ここ最近、自分の働き方について考えます。

少しバタバタしていた日常が落ち着き、
改めて、今の自分のことや、これからのことを考える時間ができ、

また、新しい出会いも広がって
思うところがあったからかもしれません。


東京を離れて1年が過ぎ、
それでも、自分にできることは何か、いつも日々考えてしまいます。




「いなかには仕事がない」とよく言われます。

「仕事が決まったら、すぐにでも移住をしたい」と。



確かに、いなかの仕事には、選べるだけの選択肢がありません。

仕事内容とか、勤務条件とか、
都会に比べたらはるかに数が少ない。

でも、仕事が全く無いわけではないのです。

まちを歩けば、
色々なところに「従業員募集」「アルバイト募集」の張り紙があったりする。
「誰かいい人いないかな?」という声もよく聞きます。


その情報がなかなか表に出てこないだけで、
探せば色々とあるのです。


もちろん、
「正社員」で「フルタイム」で「安定した給与」という条件がついてしまうと難しいけれど。


それでも、「人」を求めている場所はたくさんあるように思います。


たとえば、
事務の仕事の経験しかなかったとしても、、
そのデータ処理能力やアシスタント能力をほしがっている人がいるかもしれない。

アパレルや雑貨の販売経験は、
商品が農作物に代わるだけで、売り方や接客の経験が十分に活かせる場所があるかもしれない。

ずっと営業をしてきたならば、ものづくりに専念したい人に代わって営業代行ができるかもしれない。

呑み会の幹事役ばかりをしてきたならば、イベントの調整役として、その経験が活かせるかもしれない。

毎日ブログを書いてきたならば、パソコンが苦手な人に代わって、情報の発信ができるかもしれない。


いなかの仕事は可能性に満ちているような気がしてならないのです。

もちろん、これは都会の仕事にも当てはまることだけど。


私も、当時は苦しみながらやっていた企画書づくりが、
今、いろんな人の資料をまとめることに役立っている。
(この前は、まとめた資料と、古民家の修繕とモノコト交換をしました)

いなかに行くからといって、
農業に関係した仕事しかできないかというと、
決してそうでは無いと思うのです。


実際に私は、そうやって1年過ごしてきました。

東京で働いてきたときのように、日々パソコンに向かい、
資料をつくって、メールをして。

人に直接合う機会が増えたり、話をすることが長くなったり、
東京と全く同じ働き方をしているわけではないけれど、

いなからしいペースで、かつ、都会の経験を活かしつつ、
そんな、自分らしい仕事の進め方をしてきたような気がします。

もちろん、すべてに「お金」がついてくるものではないけれど、
それ以上のやりがいと充実感があったりもします。



「都会を離れていなかで暮らす」ことが、
まだまだ身近にあるわけではないので、
リスクも不安もきっとたくさんあるかもしれないけれど、

「これといったもの」が無いから
いなかで暮らすことを諦める、のは
なんだかもったいないような気がしてなりません。