コストコが好きだ
私は、貧する民だ。少しでもお得なものがあれば、原価計算をし、それほど欲しいものでなくとも、お得ゆえに買いたいという欲が出て、余計な買い物をしては更に貧しくなってしまう。コストコは、値段を一切気にしない者と値段ばかり気にする者が混在している不思議な空間だ。私はコストコで、よく買うものがある。それは、底値を切っているものだ。さして、必要でないのに買ってしまう。元来私には、色々な日持ちのする食材や、日用品を必要以上に買い込む癖がある。収納から流れ出すそれを見た姉が、こう言い放ったのが、記憶から消えない。「こういう風にため込んでしまう人って、今あるものがいつかなくなるって危機感があるんだって」「だから、○○の家って、もしかしてピンチ?」(おそらく経済的にと言いたかったのであろう)二言目は余計だが、言い得て妙である。私は、幼いころに父と母が離婚した瞬間に、世の中に不変のものが存在しないと悟った。そのせいか、それとも本来の性か、常に、いつかは自分自身も含め、全ての人、物はなくなってしまうのだという思考が、頭の奥底にこびりついて離れない。連れ合いに、ヒーローかヒロインが死ぬ映画をよく見せるのも、覚悟をしてほしい、そう暗に思っているからであって、自分がいつかは病気だったり、怪我だったりで、なくなってしまうと強く確信している。(そうでない人間なんかいないけど)寿命があるからこそ人生は美しい。が、古来より宗教や、幻想によって、人は死との恐怖に打ち勝とうとしている。ちなみに、私は死との恐怖と戦うために”50年後の未来”、という、UFO,UMAらと並ぶ嘯きを信じている。楽しい未来が待っていると信じようそのために、色々なものをため込んでいるんだという、言い訳。