数年前の事である。

当時私が住んでいた賃貸物件のすぐ近く（というかほぼ「お隣さん」）の一軒家に、とある夫婦が住んでいた。

奥さんは地元出身の日本人。旦那さんはヨーロッパ出身。当然ながらお子さんはハーフであり、二重国籍だ。

私は結構長いことその物件に住んでおり、そのご家族とは数年間の付き合いがあった。何故かそこのお子さんに懐かれていた。

その子が中学生となり、中学3年を迎えた頃である。買い物帰りにその子と会い、久々に話し込んでいた。

話題は最初こそネットだの漫画だのというものだったが、おもむろにその子更にが呟く。

「こういう話は学校の子達と出来るんだけどね…(⁠´⁠-⁠﹏⁠-⁠`⁠；⁠)」

その顔には冷めた笑いが浮かんでいる。

日本では二重国籍でいられるのは18歳まで。18歳になったらどちらかの国籍を選択せねばならない。

その子が言うには、両親は「自分で考えて決めなさいね」と言うが、学校ではその話を出来る相談相手がいないとの事。

決めなければいけないのは分かっているが、決断の決め手となるようなものは友人からは得ようがない。相談してみた所で、答えに繋がる意見が出せる子などいない。「冷めた笑い」の理由はそこであった。

その冷めた表情を見て「これはいかん」と思い、私は真剣に話をする事にした。中学3年生でどこまで理解出来るかは気になるところであったが、言える限りの事は伝えてみようと思った。

「◯◯ちゃん…オジさんはな、『在日韓国人』ってやつでな、まぁこれでも外国人なのよ。　オジさんと君では立場が少々違うが、『選ぶ』という事に関してオジさんなりの話は出来る。　まぁ、ちょっと聞いてくれ。」

「これはあくまでオジさんの考え方やけどな、ウチら在日韓国人もな、やっぱ選ばないといかんのよ。　『韓国籍のまま日本で外国人として生きる』か、『日本国籍に帰化して韓国系日本人として生きるか』…をな。」

「同じ在日見てて思うんやけどな、外国人としても日本人としても生きようとしない、『いつまでも選ばない』人って多いのよ。」

「いつまでも選ばない人達ってな…何にもなれていない、オジさんにはそう見えるのよ。」

「いいかい。　どちらを選んだから間違いという事は無い。　どちらかを選んだからもう片方を無くすなんて事も無い。」

「『選んで』初めて『得られる』んだよ。」

「君が日本国籍を選んだなら、『自分はヨーロッパにもルーツを持つ日本人だ』と思えばいい。逆も同様や。ヨーロッパの国籍を選んだなら、『日本にルーツを持つヨーロッパの国の人』として生きていけばいいんだよ。」

「どちらを選んだとしても、もう片方のルーツを大事に思えばいい。　選んだ事でどちらかが無くなるなんて事は無いんや。　選ぶ事で初めて得られるんや。」　

「逆に、選ばなければ両方持ったままでいられるなんて事は無い。　どちらでもないから、何にもなれないから、結局何も無いままなのよ。　在日韓国人にそういう人は多いよ。」

「そしてな、どちらを選んだとしても『自分で決めた』という事に、『考えて悩んで選んだ自分』に、自信を持て。　どちらを選んだから正解…じゃないんだ。　『選んだ、決断した』という事が正しいんだよ。　選ぶ事が出来たなら、その自分の決断に自信を持ちなさい。　それは正しい事をしたからや。」

ここまで話す間に、その子の表情はだいぶ変わった。冷めた笑いは無くなり、真剣な表情で私を見て話を聞いてくれていた。その目には、何かしら力と言おうか、意思と言おうか、そういったものが宿っていたように思う。

どのくらい話していたろうか。夕方になる前から話し出していたが、すっかり日が落ちて暗くなってしまった。

話せる事はまだまだあったが、流石に日が暮れてしまっては仕方がなく、その辺で話を切り上げた。

また機会があれば、更に追加で話をしようかと思っていたが、残念ながら引っ越してしまったようで、「真剣な話」は一度きりで終わってしまった。

あの子がどう悩み考え、『選ぶ』に至るか…それを確かめる事は出来ないが、あの時の「話」がその一助となる事を願うばかりである。

しかし、考えてみると少々酷な話だ。

国籍をどちらにするか、彼等は18歳でそれを決めなくてはならない。

親元から離れ、「精神的な自立」と「経済的な自立」を果たす前に、謂わば「アイデンティティを自立」させなければならないのだ。

もう少し、せめて20歳まで猶予があっても良いのではないかと思うが

大半の人間がアイデンティティを自立させていないであろう今の日本では、この手の話を理解出来る者は多くはあるまい。おそらく議論にもならないだろう。

本日は以上です。

どちらを選んだから間違いということは無い。「選んで」初めて「得られる」のだ。