ついに、スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐 

が公開されました。


思えば、1977年に始まった壮大なスペースオペラの30年に

及ぶお祭りが、ひとまず終焉を迎えると思うと、感慨深いもの

があります。


当時は、『未知との遭遇』が公開されて、SF映画ブームが

到来したわけですが、今の時代のように、世の中を挙げて、

STARWARSのファンであることを声高に語れるような風潮

ではなく、あくまでの一部のSFマニアの娯楽の世界でした。


その感覚は、1980年にスティーヴン・スピルバーグ監督の

『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』が公開された頃や、

1982年に『ブレードランナー』の頃まで続いていたように思えます。


これらの作品は、公開当時は興行的には失敗しており、

それが後になって、じわじわと人気を博す結果となったの

ですが、STARWARSにしても、今の若い人が騒いでいると

「何を今更!」と、オッサンめいた考えになってしまうことは

否めませんね。なにせ、切手まで発売されるご時世ですから。



「エピソード4 新たなる希望」の公開自体、アメリカに

遅れること、1年も待たされ、さらに「エピソード5 帝国の逆襲」

を心待ちにし、その「つづく...」的なラストにはさらに焦らされて、

結局は「エピソード6 ジェダイの復讐」で愛想が尽きたというのが

かつてのSF少年のファン心理でした。


それで、気を取り直して、久々に観た「エピソード1 ファントム

メナス」でダメぶりが確信へと変わり、一応、付き合いで観た

「エピソード2 クローンの攻撃」は、もう好きにしてくれ!

という絶望を感じた中での今回の「エピソード3 シスの復讐」

ですが、まあ、あまり期待しないで観に行くとしましょう。


とはいえ、30年近く前の「エピソード4 新たなる希望」の

公開当時から、ヴェイダーの呼吸音は、火山に落ちた後遺症と

いう情報は聞き及んでおり、その意味では、ルーカスは確固たる

意思でサーガを描ききったのだなあと、感心はしております。


個人的には、「エピソード5 帝国の逆襲」が一番好きですが、


ESB1


その魅力を語り始めたら 話が尽きませんので、今回はこのへんで。

半月ほど前のことですが、知人の娘さん(小学5年生)が

学校帰りに捨て猫を拾ってきたのですが、よくある話で、

親から猛反対され、「今すぐ、捨てて来い!」という状況の中、

私のところでしばらく預かることになりました。

neko1

実は、今から数年前に、ペットの猫を飼っている人と

暮らしたことがあるので、家の中に猫が居るという生活も

体験しており、それ以来、猫が好きになりました。

それから、ネットで猫の画像を集めたりして、かなりの数を

ゲットしました。その中には、本当に見ている方が吹き出す

ような可笑しい猫の表情や仕草があって、気に入っています。

 

nekokaburi

さて、その捨て猫の話ですが、まだほんの子猫で、まさしく

手乗りサイズだっただけに、まるでハムスターと遊んでいる

ような感覚でした。

 

猫にしては、珍しく人懐っこいというより、寂しがりの子猫

だったため、寝るときはいつも私の胸の上によじ登ったり、

腕枕で寝たりしていました。

ミーちゃん

結局、その猫は、拾った子供の家庭で引き取られていった

のですが、一時は、猫と一緒に暮らすために今のマンション

から引っ越そうかと真剣に考えました。


最近は、ペットとの共生を受け入れる社会になってきている

ようで、そういう情報誌やサイトの存在は、非常にありがたく

感じます。



ペットとの暮らしを本気で考えている人にとって、

役立つ情報になれば

幸いです。


では、また。


先週、金曜よる10時のエンターテイメント・ドラマ
「タイガー&ドラゴン」が終わりました。

tiger

このスタッフ・キャストによるノリは、往年の名作
「池袋ウエストゲートパーク」を彷彿とさせるもので
好きなのですが、今回のドラマの功績は、やはり、
落語ブームを再燃させたことでしょう。
(といっても、劇中の当事者が一過性と醒めた
 目で現実をリアルに捉えておりましたが。)


とはいえ、古典落語の筋立てを現代風にアレンジ
して、再現ドラマ風に絡める宮藤官九郎氏の脚本は、
やはり大したものです。そもそも、落語といういわば、
誰もが知っている素材に敢えて目を向けた着眼点は、
素晴らしいの一言に尽きますね。


ドラマ自体、楽しんで見たわけですが、その筋立ても
落語あっての話ということから、ここで落語に代表される
日本の伝統芸能、様式美について、思いを巡らして
いたところ、なかば必然的に私が好きな時代劇への
帰結しました。


私が物心ついた頃は、まさしく仮面ライダーの全盛期
なのですが、あの作品の要所にも、時代劇のキメなど
の様式美が、織り込まれているようです。


さて、その時代劇なのですが、リアルタイムでいえば、
映画でいえば「柳生一族の陰謀」、「雲霧仁左衛門」、
テレビでは、「新必殺仕事人」あたりがお気に入りです。

yagyu

昔の作品でいえば、やはり、市川雷蔵の「眠狂四郎」
シリーズが好きなのですが、その雷蔵氏もリメイクの
出演した「雄呂血」という阪東妻三郎の大正14年
(1925年)の作品がBSで放映されたものを昨晩、
観ました。

orochi

惹句的には、“剣劇王・阪妻”が迫真の大立ち回りを演じ
時代劇に新しい息吹を与えた無声映画の傑作!と、
いうことなのですが、まあ、面白かったです。


「世人・ならず者と称するもの、かならずしも真のならず者
 にあらず。善良高潔なる人格者と称するもの、かならず
 しも真の善人のみにあらず。表面善事の仮面をかぶり、
 裏面に奸悪を行う大偽善者。また、我らの世界に数多く
 生息することを知れ。」


と言う活弁士の口上にもあるように、時代の閉塞した空気
や、自由に物を言えない世情を痛切に訴えているようです。


撮影・上映技術の時代的な制約や、表現方法の類似性
もあるのか、ちょうど同じ頃の1926年にドイツで作られた
フリッツ・ラングの「メトロポリス」にもどこか通じるようです。


虚無的なストーリー、合理性の追求よりも、カタストロフ
的映像美へのこだわりなど、良く似ている気がします。


そういえば、ドイツでは、この8年後にアドルフ・ヒトラーが
首相に就任し、同じ年に日本は国際連盟を脱退して
います。先の弁士の口上も、1936(昭和11年)の2-26
事件での青年将校らの義憤を連想してしまいました。


落語の話から、重い話になってしまいましたが、
時代劇へのこだわりもこれから折に触れ、書いて行きたい
と思います。


では、また。

つづいてのイズムは、香港ノアールです。


思えば、大学時代にかの『男たちの挽歌』を観て以来、

ずっとシビれっぱなしです。

男たちの挽歌

とはいえ、あの名作は突然変異だったようで、その後に

雨後のたけのこの如く制作された類似作(『愛と復習の挽歌』など)

や、ジョン・ウー自身が手がけた『男たちの挽歌2』以降の作品を

含めて、あの第1作のクオリティを越える作品には、なかなか

めぐり合えませんでした。

それは、あのフランシス・F・コッポラの『ゴッドファーザー』にも

通じる話かもしれません。『~PART2』の作品的な仕上がりは

別として、『~PART3』の駄作ぶりや、類似作(『ワンス・アポン・

ア・タイム・イン・アメリカ』や『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』など)

でも、やはり、同じような状況に堕ちいっています。

ゴッドファーザー

そうした中でも、近年、『インファナル・アフェア』の成功にて、

ようやく、香港ノアールの正統なる後継者が登場したようです。

ブレードランナー

その構図は、かの『ブレードランナー』の後継作が、やはり、

『未来世紀ブラジル』をおいて他に無いことにも通じます。


こういう話って、判る人には判るという感じでしょうね。


では、また。

やはり、刷り込みとは恐ろしいもので、中学生当時

に恋い焦れた「宇宙戦艦ヤマト」には、40歳を過ぎた

いまでも、心がときめきます。

yamato1

それも、最初のヤマト(イスカンダル編)と、映画

「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士たち」の2作

のみのファンです。


当時は、松本零士氏のマンガが全盛で、そのピーク

は映画「銀河鉄道999」でしょうが、やはり、私としては

ヤマトが一番好きですね。


最近(といっても、かなり前になりますが)、シドミード

デザインのYAMATOや、大ヤマトなども登場しており

ますが、どうしてもファーストを超えることは出来ませんね。

そのあたりは、ガンダムに通じるものがあるようです。


まあ、「まほろば」あたりには、「宇宙海賊キャプテン

ハーロック」に通じるテイストが残っているようですが。


松本マンガでは、「元祖大四畳半物語」や

「ガンフロンティア」、「遥かなる時の物語」あたりが

好きですね。まあ、「男おいどん」も外せませんが。


こういうカルチャーは、この先、60歳、70歳になっても

好きなままだと思います。

hikaku

では、また。

いよいよ、6月よりタイムスリップグリコが

関東でも発売されるにおよび、大阪万博の

ブームが再燃してきました。


1970年という、高度成長期の繁栄に酔いしれ、

オイルショックも、公害問題もまだ顕在化しない、

日本のみならず、世界の未来が希望に満ちて

いた頃の時代感覚へのノスタルジーもあるので

しょうか?


と、言っても、私自身、当時は九州の片田舎に

生息する6歳児だったわけですが、はるばる、

大阪まで出向いて見学したこのEXPO’70の

記憶が鮮明なのは、この「なぜなに万国博」と

いう図鑑で隅々まで予習していたお陰でした。

なぜなに万国博

当時の少年マガジンの表紙に手塚治虫先生が

描いた「エキスポザウルス」のイラストが象徴

するように、この大阪万博は未来都市であり、

SFであり、夢のハイテクであり、輝ける明日

そのものでした。

エキスポザウルス

そうした未来都市群を構成していたのが、

いわゆるパビリオンで、それらは存在感は

当時の円谷特撮のテイストそのものであり、

いま見てもそのデザインの斬新さは、いささか

も輝きを失っておりません。

根っからの建築模型好きの私としましては、

こうしたパビリオンが製品化されるのは、

嬉しい限りで、たとえ、グリコのオマケではなく

1ヶ1000円の商品であっても、購入したことで

しょう。それほど、素晴らしい出来です。


しかし、残念なことに、このタイムスリップグリコ

は、第一弾から感じていたことなのですが、

対象の選別やスケール感の統一などの面で、

統制が取れておらず、今回のランナップにおいて

も、パビリオンの美しさに比べて、どうでもいい

テーマや企画が混じっているのが惜しいです。


それにしても、なんと将来への希望に満ち溢れて

いた時代なのでしょう。


私は、この時代が憧れた未来像への憧憬を

未だに引きずっています。


そう、21世紀は「空中都市008」であり、

スタイリッシュで、ハイテクな007チックな

オーディオ機器を作っていたのは、SONY

でした。


しかし、実際の21世紀が来てみると、

まさに、ロスト・フューチャー(失われた未来)

のような気がします。


個人的には、ソニーに頑張ってもらいたいものです。


では、また。

と、いうわけで、これまで大勢の読者の方に親しんでいただいた

「レトロ帝国」ですが、ブログのシステムの使い勝手から、こちら

のアメーバブログに引越し致しました。


また、一からの出直しとなりますが、今までの雰囲気を継承する

ために、一部の記事を再録する形で再スタートする方針です。


こちらのブログにて新装開店することで、また、新たな出会いも

あることと期待しております。


新たなスタートということもあり、こちらのブログでは私自身の

赤裸々な本音の部分や、願望、嗜好、こだわりといった面を

よりストレートに表現していきたいと思います。


いままでの女性ファンの方には申し訳ありませんが、どちらかと

いえば、「男の子向き」の内容となってしまうことでしょう。(笑)

敬愛するロキュータス、いや、ピカード艦長

では、新しい世界が広がっていくことを期待して、「発進!」