式は厳かな雰囲気のまま始まった。
ルドビィグは、宮廷の外でぼんやりと外を眺めていた。
あの出来事から、すでに二日が経過している。そう、今日はアーリャの爵位授与式だ。
本来なら、身辺警護をする必要があるのだろうが、自分は今こうして外にいる。
と言うのも、ルドビィグは正確にはまだアーリャ付きの騎士にはなっていないのだ。
爵位を得てから、騎士の任命に移る。よって、授与式の警護はアーリャの父であるエメテリエル伯の騎士隊があたっている。
ルドビィグがいてもいなくても何の問題も無かった。むしろ、邪魔者扱いされ、現在に至る。
ふぅ…
ため息も漏れてくる。
結局、この二日間アーリャとまともに話すことも出来ず、彼女がどうして自分を騎士にしようとしたのか聞けずじまいだった。
ただ…あの日のことを思い出すと、まだ胸が熱くなる。
彼は、改めて思った。
強くなりたい。
せめて、あいつを負かせるくらいに強くならないと、騎士なんて名乗れない。
「よぅ。貴族様付きの騎士がこんなところで油を売っていて良いのか?」
首だけを回して、声の主を見る。
そこには、相変わらずくたびれた鎧を着ている友人がいた。
「…あぁ、お役御免だとさ」
友人は、ルドビィグの隣に腰掛けた。
「ははっ、それにしちゃあ上等な鎧を着てるじゃないか」
昨夜になって、突然自室に送られてきた鎧である。
着方がわからず四苦八苦したが、何とか様になっているようだ。
友人に、現状をかいつまんで話す。それを聞いて友人は、ははっと笑った。
「まだ、どうして俺が騎士になるのかわからないんだ。…勝負には負けたし、暴言も聞かれたって言うのに」
「なるほどなぁ…。確かに、困惑するのも無理は無いな。他の連中もぼろくそに言っていたよ」
そもそも、名指しで貴族付きの騎士になることなど滅多に無いのだ。
それも、まだまだ経験の浅い訓練生が、いきなりの大出世。
それだけでも標的になることは明らかだった。
さらに、ルドビィグの場合、あまり素行が良くなかったことも災いして、大火事になっている。
「流石に、根も葉もないことを言っていると、こっちもカッとなっちゃてな」
少し困った顔をしながら、友人は話す。
「まぁ、言いたい奴は言わないと気が済まないんだ。お前にまで飛び火するかもしれないぞ?」
「…それでもさ、やっぱりお前のこと知らないのに叩いてる奴は、頭にくるんだ」
無言で友人を小突く。
「たださ、俺はお前のこと喜んでるからな、それだけ言いに来た」
そう言って、彼は立ち上がる。
気恥ずかしいのか、挨拶もそこそこに帰っていった。
その後姿に、ルドビィグは軽く敬礼した。
授与式の後、さらに形式的な騎士の任命式が行われた。
お偉方の顔など、ほとんど覚えていないルドビィグは、ただ流されるままに式を終えた。
ただ、異例の抜擢に多少戸惑っている人間もいた。
そして、エメテリエル邸に向かう。
昨日までに、移動手続きを終え、荷解きまで終わっていた。一応、アーリャに顔を見せに行って、今日の業務は終わりだ。
執務室をノックする。
ここは、エメテリエルの別邸になっている。
使用人が2、3人いるだけで、最初に来た時に驚いたものだ。
「どうぞ」
と、相変わらず短い言葉が返ってくる。
それを受けて、ルドビィグは部屋に入る。
この屋敷全体に言える事だが、中はやはり簡素だった。
「改めて言うわ。これからよろしくね、ルドビィグ」
椅子から立ち上がり手を前に出す。
主従関係の作法がわからないルドビィグは、とりあえず気にしないで握手に応じる。
アーリャから、手を離し椅子にかけ直す。
そして、話し出した。
「昨日からこの邸にいることだから、なんとなく分かっているだろうが…ここには、私を含め5人しかいない」
そんなに大きくない屋敷だが、それでも5人というのは少ない気がした。
「ん。特に理由は無いが、我が家の方針だ」
アーリャが言うには、本家には相当数の使用人や騎士たちがいるらしい。
しかし、当主だけはそれらに縛られてはいけない。
当主は広い視野を必要とする。家や周りの人間にばかり気を使い一番大切な領民を疎かにしてはいけない。
当主は身軽でなければならない。
「本家では、兄が全ての人間たちの管理を行っている。私は、そのおかげでもっと大きなことをやることが出来るわけだ」
「もっと大きなこと?」
アーリャは、前かがみになり、声のトーンを落として言った。
「この国の貴族社会を壊すんだ」
直接理由を尋ねた訳ではないが、それを聞いて、自分がここにいる意味が理解できた気がした。
こんな危険な思想の持ち主を警護できるのは、貴族の息がまだかかっていない人間しかいない。
そして、その人間が貴族に対して不満を抱いているのなら、なおさら好都合だ。
「だから、俺が騎士に選ばれたって訳か」
「うん、それもある。だが、剣の腕も多少買っている」
散々力の差を見せ付けておいて、アーリャはさらりと言う。
「せいぜい、見込み違いだったと言われないようにがんばるさ」
皮肉を返すことしか今のルドビィグに出来ることは無かった。
その時、ふと疑問が浮かんできた。
「しかし…どうやって貴族社会を壊すんだ? そもそも、何のために壊す?」
アーリャは、小さくため息を吐いた。
彼女なりに覚悟を決めて話さなければいけないことなのだろう。
「…色々ある。母の遺言がきっかけで、私はこの国の末端の人たちのことを調べた。酷い有様だった」
ルドビィグが住んでいた地区のすぐ隣にもスラム街があった。
もともと、生産力が下がってきていた地区だったのだが、税の取立てが厳しく、陳情に対しても貴族は無視を決め込んでいた。
結果、スラムになってしまった。
アーリャは話を続ける。
「私の領地は、現体制でどうにかすることは出来る。だが、この国は今のままでは到底不可能だ。だから、壊す。この体制を…」
それは、確かに多くの下層の人間が思っていたことだった。貴族社会を無くしたいと。そう思わせるほどに貴族達は腐っている。
ただ、それを貴族の側から、しかもある程度実行できる力を持ち、尚且つ確固たる意思の元に表明したことには重大な意味があるだろう。
ルドビィグの胸に、また熱いものが宿った。
「それで、どうするんだ?」
「あぁ。…まず、この貴族社会の中である程度地位を固める必要がある」
ルドビィグは、肩透かしをくらったような気分になった。
もっと、大きなものを想像していたからだ。
「貴族達は、常に疑心暗鬼になっている。一瞬でも、こちらが隙を見せればあっという間に計画は潰される。保身のために彼らは手段を選ばない」
その真剣な表情を見て、一昨日の試合の時に感じた寒気以上のものを感じ、同時に自分の考えの甘さに気付いた。
「私は、まだ爵位を継承しただけの若輩だ。宮廷内で自由に動くことすら出来ないだろう。悔しいが、まずは実績を積む必要がある」
思っていたものより、遥かに時間のかかる計画だった。
結局、今の自分達に出来ることは限られていて、目の前の障害を一つずつ取り除いていく、地道な作業しかなかったのだ。
…しかし、ルドビィグにとっては、あのまま愚痴を言い続けて騎士になるよりも、ずっと魅力的なものに思えてならなかった。
「まずは、領地の問題を片付ける必要があるが、身軽とはいえ一人だと心許ない。ルドビィグ…私の背中をお前に預けたい」
「…ああ。そういうことの為に俺は騎士になったんだ。背中くらい守ってやるよ」
もう一度、今度は先ほどのよりもしっかりと握手を交わす二人。
そして、アーリャが締めの言葉を言った。
「まぁ、今はまだ自分の背中は自分で守らないといけないようだがな」
「…くっ」
強くなりたい。絶対に強くなる。
そう心に誓うルドビィグだった。
という事で、生意気な騎士の話は、ショートエピソードをたまに上げていこうかなと思っています。
ルドビィグは、宮廷の外でぼんやりと外を眺めていた。
あの出来事から、すでに二日が経過している。そう、今日はアーリャの爵位授与式だ。
本来なら、身辺警護をする必要があるのだろうが、自分は今こうして外にいる。
と言うのも、ルドビィグは正確にはまだアーリャ付きの騎士にはなっていないのだ。
爵位を得てから、騎士の任命に移る。よって、授与式の警護はアーリャの父であるエメテリエル伯の騎士隊があたっている。
ルドビィグがいてもいなくても何の問題も無かった。むしろ、邪魔者扱いされ、現在に至る。
ふぅ…
ため息も漏れてくる。
結局、この二日間アーリャとまともに話すことも出来ず、彼女がどうして自分を騎士にしようとしたのか聞けずじまいだった。
ただ…あの日のことを思い出すと、まだ胸が熱くなる。
彼は、改めて思った。
強くなりたい。
せめて、あいつを負かせるくらいに強くならないと、騎士なんて名乗れない。
「よぅ。貴族様付きの騎士がこんなところで油を売っていて良いのか?」
首だけを回して、声の主を見る。
そこには、相変わらずくたびれた鎧を着ている友人がいた。
「…あぁ、お役御免だとさ」
友人は、ルドビィグの隣に腰掛けた。
「ははっ、それにしちゃあ上等な鎧を着てるじゃないか」
昨夜になって、突然自室に送られてきた鎧である。
着方がわからず四苦八苦したが、何とか様になっているようだ。
友人に、現状をかいつまんで話す。それを聞いて友人は、ははっと笑った。
「まだ、どうして俺が騎士になるのかわからないんだ。…勝負には負けたし、暴言も聞かれたって言うのに」
「なるほどなぁ…。確かに、困惑するのも無理は無いな。他の連中もぼろくそに言っていたよ」
そもそも、名指しで貴族付きの騎士になることなど滅多に無いのだ。
それも、まだまだ経験の浅い訓練生が、いきなりの大出世。
それだけでも標的になることは明らかだった。
さらに、ルドビィグの場合、あまり素行が良くなかったことも災いして、大火事になっている。
「流石に、根も葉もないことを言っていると、こっちもカッとなっちゃてな」
少し困った顔をしながら、友人は話す。
「まぁ、言いたい奴は言わないと気が済まないんだ。お前にまで飛び火するかもしれないぞ?」
「…それでもさ、やっぱりお前のこと知らないのに叩いてる奴は、頭にくるんだ」
無言で友人を小突く。
「たださ、俺はお前のこと喜んでるからな、それだけ言いに来た」
そう言って、彼は立ち上がる。
気恥ずかしいのか、挨拶もそこそこに帰っていった。
その後姿に、ルドビィグは軽く敬礼した。
授与式の後、さらに形式的な騎士の任命式が行われた。
お偉方の顔など、ほとんど覚えていないルドビィグは、ただ流されるままに式を終えた。
ただ、異例の抜擢に多少戸惑っている人間もいた。
そして、エメテリエル邸に向かう。
昨日までに、移動手続きを終え、荷解きまで終わっていた。一応、アーリャに顔を見せに行って、今日の業務は終わりだ。
執務室をノックする。
ここは、エメテリエルの別邸になっている。
使用人が2、3人いるだけで、最初に来た時に驚いたものだ。
「どうぞ」
と、相変わらず短い言葉が返ってくる。
それを受けて、ルドビィグは部屋に入る。
この屋敷全体に言える事だが、中はやはり簡素だった。
「改めて言うわ。これからよろしくね、ルドビィグ」
椅子から立ち上がり手を前に出す。
主従関係の作法がわからないルドビィグは、とりあえず気にしないで握手に応じる。
アーリャから、手を離し椅子にかけ直す。
そして、話し出した。
「昨日からこの邸にいることだから、なんとなく分かっているだろうが…ここには、私を含め5人しかいない」
そんなに大きくない屋敷だが、それでも5人というのは少ない気がした。
「ん。特に理由は無いが、我が家の方針だ」
アーリャが言うには、本家には相当数の使用人や騎士たちがいるらしい。
しかし、当主だけはそれらに縛られてはいけない。
当主は広い視野を必要とする。家や周りの人間にばかり気を使い一番大切な領民を疎かにしてはいけない。
当主は身軽でなければならない。
「本家では、兄が全ての人間たちの管理を行っている。私は、そのおかげでもっと大きなことをやることが出来るわけだ」
「もっと大きなこと?」
アーリャは、前かがみになり、声のトーンを落として言った。
「この国の貴族社会を壊すんだ」
直接理由を尋ねた訳ではないが、それを聞いて、自分がここにいる意味が理解できた気がした。
こんな危険な思想の持ち主を警護できるのは、貴族の息がまだかかっていない人間しかいない。
そして、その人間が貴族に対して不満を抱いているのなら、なおさら好都合だ。
「だから、俺が騎士に選ばれたって訳か」
「うん、それもある。だが、剣の腕も多少買っている」
散々力の差を見せ付けておいて、アーリャはさらりと言う。
「せいぜい、見込み違いだったと言われないようにがんばるさ」
皮肉を返すことしか今のルドビィグに出来ることは無かった。
その時、ふと疑問が浮かんできた。
「しかし…どうやって貴族社会を壊すんだ? そもそも、何のために壊す?」
アーリャは、小さくため息を吐いた。
彼女なりに覚悟を決めて話さなければいけないことなのだろう。
「…色々ある。母の遺言がきっかけで、私はこの国の末端の人たちのことを調べた。酷い有様だった」
ルドビィグが住んでいた地区のすぐ隣にもスラム街があった。
もともと、生産力が下がってきていた地区だったのだが、税の取立てが厳しく、陳情に対しても貴族は無視を決め込んでいた。
結果、スラムになってしまった。
アーリャは話を続ける。
「私の領地は、現体制でどうにかすることは出来る。だが、この国は今のままでは到底不可能だ。だから、壊す。この体制を…」
それは、確かに多くの下層の人間が思っていたことだった。貴族社会を無くしたいと。そう思わせるほどに貴族達は腐っている。
ただ、それを貴族の側から、しかもある程度実行できる力を持ち、尚且つ確固たる意思の元に表明したことには重大な意味があるだろう。
ルドビィグの胸に、また熱いものが宿った。
「それで、どうするんだ?」
「あぁ。…まず、この貴族社会の中である程度地位を固める必要がある」
ルドビィグは、肩透かしをくらったような気分になった。
もっと、大きなものを想像していたからだ。
「貴族達は、常に疑心暗鬼になっている。一瞬でも、こちらが隙を見せればあっという間に計画は潰される。保身のために彼らは手段を選ばない」
その真剣な表情を見て、一昨日の試合の時に感じた寒気以上のものを感じ、同時に自分の考えの甘さに気付いた。
「私は、まだ爵位を継承しただけの若輩だ。宮廷内で自由に動くことすら出来ないだろう。悔しいが、まずは実績を積む必要がある」
思っていたものより、遥かに時間のかかる計画だった。
結局、今の自分達に出来ることは限られていて、目の前の障害を一つずつ取り除いていく、地道な作業しかなかったのだ。
…しかし、ルドビィグにとっては、あのまま愚痴を言い続けて騎士になるよりも、ずっと魅力的なものに思えてならなかった。
「まずは、領地の問題を片付ける必要があるが、身軽とはいえ一人だと心許ない。ルドビィグ…私の背中をお前に預けたい」
「…ああ。そういうことの為に俺は騎士になったんだ。背中くらい守ってやるよ」
もう一度、今度は先ほどのよりもしっかりと握手を交わす二人。
そして、アーリャが締めの言葉を言った。
「まぁ、今はまだ自分の背中は自分で守らないといけないようだがな」
「…くっ」
強くなりたい。絶対に強くなる。
そう心に誓うルドビィグだった。
という事で、生意気な騎士の話は、ショートエピソードをたまに上げていこうかなと思っています。