多くの大学生と同じく、僕もアルバイトをしている。ホテルスタッフの派遣バイト。「バイト戦士」を名乗れるほどはシフトに入っていない。ただ単にめんどくさいし、シフトに入らなくても何も言われないからである。

 

 

勤務内容は、旅館やホテルの社員さんの指示に従って食事の用意や片付けをする、要するに数合わせである。人数が足りない草野球チームに助っ人でレフトで入るようなものだ。助っ人を責める人はいないし、ぼくもここでは期待されていない。それが心地よく、新たなバイトを検討しない程度には満足している。

 

 

ほとんどのシフトを早朝に入れている。理由は簡単で、早朝の方が仕事が楽だからである。朝から酒を飲む人はいないし、朝からコース料理を食べる人もいない。ワンプレート、もしくはビュッフェを用意し、捨てるという、極限まで単純化された業務だ。だが、大学生のほとんどが朝起きれない特性のおかげで、人手が少ない早朝勤務は、激務の夜勤務と同じ額をいただける。そのため、ぼくはバイトの日は朝5時に起きる。大学生としては、もはや不健康である。

 

 

朝勤務では、ほとんど誰とも話さずに退勤時間になる。バイト中ほとんど話さないぼくは、大学生に必要な「出会い」の機会を喪失しているのかもしれない。融通のきくシフトや飲食店より200円ほど高い時給は、これで良いのかという自分の苦悩を否定できるのだろうか。殺人的な忙しさがない代わりに、休む時間もあまりない勤務時間を、ぼくはそんな取り留めのないことをぼんやりと考えてやり過ごす。

 

 

最近、そんなバイト時間中のぼくを悩ませる問題が発生している。「ありがとう問題」である。勤務先の人からよく言われる「ありがとう」に対して返す言葉が思いつかないのだ。

 

 

例えば、友達から「ありがとう」と言われれば、「お互い様だよ」とか「どういたしまして」とか、何かそれらしき言葉で返すことができる。先輩や先生でも同様のニュアンスに敬意を添えれば問題ないだろう。しかし、勤務先の社員さんに言われると、途端に固まってしまう。なぜなら、「お金をもらっているから」である。給料が発生する以上、そこには仕事をする義務が発生する。

もし勤務時間に遅刻したのなら、素直に怒られればいい。だって、義務を怠っているのだから。しかし、バイトにおいて頼まれたことをするのは当然である。その対価として、事前に定められた給料をもらうことは保証されているからだ。派遣元から時給1200円の「ありがとう」を振り込みで受け取るぼくにとっては、口頭の「ありがとう」は余分に浮いてしまう。なんて返せばいいか戸惑ってしまう。

 

 

長らく迷っていたぼくだが、最近これを切り抜ける方法を見つけた。この正解の返しは、「全然大丈夫です」である。正確に言えば、「(その後時間給1200円がゆうちょ銀行の口座に翌月20日に振り込まれるので)全然大丈夫です」である。これなら、雇用主からの「ありがとう」という言葉を「このように働いてもらっても道義的に、倫理的に問題ないよね?」というニュアンスで受け取ることができるし、それに対して「問題ないです(給料が入るので)」という適切なレシーブをしているという実感が湧いてくるのだ。

 

 

ちなみに、「ありがとう」以外の言葉をバイト中に急に話しかけられても、まだまだ返答に困ってしまう。返事を口ごもり、そしてどう答えるのが正解だったのかと、取り留めのないことを考える時間の議題としてぼんやり消化される。自分でも難儀な性格だなと思う。自分の心に折り合いがつくまで、返事の一つもろくにできないのだから。バイトの時間は、これからも出会いもふれあいもない、ぼんやりとぐるぐる回る思考の螺旋に取り憑かれるのだろう。

 

 

でも、全然大丈夫です。