朝、靴を履く前に、
なぜか床に足をつけたまま立ち止まっていた。
冷たくもなく、
温かくもないその感触が、
やけに心地いい。
そのとき、頭の中で声がする。
「早くしなきゃ」
「遅れるぞ」
……はい、来た。
「せかし屋の“時計係”」
この人、いつも忙しい。
常に時計を見て、
なぜか少し怒っている。
でも今日は、
その声をそのままにしておいた。
無視じゃない。
“ちょっと横に座ってもらった”
すると、もう一つの感覚が浮かんできた。
足の裏から、
じわっと何かが上がってくる。
それはまるで、
大地が「ここにいていいよ」と
言っているみたいな感覚
その瞬間、
呼吸が深くなる。
奈央は、少ししゃがんで土に触れる。
そして静かに言う。
「急がなくても、ちゃんと進むこともある」
その言葉に、
なぜか体の奥がゆるむ。
時計係は、まだそこにいる。
でももう、
指示は出してこない。
ただ、腕時計を見ながら
黙っているだけ。
ふと、思う。
今までずっと、
「前に進むこと」ばかり考えていたけれど
もしかしたら
「今ここにいること」が、
いちばん深く進んでいる状態なのかもしれない
その一文だけが、
なぜか心に残った。
風がやわらかく吹いて、
葉が光を揺らす。
八十八夜。
芽が出るタイミングは、
無理に引き上げたときじゃない。
整ったときに、自然に出る。
今、足の裏は
どこにつながっているだろう。
そして、その場所に、
安心して立っているだろうか。



















