街角のヘイトスピーチ
ポーランド ユダヤ人歴史博物館の続き。19世紀から20世紀にかけて、ポーランドに定住するユダヤ人は一気に増加している。特にワルシャワのユダヤ人は第二次世界大戦直前37万5,000人を超えていたらしい。ワルシャワの人口の約30%だ。戦争が始まる前まで、ユダヤ人の職業も多岐にわたっており、教師、医者、官僚、実業家など富裕層も居たが、実際は貧困層も多くいた。シェイクスピアのヴェニスの商人に出てくる、「傲慢な高利貸し」がユダヤ人の代名詞のようになってしまい、市民がそれを信じて疑わず「ユダヤ人は悪人」「悪い事をしてお金持ちになった」という誤った認識をし、現状を自分の目で見て理解せず、憎しみをぶつけてしまう恐ろしさ。自分たちが貧困に喘いでいるのに、ユダヤ人だけ裕福なのはおかしい!キリスト殺しの罪を背負ったユダヤ人が、なぜ金持ちなんだ!皆んな「街角のヘイトスピーチ」を信じて、事実を確かめず相手を傷付ける。自分の考えが正義だと信じて疑わない。これは、ヒトラーひとりの責任ではないのだ。1939年ドイツ軍はポーランドに侵攻し占領。ドイツは占領した国内で、ユダヤ人を識別するために、衣服に黄色のバッチをつけることを義務付けた。居住区は「ゲットー」として、多くのユダヤ人が閉じ込められ、自由な出入りは禁止された。財産を取り上げられ、ゲットーに閉じ込められたユダヤ人は、強制労働を強いられ、食事は配給のみとなる。この配給もほんの僅かしかなく、ユダヤ人同士でも平等ではなかった。金持ちは闇市で食料を買い、貧困層は栄養失調で死んでしまう。路地に倒れ、虚ろな目をした人々の写真を何枚も見た。そして、強制移送による「ホロコースト」へと展示は続いていった。