久しぶりに更新してみる。
かつて色々と学んだことから導いたことを少し書きます。ニュアンス的にこんなことを教わったこともあったかなと。
思考・発言・行動は三位一体
思ったことがその通りに言葉で表せない人、また行動にも伴わない人を多く見かけます。それは何でなんだろうと悩みます。そんな人を「考えなし」って言ってたこともあったような。たぶん、考えていないことはないと思うのだが、それを表現することが出来ない(苦手な)人が多いのでしょうね。
勝手な想像だと、自分のことで手一杯になってしまう人に見受けられる傾向のように思えます。自分ひとりで完結するようなことであればそれでもいいのですが、これが複数人が絡む仕事だったりすると困ったことにもなりかねない。
例えば、チームの先頭に立つ人、プロジェクトなどを先導する役割にある人は注意が必要です。
これは日ごろから意識をしていないと、考えすら至らないケースがあります。実に繊細なことなので、ここに差がつくものと私は思ってます。ただ、残念なことに、これが出来ていたからといって個人の評価につながりにくいこともあるのではないでしょうか。分かりにくいから…。
でも、仕事ができる人、信頼されている人は三位一体もちゃんと出来ている人であることは事実かなぁ。
そんな人が多くいる組織には快活さとか勢いとかがあると思う。
先日、クライアントからいつも姿勢がいいですねと言われてふと思い出したことがあるのでそれを書きます。
「お客様目線に学ぶ」
これは、先輩から教わったことではなく営業に行った先の人から学んだことになります。某メーカーで営業マンだった頃の話。まだ20代!お問い合わせをいただいた方の家を訪問した時のことです。
夕方くらいだったでしょうか、突然の訪問にも係わらず玄関口に入れてもらいました。でもそこから先に進めなかった(つまり、上がり框まで辿りつけていない状態)。
これ何故かと言うと、相手が玄関先まで出てきていないからです。その時出迎えていただいたのは奥様でした。奥様はと言うと玄関より廊下奥の位置(上がり框から2メートル程度離れた位置)に立ってたのです。シチュエーション的に家には奥様ひとり、夕方に男性が訪ねてくればおのずと警戒されるわけです・・・(汗)
そんな状況だったので、むやみに近づくことはせずに、玄関口で立ち止まったまま話しかけました。しかも、資料が詰まった重いカバンを玄関の土間に置くわけにもいかず、両手で手間に持ったままの姿勢で。。。
そう、僕は重い鞄を手前に持ったまま、ずっと笑顔でトークを続けていたのです。鞄を下ろすでもなく、姿勢を崩すでもなくひたすら自社のサービスについて必至に(たぶん)話し続けていた。そんな僕に対して、奥様は時折相槌を打ってその先を促すようなそぶりで、延々(記憶では1~2時間程度)と続いたのです。
話終わった後に開口一番言われたことが「あなたは素晴らしいですね」でした。・・・正直「っは?」って感じでした(笑)。
つまりその奥様曰く、まず玄関口まで入ったはいいが、図々しく上がり框まで寄ってこなかったこと。あの時、奥様はわざと玄関から少し離れた位置に立ち、僕がそれを見てどこまで近づこうとするかを見たのだそうです。
マナーの一説には、例え玄関に入り込むことができても、家主が近寄ってこない場合はむやにみ近づかず、少し距離を置くことで警戒心を解くのも必要なのだそうな。
さらに、鞄。ずっと持っていたことが評価された。だらしない営業だと、平気で土間に置いてしまうのだそうな。つまり土の上に置くことになるので汚らしいと言うことになります。もし、家の中に上げてもらうことができた場合鞄の底を拭くのかってことになります。
そもそも家に上げてもらうことを想定したら、土間に鞄は置かないでしょってことになる。
そして、姿勢。重い鞄を持ったまま、姿勢を崩さずにずっと話をしていた姿が素晴らしいと言われた。あの時相手もずっと立ったまま僕の話を聞いてくれていました。僕は話をすることに夢中だったので、鞄が重いとか、座りたいとかいう衝動がすっぽり抜けていたのだと思います。
でも奥様曰く、その気持ちがビジネスマナーとして重要なのだそうな。
実はその奥様と言うのが、元客室乗務員で当時は現役を引退してから後輩たちにマナー教育を担当されていた方だったのです。だから物凄く関心されたし、翌日は僕のことを授業で話したそうです。(うれしはずかしぃ~)
コレを切っ掛けに契約をいただくことができた・・・・・・・・わけではなかったのですが(苦笑)、折衝の機会をいただくことができて、プランニングまでは提案ができた。でも、契約できなかったのは痛恨の極み。。。
その当時もそうだったのですが、今回改めて感じたことはお客様は自分が思う以上に自分のことを見ていると言うことです。姿勢、態度、話し方などなど。なので特に仕事モードの時は、何処で誰に見られているのか分からないので、随分気を使ってます(笑)。客先に行くときは服装とかそれなりに悩みます(大笑)。
特に女性は見ていますよね。っと思います。
まぁ、でも思い返すと随分とチェックが厳しいお客様だったよな(笑)。試されたわけですからね(汗)。
あげく契約取れなかったんだから最悪・・・(色々な事情もあったんですけど)
そんな出来事からでも人は学べるってことの一例かなぁ。
がんばろうっと。
「お客様目線に学ぶ」
これは、先輩から教わったことではなく営業に行った先の人から学んだことになります。某メーカーで営業マンだった頃の話。まだ20代!お問い合わせをいただいた方の家を訪問した時のことです。
夕方くらいだったでしょうか、突然の訪問にも係わらず玄関口に入れてもらいました。でもそこから先に進めなかった(つまり、上がり框まで辿りつけていない状態)。
これ何故かと言うと、相手が玄関先まで出てきていないからです。その時出迎えていただいたのは奥様でした。奥様はと言うと玄関より廊下奥の位置(上がり框から2メートル程度離れた位置)に立ってたのです。シチュエーション的に家には奥様ひとり、夕方に男性が訪ねてくればおのずと警戒されるわけです・・・(汗)
そんな状況だったので、むやみに近づくことはせずに、玄関口で立ち止まったまま話しかけました。しかも、資料が詰まった重いカバンを玄関の土間に置くわけにもいかず、両手で手間に持ったままの姿勢で。。。
そう、僕は重い鞄を手前に持ったまま、ずっと笑顔でトークを続けていたのです。鞄を下ろすでもなく、姿勢を崩すでもなくひたすら自社のサービスについて必至に(たぶん)話し続けていた。そんな僕に対して、奥様は時折相槌を打ってその先を促すようなそぶりで、延々(記憶では1~2時間程度)と続いたのです。
話終わった後に開口一番言われたことが「あなたは素晴らしいですね」でした。・・・正直「っは?」って感じでした(笑)。
つまりその奥様曰く、まず玄関口まで入ったはいいが、図々しく上がり框まで寄ってこなかったこと。あの時、奥様はわざと玄関から少し離れた位置に立ち、僕がそれを見てどこまで近づこうとするかを見たのだそうです。
マナーの一説には、例え玄関に入り込むことができても、家主が近寄ってこない場合はむやにみ近づかず、少し距離を置くことで警戒心を解くのも必要なのだそうな。
さらに、鞄。ずっと持っていたことが評価された。だらしない営業だと、平気で土間に置いてしまうのだそうな。つまり土の上に置くことになるので汚らしいと言うことになります。もし、家の中に上げてもらうことができた場合鞄の底を拭くのかってことになります。
そもそも家に上げてもらうことを想定したら、土間に鞄は置かないでしょってことになる。
そして、姿勢。重い鞄を持ったまま、姿勢を崩さずにずっと話をしていた姿が素晴らしいと言われた。あの時相手もずっと立ったまま僕の話を聞いてくれていました。僕は話をすることに夢中だったので、鞄が重いとか、座りたいとかいう衝動がすっぽり抜けていたのだと思います。
でも奥様曰く、その気持ちがビジネスマナーとして重要なのだそうな。
実はその奥様と言うのが、元客室乗務員で当時は現役を引退してから後輩たちにマナー教育を担当されていた方だったのです。だから物凄く関心されたし、翌日は僕のことを授業で話したそうです。(うれしはずかしぃ~)
コレを切っ掛けに契約をいただくことができた・・・・・・・・わけではなかったのですが(苦笑)、折衝の機会をいただくことができて、プランニングまでは提案ができた。でも、契約できなかったのは痛恨の極み。。。
その当時もそうだったのですが、今回改めて感じたことはお客様は自分が思う以上に自分のことを見ていると言うことです。姿勢、態度、話し方などなど。なので特に仕事モードの時は、何処で誰に見られているのか分からないので、随分気を使ってます(笑)。客先に行くときは服装とかそれなりに悩みます(大笑)。
特に女性は見ていますよね。っと思います。
まぁ、でも思い返すと随分とチェックが厳しいお客様だったよな(笑)。試されたわけですからね(汗)。
あげく契約取れなかったんだから最悪・・・(色々な事情もあったんですけど)
そんな出来事からでも人は学べるってことの一例かなぁ。
がんばろうっと。
先日社内ミーティングをしていて思い出したことを書きます。
「評論家になるな」
別に評論家を批判するとかそんなお話ではありません。
かつて上司から教わったことです。
会議の場に於いて自分の意見を述べずに他者の意見をただ評論するだけのことはするなと言う事です。
これは無駄な会議(話し合い)をしないための考え方のひとつです。
”ディスカッション”の意味を知っているもしくはしたことがあれば分かる人もいると思います。
先日のミーティングでは、会議の開催者が参加者からの意見に対し、批評ばかりを述べるだけに留まり、着地点が見えないまま時間が過ぎてしまいました。あげく、この意見だけでは何も解決しないなどとさらっと他人事のように締めくくったので、たまらず「そう思うなら自分の意見を言うべき!」と言ってやりました(苦笑)。
慌てて次回までに意見をまとめて報告すると言ってましたが、やはりそれではいかんのです。
そもそもとして何のために会議をするのか、集ってもらうのか意見を出し合うのか・・・に立ち戻ると色んなことに気づくと思います。
今日は、そんな”気づき”の一例を書いてみました。
「評論家になるな」
別に評論家を批判するとかそんなお話ではありません。
かつて上司から教わったことです。
会議の場に於いて自分の意見を述べずに他者の意見をただ評論するだけのことはするなと言う事です。
これは無駄な会議(話し合い)をしないための考え方のひとつです。
”ディスカッション”の意味を知っているもしくはしたことがあれば分かる人もいると思います。
先日のミーティングでは、会議の開催者が参加者からの意見に対し、批評ばかりを述べるだけに留まり、着地点が見えないまま時間が過ぎてしまいました。あげく、この意見だけでは何も解決しないなどとさらっと他人事のように締めくくったので、たまらず「そう思うなら自分の意見を言うべき!」と言ってやりました(苦笑)。
慌てて次回までに意見をまとめて報告すると言ってましたが、やはりそれではいかんのです。
そもそもとして何のために会議をするのか、集ってもらうのか意見を出し合うのか・・・に立ち戻ると色んなことに気づくと思います。
今日は、そんな”気づき”の一例を書いてみました。
きっと忘れない。
http://blog.seesmic.jp/2011/10/steve-jobs-do-different/
http://blog.seesmic.jp/2011/10/steve-jobs-do-different/
ふと思えば今自分にはいない存在。否、みつけていないと言う・・・(いかんいかん)
「ライバルをつくれ」
事ある度に言われた言葉。能力向上するにも成績向上するにも共に競い合える存在って大きい。
勉強でもスポーツでも仕事でも。
小学、中学生の頃に先生から教えられたのが"尊敬する人は誰ですか"でした。
ライバルも尊敬も対象となる人を意識することは同じ。意識することによって生き方が変わる。
自分しか見ていないと、"これでいいや"という少し投げやり感を持ちやすくなる。限界点を勝手に決めてしまい、先に進もうと強く意識もしなくなる。
でも、ライバルがいると違う。負けたくないからもっと頑張ろうと思う。先に進もうと常に意識が高まる。そして勝つ喜びと負ける悔しさを知ることができる。
周りから意識される存在になることも成長への一歩です。
"ライバル"と思われることに誇りを持つ。
尊敬される人物になれと中学の恩師からも学んだ。
ライバルをつくることは自己意識向上の一環でもあります。競う相手がいないと堕落してしまうなら相手がいたほうが良いに決まってます。
そして、ライバルは身近な存在で見つけることが重要。身近でかつ、互いに知っている相手だからこそ意識が高ぶるし継続するんです。
"継続は力なり"とはよく言ったものです。
身近にいなければどうすればいいか!
・・・気づいてないだけで、きっと身近にいるはずなんです。
身近にライバルがいないほどになれば別ですけど(笑)。
(かつて、イチローは国内ではライバルがいなくなったので、メジャーに行ったとも。・・・確か。)
さらにライバルは1人が良い。
稀に「ライバルはみんなです!」なんて言う人いますが、ライバルは特定することにも意味があります。これはライバルをつくってみると分かると思います。
ライバルをつくるにしても、自己の目標もしくは目的が曖昧すぎると見つけられないかもしれませんね。
やはり目標があって、そこを目指すときにライバルとなりうる人物が現れる(見つけられる)といいのだろうなと思う今日この頃。
最近ちょっと落ち着いた感が出てきてしまっているのはライバルがいなからだろうか。
自分もふわふわしてきちゃったから気を引き締めんといかんな。
しかし、このテーマで書けば書くほどに自戒のタネが増えるという。。。罠(汗)
「ライバルをつくれ」
事ある度に言われた言葉。能力向上するにも成績向上するにも共に競い合える存在って大きい。
勉強でもスポーツでも仕事でも。
小学、中学生の頃に先生から教えられたのが"尊敬する人は誰ですか"でした。
ライバルも尊敬も対象となる人を意識することは同じ。意識することによって生き方が変わる。
自分しか見ていないと、"これでいいや"という少し投げやり感を持ちやすくなる。限界点を勝手に決めてしまい、先に進もうと強く意識もしなくなる。
でも、ライバルがいると違う。負けたくないからもっと頑張ろうと思う。先に進もうと常に意識が高まる。そして勝つ喜びと負ける悔しさを知ることができる。
周りから意識される存在になることも成長への一歩です。
"ライバル"と思われることに誇りを持つ。
尊敬される人物になれと中学の恩師からも学んだ。
ライバルをつくることは自己意識向上の一環でもあります。競う相手がいないと堕落してしまうなら相手がいたほうが良いに決まってます。
そして、ライバルは身近な存在で見つけることが重要。身近でかつ、互いに知っている相手だからこそ意識が高ぶるし継続するんです。
"継続は力なり"とはよく言ったものです。
身近にいなければどうすればいいか!
・・・気づいてないだけで、きっと身近にいるはずなんです。
身近にライバルがいないほどになれば別ですけど(笑)。
(かつて、イチローは国内ではライバルがいなくなったので、メジャーに行ったとも。・・・確か。)
さらにライバルは1人が良い。
稀に「ライバルはみんなです!」なんて言う人いますが、ライバルは特定することにも意味があります。これはライバルをつくってみると分かると思います。
ライバルをつくるにしても、自己の目標もしくは目的が曖昧すぎると見つけられないかもしれませんね。
やはり目標があって、そこを目指すときにライバルとなりうる人物が現れる(見つけられる)といいのだろうなと思う今日この頃。
最近ちょっと落ち着いた感が出てきてしまっているのはライバルがいなからだろうか。
自分もふわふわしてきちゃったから気を引き締めんといかんな。
しかし、このテーマで書けば書くほどに自戒のタネが増えるという。。。罠(汗)
