っ!?」



玄関から伸びる廊下の先、奥の部屋から綾子の悲鳴が聞こえた。


私と昌孝は無言で奥の部屋に駆けだす。


床は苦しそうな悲鳴をあげていたが、幸いにも抜けることはなさそうだ。


意外と頑丈でよかった。



廃屋の中は広くはない。玄関に入ると右手に二階へと続く階段、左手に廊下がある。廊下の左側にドアが2つあり、その奥に、玄関に向かい合う形でもう一つドアがある。階段の下には他より小さめの扉があり、収納スペースのようだった。



玄関から入る月明かりの他に光源が無いため、廊下の先は真っ暗だ。掃除もされていなかったためか、埃が舞い上がってむせ返りそうになる。

もちろんお化け屋敷も真っ青くらいに不気味だ。

普段なら絶対に中に入ろうなんて思わない。呪怨のかことか出てきそうだし。

恐怖を頭の端に追いやり、1番奥のドアの金属製のドアノブを昌孝が掴む。

綾子の悲鳴は、奥の部屋から聞こえてきた。恐らくこのドアで間違いないはずだ。

薄っぺらい木製のドアを殆どぶつかるようにして昌孝が勢いよく押し開けた。



ドアを開いたと同時に、私は昌孝の横をすり抜けて部屋に飛び込み、綾子に声をかける。



「綾子っ?!大丈夫?!」



6畳ほどの部屋の中は、玄関からの月明かりが殆ど届かない為か廊下よりも更に暗かった。

薄っすらと見える部屋は、床は玄関から続く廊下と同じく、一昔前のフローリングのような木製で、窓がない。


押入れやテーブルなどの家具類は一切無く、生活感のない部屋には、床中に小さな小物が散乱していた。

そこに動くものは見当たらない。勿論、綾子の姿も無い。




あ、綾子?」




わたしはもう一度狭い部屋をぐるっと見渡す。綾子どころか、卓郎の姿も見当たらない。



どういうこと?確かに奥の部屋から綾子の悲鳴が聞こえたのに。他の部屋から?でも坂本さんもこの部屋からの悲鳴だと思ったわけだし、間違い無いはず。

第一、この廃屋は声が何処から聞こえたのか把握出来ないほど広くない。寧ろかなり狭い。

昌孝も同じことを考えているのだろう。わたしと同様呆然と部屋の入り口に突っ立って、部屋を見回している。





消えたってことー





薄ら寒いものが背中を伝う。



そんなことあるわけないないない。きっと別の部屋にいるはず。あー怖。ホラーな展開を考えてしまった。



わたしは後ろを振り向きながら坂本さんに声を掛ける。



「坂本さん、ここには綾子たちいないみたいだし、他の部屋をさがそ?」



坂本さんも了解したと言うようにうなずく。

それを見て、わたしは部屋の入口へUターンした。




その時だった。





コツッ!





床に落ちている小物の一つを足先で付いてしまった。



「何?これ」



それは暗闇の中でも細かな装飾がされているとわかる、厚さ2cm程のカードケースっぽいものだった。

何と無く"それ"を拾い挙げる為に、しゃがんで手を触れた、その瞬間だった。




「ッ!!!!」




身体をもの凄い力で引っ張られた。

"身体を"というより、身体から魂を強引に引き抜かれるような、掬い取られるような、そんな感覚に堪らず前のめりになり膝を付きそうになる。



倒れながら、いつもあまり表情筋が動かない坂本さんが珍しく驚きに目を見開く顔が見えて、「お、珍しい。」なんてことを思いながら更に強くなった引っ張られる感覚に私の意識はブラックアウトした。

薄れゆく意識の中、わたしの身体を支えるがっしりとした腕を感じたので、きっと坂本さんが助けてくれたんだと思う。


重くてごめんよ坂本さんと心の中で謝りながら、わたしの意識は完全に途切れた。

綾子と卓郎は既に、ブロック塀にかこまれた雑草の生い茂る庭先を抜けて、玄関を開けようと、スライド式の引き戸にてを掛けようとしていた。

仕方ないかぁ

2人だけを行かせるわけにはいかないし、卓郎と綾子を2人だけにするのも、いただけ無い。とにかく行ってみるかーと坂本さんに声をかける。

2人だけじゃ行かせられないし、私達もいってみようよ坂本さん。」

………

坂本さんが頷くをの見て、廃屋の門に手をかける。先程卓郎が乱暴に開けて行った鉄柵の門は、軽く押しただけでギィィィという嫌な音を出して開いた。

げ、手に錆がついた。

廃屋の庭を決して広くは無いが、夏場だけあって雑草が鬱蒼と生茂っている。

ジーンズで来たのは正解だったかも。じゃなきゃ擦り傷とヤブ蚊の餌食だわ。

上半身は半そでのチュニックだが、下半身が守られている分上半身の警戒に集中出来るのでずいぶん楽だ。

綾子と卓郎はすでに廃屋の玄関をくぐり、中へ進んでいる。


玄関に手をかけ、引き戸を引く。立て付けが悪いのか、途中ガタガタとして開き具合が良くない。

玄関を開けると、後ろにいた坂本さんがすっと横を通り、土足で廃屋に上がる。と同時にギシッ、ミシッ、と床が悲鳴をあげた。



……………………



ちょっと、やばくない……



自慢じゃないけど、わたしは太っている。

いや、女子に良くある、標準体型でMサイズとか着ちゃってるのに「あたし太っちゃったぁ~」「もーまぢでデブなんだってぇー」なんて言っちゃってる、あれとは違う。

ぽちゃとかそういうレベルでは無くて、完全なる肥満体。



THE肥満



なのだ。会社の健康診断でも、結果表の中にメタボリックシンドローム注意!食生活を見直しましょうなんていう紙が一緒に同封されてくるレベルなのだ。


腹囲なんか、まぁあれだよね。


基準値満たしちゃってるから?90cmの大台に乗ってますからね。


でも不思議なことにコレステロールとか、体脂肪とかは正常範囲に入ってるのがなんとも不思議なんだけど、まぁわたしがデブだということには変わりはないんですけどね。



これでも、痩せようと努力しなかったわけじゃない。中学生まではそれなりに痩せていたから、大学時代にダイエットなるものをしてみたのだけど、ストレッチしたって腹の肉がつかえて前屈みになれないし、ウォーキングしても汗と疲労が募るだけで全く痩せる気配が無かった。


そしてどんどんでかくなる私の身体は、女子にあるまじき横綱状態だ。イスに座って仕事してると胸

腹の間にブラのワイヤーが挟まって痛いしってゲフンゲフン。


別に私が特別大食いとか間食屋っていう訳じゃないんだけど。


周りからも、え?ご飯それだけ?とかいわれるし。(まぁ身体のデカさに比例しての言葉だと思うけど。)

でも、何故か太ってから友達が出来るようになったんだよね。以前の私って、本当に友達いない寂しい奴だったし。だから太った事はそんなに後悔はしていない。



とにかく話は脱線したけど、身長175cmくらい?、予想体重70kgそこそこの坂本さんが乗ってミシミシいう床ってことは、坂本さんを越える体重のわたしが乗れば間違いなくミシミシミシミシィッ!!ってなることが軽く予想出来てしまうのですよ。




床を凝視しつつ、考えているわたしに坂本さんが不思議そうに問いかける。



行かないの?」



いや、ちょっと、行きたいのは山々なんだけどね。あなたの立っているその床が、どうにもわたしの体重を支えきれそうに無いんですよ。

床が抜けたら危ないし。

ぶっちゃけわたしだって女のコなんだから、わたしのせいで床が抜けるなんてことになったら恥ずかしいんですよ。

わかります?わかってくれます?



誰に言うでもなく、坂本さんと床を交互に見つめながらぐるぐると考える。



と、その時だった。



「きゃああああぁぁ!!!!」

今考えたって、普段心霊スポットなんて絶対に行かないと豪語していた(正確には心で思っていた)私が、この時に限って肝試しに何故同意したのかわからない。

お酒が入ってたからかもしれないし、ただ何となく、むしゃくしゃしてモンモンとした、この例えようがない気持ちを、いつもと違うスリルで馬鹿騒ぎして消し去りたかったのかもしれない。


なんて、回想してても仕方ない。兎に角、事は現在進行形で起こってしまっているのだ。




ここなの?」

綾子が少しビクつきながら、卓郎に問いかける。

「そうそう、結構雰囲気あるだろ?特に噂とかは無いんだけどさぁー」

卓郎が戯けた様子で返す。


結構?結構どころか、私にとってはかなりの雰囲気。寧ろ帰りたくなってきた。いや帰りたい。



肝試しの場所は、近場の廃屋に割とすぐ決まった。

というか、すでに深夜1時を回っていたので、電車(あし)も無く、徒歩圏内限定での選択だった。


え?車?そんなものは都内近くに住む新社会人に毛が生えた程度の我々には、所持も維持も出来るわけないんですよーははん。


15分も歩くとすぐに廃屋に到着した。

最近に建てられたであろう住宅街の中を少し奥に入った所にある、トタン屋根の平屋の廃屋。まるでそこだけ時代から取り残された様に、ポツンと佇んでいた。

昼間に訪れれば、今流行りの廃墟としてそれなりに神秘的に感じたかも知れないが、いまはもう深夜1時を回っている。

空は曇りで星一つ出ていないし、月だって全く出ていない。路地から少しすれば、マンションと住宅街の灯りでそれなりに明るかったけど、今は道の隅にぽつんと立ち並ぶ電灯が唯一の光源で、何とも心とも無い。

つまり、廃屋は真っ暗なお化け屋敷と化しているのだ。


蒸し暑い真夏の夜に15分も歩いたことと、夜の廃屋の予想以上の不気味さに、私と綾子はさっきまでのハイテンションが嘘のように消沈する。


「ねぇ、やっぱり辞めない?これって不法侵入とかでしょ?」

「何言ってんだよ、綾子。せっかくここまで来たのに。」

卓郎が調子良く答える。


私は綾子の意見に大賛成ですよ。酒の勢いでここまで来たけど、所詮聞きたがり怖がりの私にはまじな肝試しなんて出来るわけない。


「そ、それによ、何かあっても俺が綾子を守ってやるって!」

卓郎が照れつつ綾子に話しかける。


おいおいおい貴様。綾子が好きだからってそんな無責任なことをぬけぬけと。守るなら全員を守れ全員を。


そういえば、肝試しを最初に提案したのは卓郎だったっけ。四年に渡る片思いを実らせようと、実力行使に出てきたってわけねー。


でも、当の綾子は聞いて無かったみたいだ。

卓郎の計画を邪魔するのは悪いけど、こんな灰屋入りたくないし。よし、ここは発言しとかないとね

「やっぱり危ないと思うよ?これだけ古いと、床とか抜けるかもしれないしさ。幽霊とかそれ以前に怪我しそうじゃない?」


卓郎が余計なことを~って目で見て来たけど、悪いね、わたしは自分が大事なんだ。


「そうだよね昌孝はどう思う?」

綾子が、ずっと黙ったまま空き家を見ていた坂本さんに声をかける。

坂本さんというのは昌孝のことで、どうも私は男子を下の名前で呼ぶのが抵抗があるので、大抵は名字で呼んでいる。

別に仲が悪いとかじゃないけどね。


あ、ちなみに卓郎は別で。あれは異性として全く意識していないからか、ナチュラルに「卓郎」になってしまった。



どっちでも。」


俺は別にどっちでも良いってことね。坂本さんらしいっちゃらしいけど、卓郎が「ほら、昌孝もこう言ってるしいこーぜー!」と都合が良い方に解釈して喚いてますよ。


「えぇーでもやっぱり怖いよ

「だぁーいじょーぶだって!俺がいるからさぁ!」

にっこにっこしながら卓郎が綾子をぐいぐい廃屋に引き入れている。

「ちょ、ほんとにやめてよ。卓郎。」

おい卓郎。いい加減強引過ぎると怖がる綾子に頼りにされる前にドン引かれるぞ。


思ってても言わないけど。


現に綾子の顔が、こっちに助けを求めるように目がうったえてるし。


あーぁほら言わんこっちゃない。お前の恋は破滅へと一歩近づいたようだね、卓郎。