見守られて~World Incredible

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芸術、政治、経済、社会、教育など、感動したり、考えたり、怒ったりしたことを徒然なるままに綴ります。

Amebaでブログを始めよう!

とっても久しぶりの更新です。

書きたいことがあってもなかなか書けるものではないのがブログ。

ほんとに毎日更新しておられる人には敬意を表します。

 

ところで、名古屋人にとって必須の名古屋の味、

昨日は、味噌煮込みうどんの山本屋本店に久々に行ってまいりました。

 

名古屋で生まれた私にとって、味噌煮込みといえば「山本屋」。

この「山本屋」には、のれん分けしたのか、2系列あって、

「山本屋本店」と「山本屋総本家」があるのですが、

私は「山本屋本店」派。

よく食べたお店は中日ビル地下1階のお店。

先日行ったのは桜山にあるお店です。

 

でも、味が・・・、味が変わっていたんですよ。

ショック!!

 

以前から、出汁が昔とは違ってきてるなと思っていました。

昔(30年位前か!か!)の出汁は、濃いかつおのすっきりとした出汁。

このすっきりとしたかつおの味と香りが、

あの、コクのある赤みそにぴったりで、ほんとにおいしかった。

 

お店の人も日々研究されているのでしょう。

最近は鶏の出汁も加えていることは、

何かのテレビ番組で知ってはいました。

しばらく前までは、それでも、やっぱりおいしいわ、

と思っておりました。

 

ところが!

昨日いただいた味噌煮込み、これは何ですか?

出汁がまったく感じられませんでした。

こんな味噌煮込みならどこででも食べられます。

まったく特徴がなくなってしまいました。

「和食さと」で食べたのと変わらないですよ。

あの、おいしかったかつおだしはどこに消えた?

 

時代とともに味が変わるのはいたしかたないかもしれません。

でも、これはないんじゃないでしょうか。

これでは、待ってでも食べたい味ではありませんよ。

わざわざ山本屋にいくモティベーションになる味ではありません。

 

残念です。

以前のような味に戻ってほしいものです。

 

以上、怒りと失望の山本屋本店でした。

お漬物はいつもの同じようにおいしかったです。

 

以上。

 


と~っても久しぶりのブログです。

ブログというものがどんなものか
やってみないとわからないと思い、
とりあえず始めたブログでしたが、
毎日更新している方のすごさがわかりました。

不規則な仕事をしているせいもありますが、
毎日書くのって大変。

でも、いつかどなたかか読者になっていただけるのを
期待して、時々にはなるでしょうか、
とりあえずまた書いてみようと思います。

さて、今日は、ついさっきお昼寝の時に
みたちょっと不思議な夢のお話。

書き始めると、まるで湯気のように、
さ~っと、ふわ~っと消えていく夢の記憶。
書ききれるかどうか・・・。

ある男性がいて、
その人は芸術家?っぽい人。
現実に私が勤めている職場の女性と男性各一人が
その夢に出てきたんだけど、
なぜか私たちはその人の家にいる。
何をやっていたのか覚えていないんだけど、
その芸術家っぽい人が出かけた時に、
なぜか私たちが家の模様替えというか、
家具の配置をしなおしたりして、
きれいに整えている。

そしてなぜかはわからないが
私は外出をして、その家に帰って来た時のこと。
その家は、日本ではないみたい。
ヨーロッパっぽいところで、
大通りからはいったそれほど狭くはない通りに
面したところにある。

ドアの前に近づいたころ、
左足のふくらはぎのところに
何か違和感を感じて、
そこを誰かが持ち上げているような
感覚があったので見て見ると、
その部分が緑色に光っている。
「何これ?」と思って、
よく見ると、そこが
まるでスクリーンのようになって、
そこに見たこともない若い男性が映っていて、
声は聞こえないんだけど、私に向って
「やぁ!元気?」みたいな雰囲気で話しかけている。
誰だろうと思いながら、その画面のようなものを見ていたら、
今度はその画面の中で、その男性の父親?と思われる男性が
ギターを片手にその男性の隣に現れて、
陽気に歌を歌いながら(聞こえないけど)、私に挨拶をなげかけてきた。
その人たちはアメリカ人?っぽい感じ。

夢の中で見たその画像は、
「と~ってもクリアに見えるわ、何これ?」
って夢の中で思っていたくらいクリアで、
目が覚めてからも、その2人の男性の顔は思い出せる。

そして、その家に入ってみたら、
現実の職場の女性の同僚がキッチンを
使いやすく家具を配置した後で、
またそのおうちの人が帰ってきて、
その後ははっきり覚えていない間に
目が覚めました。

ふくらはぎを持ち上げられている感覚というのは
前日の夜、立ち仕事をしていて、
ふくらはぎが筋肉痛だったので、
夢でそういう感覚になったのだと思います。

夢の中の画面を通じてみた男性2人には
現実の世界での面識はありません。
まったく知らない人でした。
日に焼けた白人系の人達だったと思います。
おそらく、テレビや映画で見たのが
そんな風に夢になったのだと思いますが、
それにしても画像がクリアーだったわ。
夢の中でそう思っている自分を覚えています。

夢っていうのは、脳が、脳内の情報を整理している
時に見るものだという見解がありますが、
今回もそんなもんだろうとは思いますが、
ただ、あまりにもクリアーに見た画像の中の二人の男性。
その人達の夢の中に、私は登場している?

酷暑が続いた今年の夏。
でも8月最終日の今日は28度、曇り。
秋雨も始まり、湿度は高いが涼しい一日。
2015.8.31




いよいよ入院。
入院までの数週間は落ち着きませんでしたねぇ。
お腹切るんだ、痛いんだろうなぁ、
麻酔で失敗するってことないんだろうか、
子宮全摘出した後ってどうなるんだろう、
お腹ペッたんこになるのかな、
傷はどの程度残るのだろうか、
経験者の母はまだ大きな傷が残っているけど・・・
術後もずっと痛いのだろうか、
などなど。
いろんなことが頭をよぎります。
やっぱり身体を切り刻む手術って嫌ですよね。
そんなことを思いながらも、
両親が繰り返した入退院の経験もあり、
入院中、必要だろうと思われるものを
こまごまと準備している間に、
とうとう当日がやってきました。

主人の車で病院へ。
荷物は大きなトランク1個と、小さな紙袋1つ。
退院時にも着ることを考えて
お腹の傷に影響しそうのないような服装にしておきました。

あ、そうそう、入院時は必ず印鑑を持っていくといいですよ。
事前に必要な書類はすべてサインしたと思ったので、
当日は印鑑を持っていきませんでしたが、
書類はまだまだありました。
医者が忘れていたという書類から
入退院に必要な書類など、
何種類かサイン・捺印しました。
今はいろいろと病院も大変ですね。

さて、私の入院した病院では、
手術の2日前に入院させられました。
前日でいいんじゃないの?と思いましたが、
普段の体調を確するためだと言われました。

入院1日目と2日目は普段の体調を確認し、
手術前の体調を整えるのが主な目的です。
血圧や体温の計測が定期的に行われますが、
大事なのは排便と尿の計量でした。

人間が仰向けに寝た場合、
子宮は腸の下にあります。
子宮を摘出するためには、
腸をよけて、子宮をまず前面に出さなければなりません。
つまり腸に触るため、手術前に
腸の中身を全部だしておかないと
何かと不都合なわけです。

仕事が不規則なため、便秘がちな私だったので、
あと2日で全部出せるのか不安でした。
もちろん、下剤が処方されます。
でも処方されるのが夜なんですよ。
一般的な市販薬でも、下剤は就寝前に飲んで、
翌朝すっきり、なんて広告の文句がありますが、
私は通常でも効くまでに時間がかかり、
寝る前に飲んでも、お通じがあるのが、
翌日の夕方17時過ぎなんです。
そのことも医者や看護師に話したところ、
割と強力な下剤なので、多分大丈夫。
しかも手術当日の朝は浣腸もしますので、
ということでした。

浣腸

これも人生初めてです(-_-;)
これについてはまた次のブログでお話するとして、
下剤に話を戻します。

下剤は確かに効きました。
入院当日はお通じはなかったのですが、
翌日、処方された下剤のおかげで4回も出ました。
こんなにお腹にたまっていたのか・・・

という感想もありましたが、とにかく出てよかった。

それから尿の計量。
これはまいりましたね。
トイレに行くたびにおしっこの量を計測しなければなりません。
これは手術後、尿管が抜けてからも3日間は続きます。
トイレに行くのが面倒くさくっていけませんが、
お医者さんいわく、これは術後の体調確認のためにも
とっても重要だそうです。
しかたなく、言われるとおりに計量しましたよ。
でも、こんなこと、なかなかできないので、
いい経験でしたね。
一日に人間が排泄している量がわかりました。
皆さん、やっぱり1日に1.5リットルから2リットルは
水分摂取した方がよろしいようですよ。

そして2日目。
この日は手術前日なので直接的な準備です。
お下の剃毛やおへその掃除、
麻酔医師からの説明など。

剃毛は部分的でした。
私の母の時は全部剃られましたけどね。
時代は変わったようです。
それと恥ずかしかったのがおへその掃除。
最近、ちょっと手抜きをしていて
おへその掃除ををしていなかったんです。
そんなところまできれいにしなければいけないなんて
聞いていなかったので、当日びっくり。
いやはやお恥ずかしい限りでした。
皆さん、普段から気をつけていましょう。

これら全部、たまたま午前中に全て終わってしまって、
午後はしばらく入浴ができないのでシャワーを浴びました。
そして、尿の計量は続け、排便にも気を使っていました。

仕事柄、不規則な生活をしていて、
入院前は夕食が夜中の12時ごろだったりしていましたが、
入院したら、夕食が18時!
そして就寝時間が21:30!!
普段ならまだ仕事をしている時間です。
簡単に寝つけるわけはありませんが、
こんなに規則正しい生活も、
乱れた体内リズムを正すのに有効だと思い、
なるべく早く寝るようにいたしました。
ただ、術後はなかなかでしたが、
それはまた後日。

あ、それからもうひとつ、
入院中はお水や新聞を買うなどの
最低限のお金だけにして、
余分なお金は持たない方がいいですよ。
私は被害にあったことはありませんが、
やっぱり病院内での窃盗事件はよくあるようです。
お気を付けください。

次回はいよいよ手術当日のお話です。








2015年(平成27年)初回のブログです。
まだ読者の方はほとんどおられませんが、
今年もよろしくお願いいたします。

さて、前回のメールで書きそびれた健康保険の
「限度額適用認定制度」について注意事項をひとつ。

「限度額適用認定制度」は、手術・入院にかかった
費用が高額になった場合に、被保険者が負担する
金額に上限を設ける制度で、大変ありがたい制度です。
人によって限度額は変わりますが、
私の場合、一か月の負担限度額が
44,000円でした。

ただし、これには注意しなければならないことがあります。
適用範囲は1カ月ごとなんです。

私の場合、入院が11月26日、退院が12月8日でした。
実質12日泊13日だったのですが、
月をまたいでいるため、限度額が適用されるのが
2カ月分になってしまいました。
したがって、実質の支払い額は88,000円ということです。
これは、申請後に気付きました。
手術の日程を決める前に知っていたら、
日程を変更したかもしれません。

また、この制度は、あくまでも
手術費や検査費、入院中の医療費、
最低限の入院費にのみ
適用されるもので、たとえば、個室に入った場合の
ベッド差額代には適用されません。

これから手術なさる方はこれらの点を注意なさって
有効に保険を利用してください。

追記でした。





子宮筋腫の手術を受けることを決意しましたが、
決めなければいけないことや、その前の準備がいろいろです。


決めなければいけないことは、
どういう手術をしてもらうのか、
筋腫だけとるのか、子宮全摘出か、
卵巣や卵管はどうするのか、
そして手術日、などです。

闘病日記(2)で書いたとおり、
K医師はさまざまなことに対して
丁寧に説明をしてくれました。

治療するための方法としては、
手術以外にも内科的治療法もあったり、
実際の手術方法も、開腹手術だけでなく、
腹腔鏡や膣式などがあるそうです。

私の場合は、筋腫が大きく、
年齢的にも子宮全摘出しかありません。
筋腫は子宮全体を覆って、子宮が
通常の6倍以上の大きさになっていたので
腹腔鏡や膣式では難しいため、
開腹手術が最適となります。

内科的治療法は、私の場合は既に遅かったですね。
内科的治療法というのは、
薬によって生理を強制的に止めて、
つまり強制的に閉経状態を作るわけですが、
それによって筋腫の進行を食い止める、
というものだそうです。

こういう方法があるのであれば、
4年前に見つかった時点で、
挑戦していたかもしれません。
でも、4年前に診てもらった医者からは、
そのような説明はありませんでした。
医者選びがいかに大切か、身にしみましたね。

さて、開腹手術で納得しましたが、
次は、どこまで摘出するかです。
前述のとおり、筋腫が大きいのと、
年齢的なこともあり、子宮は全摘出するしかありません。

精神的には子どもも産めなかった私には、
何もきちんとこの臓器を役に立てることができないまま
摘出することに、切ない気持を抱きました。
ただ、もうそうは言っていられない状況でした。

医師は、卵巣もこの際取ってしまうことを勧めました。
卵巣はとりあえずまだ正常に機能していたんです。
年齢的には間もなく、その機能は停止するだろうことは明白です。
ただ、何も異常がない臓器を摘出することに
若干の抵抗を持ちました。

ただ、医師は、今後、卵巣膿腫やガンになる可能性がなくなり、
心配する必要もないし検査をする必要もなくなるという
利点を説明されました。

確かに、私の友人にも、卵巣膿腫や茎捻転で
卵巣を切除したという人が以外に多いのと、
年齢的にはもう先が見えているので、
少々迷いましたが、全部摘出してもらうことにしました。

手術と一口に言っても、決断しなければいけない
細かなことがあるということですね。
ただ、K医師が様々な不安や質問に
丁寧に応えてくださったので、
最終的には安心してお任せすることにいたしました。

さて、次は手術日です。
入院は手術日の2日前。
職場復帰は、職場の仕事が完全なデスクワークの人で
手術から6週間以後、立ち仕事などハードワークの人は
手術から8週間、約2カ月くらいを目安にしておいた方がよい
とのことでした。

私の現在の仕事は一部立ち仕事がありますし、
職場が広いのでかなり歩きまわります。
となると約2カ月お休みをしなければなりません。
職場でどれだけ迷惑をかけるか・・・
人員的な余裕はどの部署もないのはよくわかっていて、
人一人抜ければ、誰かに、負担がかかるのは
明らかなので、なかなか言い出しにくいことではありました。

医師の手術可能日と職場の調整を経て、
2014年11月28日に手術を行うことと決めました。
診断書は入院日の11月26日から2015年1月25日まで
書いていただき、職場で療養休暇の申請をしました。

病院では手術前に行う検査をしました。
レントゲン、尿検査、血液検査、心電図、
肺活量など、ひととおりです。
もしこれで何かひっかかれば、手術は延期となります。
私はこれらの問題なく、手術は予定通り行われることとなりました。

そして、看護師さんから説明された入院時に必要なものを
買い込んだりして揃え、いよいよ入院です。

なお、買っておいてくださいと言われたもので
手術直後に使用する「T字帯」と「腹帯」というものがあります。
腹帯は、普通は妊娠の時にお腹を支えるために
使用するものですが、手術でも使用するとは思いませんでした。
お腹を切った後、お腹を補強するために使用します。
これは、術後も結構頼りましたね。
傷口もきれいにふさがって、
お腹の中の痛みも楽になってきた頃、
看護師さんからそろそろ腹帯ははずしてもいいですよ
と言われましたが、結構これが安心感があっていいので
そのまま着用していました。

「T字帯」―これはつまりふんどしのことです。
術後に使用します。
でもこれは術後2日後には普通の下着に変えられますので
一時的でした。
T字帯をつけている時は、術後で、
まだ意識も朦朧としていて、尿管もついているので、
T字帯をどう使用したのかは覚えていません。

そして手術費用。
だいたいいくらくらいかかるのかは事前に聞いておくといいですね。
私の場合は約30万と言われました。
ただし、高額医療に対して、健康保険で
「限度額適用認定制度」というのがあることを
病院の事務の方が教えてくださって、
必要な手続きをして、結局15万くらいで済みました。
ただし、これにはベッドの差額代ははいっていません。
もし個室などを利用する場合はベッドの差額代というのが
必要になりますので、それも事前に確認する必要があります。

そしてもちろん、事前に医療保険をチェック。
私は自分名義では医療保険に加入していませんでしたが、
主人の医療保険が適用可能にしてありました。
事前に必要な書類を取り寄せておいて、
退院前に病院の事務の方に、
病院で書いてもらう書類を依頼しておきます。
できるまでに2~3週間かかりますし、
文書料金が必要になりますので、
それもあらかじめ確認しておいた方がいいでしょう。

それから、入院時に必要なものとして、
印鑑をお忘れなく。
本人と家族の2種類あるといいです。
いろんな説明を聞いたという署名をする必要があり、
いっぱい捺印することがありますので、
必ず印鑑を持っていかれることをお勧めします。

私は、今は81歳になる両親が75歳~80歳の間に
何度も入退院をした時に看護に行っていたおかげで
入院した時に何が必要になるかはだいたいわかっていたため、
入院準備は必要な物をきちんと揃えることができましたが、
うっかり印鑑を持っていくのを忘れました。
もし今後入院されることがあるようでしたら、
ぜひお忘れなく。

そしていよいよ入院、そして手術です。(続く)









子宮筋腫の手術を受ける可能性が高くなってきたなぁ
と思っていたので、これから診察を受ける医者は慎重に選びたいと思いました。
というのも、私には流産経験があり、その時のトラウマがあるからです。

結婚してから2回、私は妊娠しましたが、
残念ながら2回とも流産してしまいました。
これはとっても悲しい経験です。
結婚する前は、流産がこんなに悲しい思いをするものだとは
よくわかっていなかったんですよね。
でも、あの喪失感といったら・・・。
自分の胎内に一度は宿った命が消えてしまう。
一度は脈を打っていた鼓動が消えた時のあのショック、
その命に対する申し訳なさ、
そして、夫に子どもをもうけてあげられなかった罪悪感、
などがいっしょくたになり、自分を襲ってきます。
もう10年以上経った今でも、悲しい思いは消えません。

トラウマとなったのは2回目の流産の時です。
1回目の妊娠の時は、独身時代から通っていた病院で
診てもらっていたのですが、そこが当時住んでいた家から
遠かったので、なるべく地下鉄でいけるところで、
高齢出産の範疇だったので、できれば何かあった時のためにと
大きい総合病院の方が安心かと思い、
M市大学病院を選びました。

大学病院なのでインターン上がりの若い医師が
交代で診察にあたります。
それでも、若い医師は一生懸命さが伝わってきて
ある程度、好感は持てていました。
トラウマとなったのは繋留流産がわかって、
その処置をしなければならなくなった時からのことです。

まず、処置をするため、入院ではありませんが、
ちょっとした入院のような準備が必要でした。
看護師さんから、当日、こういう準備をしてください
ということを説明を受けたのですが、
その説明は非常に機械的で、最終的には冊子を渡されて、
ここに書いてあるものを準備してきてくださいとのことでしたが、
それは本格的に入院が必要な人のための準備であったことが
後でわかりました。
ただでさえ、流産でショックを受けているのに、
大げさな準備をさせられて、
当日、たくさんのバスタオルを運びこむと、
看護師さんが、「こんなに必要ありませんよ」というような
ことを言うので、ここに書いてあるものを持ってこいと言われたんですけど、
と言うと、「あぁ・・・・」だけですよ。

そして、処置が問題。
子宮の中をきれいにする、つまり、
子宮の中で死んでしまった受精卵とその関係するものを
取りだすわけです。
妊娠8週目だったので、まだ受精卵の段階ですから
開腹手術ではありませんが、
子宮口を開かなくてはいけないので、
かなりの痛みを伴います。

医者からの説明で、通常は麻酔して処置するが、
麻酔をするためには手術室が必要になる。
ところが手術室が使えないため、
処置室での施術になる。
処置室だと麻酔は使えないが、
似たような薬を点滴で体内に入れるので、
痛みはあまりないはずである、
とのことでした。

そんな説明を受けて、いやですと言える知識も経験もない一介の妊婦ですよ。
医師を信用して、言われるままの処置を受けました。

ところが、痛みがないなんてとんでもない。
もう処置されている間中、痛くて痛くて・・・。
麻酔の代わりだったのは筋肉弛緩剤だったか
精神安定剤だったか、なんだか忘れましたが、
頭もぼーっとしていましたが、それでも
痛い痛いと身体をばたばたさせてしまったので、
薬を追加され、なんとか処置は済んだのですが、
とにかく、痛かった。

処置後、病室でしばらく休んでいて、
目を覚ましたら吐き気。
これは麻酔から覚めた時と同じような状況。
喉がものすごく乾いていたので、
心配してみていたダンナ様が、
薬呑みなど用意していなかったので、
口うつしでお水をくれました。

しばらくして、落ち着いてきたので、
自宅に帰りました。
帰る時、一応、処置した医師に挨拶をしたのですが、
看護師さん達と談笑していて、なんだこれ、
こんなに痛いめに合わせておいて、
と思って、ほんとに気分が落ち込みました。

ただでさえ、精神的なショックが大きいのに、
身体的な苦痛まで与えられたことで、
さらにショックは大きくなり、
しばらく、会社にも行けなかったんです。

この病院、まだ続きがあるんですよ。
当時38歳だった私は、いわゆる高齢出産にあたります。
2回も流産したし、2回とも、8週くらいの段階だったので、
ショックはショックですが、調べてもらおうということで、
処置して取り出した受精卵を検査してもらいました。

この時、実は双子だったんです。
最初にひとつの鼓動が消え、しばらくして、もうひとつの鼓動が消えました。
私のお腹には2つの受精卵が残っていました。
検査は2つとも、お願いしました。

ところがですよ、この病院、ほんっとにいいかげんだったんです。
検査結果が出た頃に、病院へ行きました。
渡されたのは1つの結果だけ。
2つお願いしたはずですよね、と聞いたら、
医師は、「あぁ・・・、きっと結果が同じだったんでしょう」って。
この医師は、私に痛い処置をした医師です。
きっと、こいつがガンなんだと思いました。

なんてことだと思いませんか
ただでさえ流産のショックを受け、
さらに処置の悪さで身体的な苦痛を受け、
その上、検査がいいかげんときた。

ひどい病院ですよ。
ぜったい行かない方がいい。

主人も、処置後の私の苦痛を見て、
私の身体を心配して、
もう子作りはあきらめました。
ほんとに申し訳ないと思います。

こんな経験があったので、医者選びには慎重になります。
最初に見つかった4年前に行ったS病院でも、
なんとなく信頼できない感じを受けたので、
どこか他にないかと、探しました。

こういうことは同業者に聞く方が早いと、
私の母が、実家の近くの産婦人科の医師に
私の住んでいるところでいい医者はいないかと
聞いてくれました。
そしたら、MJ病院で K先生という医師を紹介してくれました。

女医さんで、とてもしっかりされていて、
説明も丁寧で、優しい語り口調で、
手術についても、押し付けるわけでもなく、
あらゆる選択肢を説明してくれました。
一発で信頼感を持ちました。
そして、ここで撮影したMRI画像を見て、
執刀もこのK先生がしてくださるということで
この病院で、この先生で手術を受けることを覚悟しました。

こういう医師に早く出会っていたら、
もう一度、子どもをと、挑戦したかもしれません。

最初に、このK医師の診察を受けた時に、
その思いがよぎり、思わず、涙ぐんでしまいました。

次回は手術に向かっての準備など。








子宮筋腫 ― 年齢・未墾既婚・出産経験を問わず、
女性なら誰でもなる可能性のある病気です。
ご多分にもれず、大きくなった子宮筋腫を抱えていた私は、
とうとう除去する手術を受けることを決意しました。
その闘病日記を記そうと思います。
これからの方はご参照ください。



それは4年前の健康診断でした。
腹部のエコーで子宮筋腫が見つかりました。

実は20年くらい前に、既に筋腫の芽があると
医者から言われていたので、驚きはしませんでしたが、
とうとう来たか、というのが感想でした。

一般的な健康診断オプションで、
私はたまたま腹部のエコーをしてもらいました。
エコーの技術者の方がお腹にあのこそばゆい
医療器具を宛てていた時
技術者「あれ、何かありますよ。筋腫と思われます。
 ちょっと測って見ますね・・・・5cmくらいあるかなぁ。」
私「えっ?!子宮筋腫ですか?大きいんですか?」
技術者「私は判断できないので、後日結果が出ますから、
それでご判断ください」
とのこと。

見つかってしまいました。子宮筋腫が。
腹部のエコーで見つかるということは、
婦人科の内診でちゃんと調べてもらったら、
きっともっと大きいんじゃないかと思い、
とりあえず医者へ行きました。

当時、見つかったのは5cm大と3cm大の二つでした。
悪性の腫瘍かどうかを確認するため、
MRI の撮影もということで、後日の予約をしてその日は帰りました。

MRI の撮影をして、その結果が出てから診断、
なので、最初の診察、MRI撮影、その後の診断、
ということで都合3回病院に行かなければなりません。

こういうのって、病院では一度にできないんですよね。
こっちは休みを取るのが大変なのに。
でも、自分の身体のことですから、いたしかたありません。

MRI 画像では特に悪性とも思われないことと、
当時48歳で、間も無く閉経する可能性があり、
筋腫は閉経すると萎縮するとのことだったので
手術なんてできる限り受けたくない私は
しばらくは経過観察することにしました。

その後も、健康診断で指摘されつつも、
萎縮することを期待して、そのまま放置しておいたところ、
今年(2014年)7月の健康診断で、
かなり大きくなったことを指摘されたので、
再度婦人科を受診することにしました。

そしたら・・・・ <続く>







Prime Minister Shinzo Abe raises a significant policy as realization of a sociatey in which women shine and he appointed five female ministers for his cabinet.

Yesterday, two of them resigned because of the suspicious misuse of her political funds and violation of the election campaign law respectively.

I do not care who were appointed and who quit.
What I care is that  Mr. Abe should understand that what he did were not what women really want!!

I'm a woman, married, and have a full time job.
It's really tough for a woman to work in a men's world.

It is really men's world, it's the society of Japan.
Still many men work under the fantasy that all women are inferior in their ability to men.  I think they can not live without this kind of illusion.

It's really an illusion.
There are many many women who are so superior to men.
But why men tend to want to put women under men?
Do they think that they can do their job much better than any woman?
Stupid!!!
Wake up!!
It's really old, steleo-type way of thinking.
Men should abandon such an fossilised recognition.

What working women want is not to be selected or promoted intentionally. 
We want to be evaluated properly equally to men.
This is the point.  This is the most important and significant point to realize the society in which women shine!

I do not expect Mr. Abe can understand this because he is very very old type of person and LDP is the political party of male chauvinism.
That's why decreasing child birth rate has never recover.

Anyway what I want to say is "a proper evaluation regardless her/his gender is the significant key to realize a better society!!"
 
Hope such a day will come soon.

Resonanceworld

夢を見ますか?
誰でも夢は見ますよね。
記憶にない方もおられるでしょうが、
夢はだいたい誰でも見ているようですよ。

脳科学的には、夢は、昼間見たり聞いたりしたことを
脳がいろいろと整理しているのだそうな。

でも、ほんとにそれだけだと思う?
この説が正しいのであれば、
未来は見えないわけですよ。
でも、私ははっきりと正夢を見ましたよ。

夢で見た場所に実際に遭遇するというのは
度々あるのですが、その中でも、とってもはっきりしていた
夢を2つご紹介したいと思いますが、
今回はそのうちのひとつ、神社です。

私は20年以上前、とある国の大学に留学しておりました。
授業はきつかった。
ほんとに身体を壊しながらも、毎日出る山のような宿題をこなして、
無事卒業してきました。
そのきつさは日本の大学の比ではありませんよ。
日本は大学は遊ぶところ、なんて当時言われていましたが、
私の行った外国の大学は大変きつかったです。

でも、楽しかった。
今でも当時の留学していた友人達との交流はありますし、
いい思い出になっています。

留学時代の話をしだすととまらないので、
また話が逸れそうですから、ここで元の話題に戻ります。

それは最後の学期の頃のことです。
日本に変えるべきか、そのままその国にとどまって
仕事を見つけようかと、誰しも悩むものですが、
私も悩んでおりました。
そんなこともあったからかもしれませんが、
ある日、ある夢を見ました。

小高い丘のようなところに私が登って行きます。
登ってと言っても階段です。
でも結構急な階段。
登っていった先に、ちょっとした広場がありました。
広場には右手にベンチのようなものがあって、
その周りはあまり覚えていないんです。
でも起きた時、不思議にそういう夢を見たことをよく覚えていて、
それは帰国後も記憶として残っていました。

日本に帰国して、すぐ就職活動をしました。
私は日本で短大を出た後、一旦社会へ出た見。
数年仕事をして、でも、諦めきれなかったので、
留学を決意し、お金を貯めて、とうとう日本を出ました。
なので、なおさら、必死になって卒業してきました。

当時はまだバブルの崩壊前だったので
売り手市場で、すぐに3つの仕事のオファーをいただきました。

そのうちのひとつを私は選んだわけですが、
なんと給料は一番低かったんですよ。
ただ、その時にしか経験できないことがあったので、
給料の安さはあったのですが、経験を重視して選びました。
それは正解だったと、今も思います。
今もその仕事を続けているのがその証拠です。
おっといけない、またもや余談でした。

就職が決まって、一人暮らしをすることになりました。
部屋を探さなくてはなりません。
従兄弟が住宅販売会社に勤めていたので、
手ごろな物件を探してくれたのですが、
駅から徒歩15分だったので、
私の仕事は残業の多そうな仕事のため
夜遅くひとりで15分も暗い道を歩きたくなかったので
せっかく探してくれたいい部屋を断ってしまいました。

で、自分でなんとか探したのは、地下鉄の駅から徒歩3分。
でも部屋はひどく狭い部屋でした。

部屋は狭かったのですが、
便利なところだったし、
同僚も近くに住んでいたので、
まぁ、そこそこの生活でした。

ある日、近くに住んでいる同僚ではなく、
別の友人が誘ってくれて、
食事の後に、近くの神社に行くことになりました。

そう、その神社が、まさに私が留学先で夢にみた場所だったのです。
小高い丘の上にあって、階段をかなり登った先に、
それほど大きくはないのですが、
由緒正しき神社があります。
地元を見守る氏神様です。

階段を上ってついたところを見た瞬間、
あ、留学中に見た夢の場所だ!と
突然、夢のことを思い出したのです。
それまではすっかりその夢のことは忘れていたのにね。

その場所のレイアウトなどは、夢で見たのと
若干違うのですが、もう直感的に、
「あぁ、ここのことだったのか」と感じました。

きっと、神様がこの場所に来るように、
呼んでくれたんだと思いましたよ。

ちなみに、その狭いけど便利な部屋には15年くらい済み、
結婚で引っ越しをして、その神社のあるところから
遠い場所に新居をかまえました。

でも、また戻ってきたんです、私。
いえ、離婚したわけではなく、
賃貸だったので、マンションを購入したんです。
現在済んでいるのがそのマンションですが、
ここは、その神社の領域です。
やっぱり、ご縁があったんだなぁと、思っています。

これは、なかなか理解してもらえないかもしれませんけど、
明らかに予知夢というか正夢というか。
もう、きっと神様の世界で、私と夫は、
その神社の見守るメンバーに入っていたんだと
思っています。

信じなきゃ、信じないでいいですよ。
信じる人は信じてください。

もうひとつの夢の話はまた今度。

では、ごきげんよう、さようなら。
いい夢を。


“サイキコネシス”という言葉をご存知ですか?
「念動力」とも言われていますが、
手も足も使わず、思っただけで物体を動かす力のことです。

私はほんとに普通の平均的な平凡な日本人女性ですが、
このブログに少しずつ書かせていただいている不思議体験は
実体験です。
まぁ、これくらいの経験は誰でもしたことがあるのではないかと
思いますが、会社でも、こういう話をすると、
へぇ~~~、そんなこと一度もない、
という声が多いので、別に自慢するような話ではないけど、
話題になるかもとのことで、ブログで書いてみようと思った次第です。

私が「不思議体験」というテーマで書いてるのは今回で8回目。
8種類のことがこれまでの人生で起こった、と言うことになりますが、
その中でも、人に話した時に一番信用してもらえないのが、
今回の「念動力」なんですよ。

もちろん、一回だけです、そんなことができたのは。
そしてそれはユリ・ゲラーの影響がまだ残っている
中学生時代のことでした。
このブログの「不思議体験」シリーズの(2)と(3)の時期です。
この頃は、不思議な体験をいくつもしていたんだなぁと、
ブログを書いていてつくづく思います。

ほんとに子どもから大人への成長過程真っ只中で、
心身の変化や引っ越しなどでの環境の変化もあったんですよね。
それと、エスパーとか超能力とかに大変興味のあった時期でした。

私が小学生の頃、NHKで星新一のSFを若者向けに
ドラマ化したのをとっても楽しみに見ていたんですよ。
覚えている方もおられるのではないでしょうか。
「タイム・トラベラー」は最も好きなドラマでしたね。
ケン・ソゴルは今いずこ・・・。

話がそれました。
そう、超能力などに興味を持っていた中学生時代に
それは起こりました。

ある日当時仲の良かった友人の家で、
超能力ごっこをやっていたんです。

軟式のテニスボールをひとつ、床に置き、
そこから1メートルくらい離れたところの椅子に座り、
そこから「ボールよ動け、転がれ!」と
ずっと念じてみました。

風や振動の影響を受けないように、
窓は閉め切り(暑かったですが)、
私も、立ち会いの友人も、ボールとの距離を置き、
ボールの置いた場所は水平で、そのままではボールが
勝手に動かないことも確認してから、
いざ、念じ始めたのでした。

周りはとっても静かでした。
友人の家族もその時はその家に誰もいませんでした。

私は、ボールをじっと見つめて念じ続けました。
「動け、転がれ、動け、転がれ・・・・」

息をひそめて、念じ続け、20分くらい経ったと思われる頃、
突然、コロッと、ボールが一回り転がったのです!!!

おぉ~~~!やったぁ~~~!!!!

ほんとに、コロッと、ボールは回転しました。

その時は、「やればできるんだなぁ」なんて思っただけで、
あまり不思議な感じはしませんでしたが、
今思い出すと、なんだかすごいんじゃない?
なんて思ったりします。
でも、もちろん、これっきりです。
というか、ここまで真剣にやってみたことが
以後ありませんから、ひょっとしたら、
またやってみたらできるのかもしれません。
でも、もう歳で、集中力が続かない。

この不思議体験については、
先述したように、ほとんど誰も信じてくれません。
「息を吹きかけたんでしょ」
「風が入って来たんじゃないの?」
「気のせいじゃない?」 などなど・・・。

幽霊のことは、怖がるだけで、誰も否定や
信じない、ということはないのですよ。
なぜ、サイコキネシスだけは
はなっから信じないんでしょうかねぇ・・・。

でも、誓って言いますが、これは真実です。
私の実体験です。

アメリカやロシアは、超能力者に協力してもらって、
そのような能力の研究を随分以前からしているそうです。
そして、実際に、その能力を警察などで使っているようですよね。
多分、軍隊などでも使っているんじゃないかと思います。
人を殺したりするなど悪いことには使ってほしくないですが、
そういう能力を認めるだけでなく、現場に応用してしまうところが
すごいですよね。

日本でも、平安の昔は、「陰陽師」という立派な職業があり、
今で言う気象庁のような仕事から神職や探偵のような
仕事をしていたとのことですが、
いつから、日本は、目に見えないものを
まったく排除するようになってしまったんでしょう。

昔は、何か悪いことすると、
「お天道様が見ているよ!」と言って怒られたものです。
八百万の神々を奉り、信奉してきた日本人には、
いつもどこかで誰かが見ている、という感覚があり、
それがモラルの高さにつながっていたのに、
今では物理科学的に証明されないことは
信用ならん、という考え方がはびこって、
モラルも何もなくなっちゃいましたよ。

これでは、御嶽山も噴火するはずです。
戦後最悪の犠牲者を出した御嶽山の噴火の意味を
日本人の一人ひとりが、よく考えるべきではないかと
思う次第でございます。

ちょっと話がそれてしまいましたが、
とりあえず、私の不思議体験でございました。

まだネタはあるかなぁ・・・。

他の話題も今後は書いていきますので、
もしお読みいただいている方がおられるようなら、
引き続きよろしくお願いいたします。

ではまた。
ごきげんよう、さようなら。