訳ではなく、そういう事だったんだなと。
今は強く共感できる団長のつぶやいた言葉。不思議な感覚だった。
 
結果オーライだったからこそ言える事なのかもしれないが、一人で何も知らない場所へ旅していると無性に自分を試したくなる時がある。悪い癖ではあるが、素っ頓狂な男には付き物な事である。
将来的には治していこう…、かな。




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あなたの笑顔は美しい

From LAZY