団塊の世代の私の高校時代から平板化の兆しはあった。(便宜上片仮名部分を高く発音して下さい。)例:自転車じテんしゃ→じテンシャ。くラブ・らインはもはや仕方ないにしても、国際化が進み、小学校・幼稚園でも英語を教える時代に、原地の人に通用しない平板化に何の意義があるのだろう?皆が良く知っている単語ならともかく、聞いた事の無い外国語なら尚更原語に忠実にすべきだと思う。スコットランドが舞台の洋画で原地の野草をはギスと呼んでいたが絶対ハぎすだろう。イスラム教の断食月はらマダンでなくラまだん。
そもそも外国語でアクセントの無い単語等有り得ない。また、嘆かわしい事に、老若男女問わずTVに右に倣えで、此処鹿児島でも古くから耳に馴染みの地名も平板化する事がカッコイイらしく松崎まツザキ・加世田かセダと聞くと、はァ?と思います。何でも平板化するからオペラ・声楽集団の二期会をTVでにキカイと発音された時はとっさに何の事か分かりませんてした。最近のコロナ関連ではアびがん→あビガン・エひでんす→えビデンスがとても耳障りです。然も年配の人達もだから嘆かわしい。私の方がおかしいですか?