132回 細菌同士も戦っています。細菌をやっつける細菌の話。
細菌というと、あまり良いイメージはありませんが、人の腸の中では、100兆個の細菌が、人の体の一部として、糖の消化などのお仕事をしてくれています。
また、皮膚の表面では、黄色ブドウ球菌が、お肌に必要な保湿成分を作ってくれていたりもします。
酵母菌は、みそやしょうゆ、パンなど、乳酸菌は、漬物やヨーグルトなど、食品の世界でも、細菌は頑張っています。
そんな役に立つ細菌がいる反面、厄介なカビや病気をもたらす細菌もいます。
で、見つけた論文が、細菌をやっつける細菌のお話です。
(長いので、読み飛ばしてもいいです)
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ワシントン大学のAlistair Russell博士らによって、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)が競争相手の他の細菌へ毒を注入することによって、相手細菌を攻撃していることが分かった。
また同時に、緑膿菌が自身の毒に対処する機能も解明された。
緑膿菌は土壌に生息する一般的な細菌であり、健康なヒトには感染しても何の症状も起きないが、免疫系が弱っているヒトなどに対して日和見感染を引き起こし、緑膿菌感染症の原因となる。嚢胞性線維症を持つヒトに対しては、厚い気管粘膜内で成長し、皮膚などに障害を引き起こす。
彼らはこの緑膿菌が、type VI secretion system(6型分泌系、T6SS)と呼ばれる、針のような形をした物質によって毒を注入し、競争相手の細胞壁を壊してしまうことを発見した。
Russell博士によると、この機能によって自身の生息域を広げ、種としての成功に繋がり、ヒトへの感染頻度も拡大したようだ。
T6SSによって細胞壁が破られ毒性のあるタンパク質を注入されると、細胞壁が分解され、細胞内に水が大量に流れ込むことによって、破裂して死んでしまう。
緑膿菌はT6SSを使って毒を他細菌へ送るため、自身の細胞壁内へ流れ込んで分解してしまうようなことはない。同時に、特殊な免疫タンパク質によって守られている。
また今回の研究によって、以前指摘されていたT6SSとバクテリオファージの類似性が証明された。
細菌への感染症に対処するため、ファージ療法が長い間研究されている。
しかし、バクテリオファージは不安定であり、また増殖に宿主細胞が必須であるため、それらが障害となっている。そのため、T6SS をバクテリオファージと同じような方法で対細菌感染に使えるのではないかと考えられる。
Russell博士によると、有用な細菌へ遺伝的にT6SSを導入することで、重篤な症状を引き起こす細菌への対処に使える可能性があるという。
またこの機能を防ぐ薬を開発することができれば、院内感染などによる緑膿菌の感染拡大を防ぐことができるようになるだろう。
補足:
バクテリオファージというのは、細菌に感染するウイルスのこと。ファージ療法というのは、細菌へ感染した患者へ、その細菌を攻撃するファージを導入することで、感染症を治療する方法のこと。
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ちょっと長いお話でしたが、細菌やウイルスといった小さな生物も、自身が生きていくための武器や防具を持っていて、生存や勢力拡大に邪魔になる敵を排除しているということです。
この仕組みを人が利用しているのが、抗生物質です。
例えば、青かびは、ペニシリンという抗生物質を分泌して、周りのウイルスや細菌をやっつけることで、自らの生存範囲を拡大しています。
また、身を護るときには、胞子という形態になることで、少々の熱や毒も防ぐことができます。
論文に出ていた緑膿菌は、ハリみたいな武器と、特殊なたんぱく質の鎧を装備しています。
で、この細菌の機能を積極的に医療に取り入れようとしているのが、バクテリオファージです。
人にとっては無害のウイルスや細菌を使って、人に悪さするウイルスや細菌をやっつけようという試みです。
今のところ、抗生物質ほどの効果は上げていないようですが、実用化すると広範囲な利用が考えられる研究分野です。
いずれ、ガン細胞に針をさして、毒液を注入してやっつけてくれる細菌なんかも登場するかもしれません。