昔、まだ私がはたちそこらだった頃、岸田繁がすべてだった。
彼の弾くリッケンバッカーの音色が、私をユートピアに連れていき、ユートピアなのに切ない音階と歌詞に胸を焦がしていた。
Tonight is the night
あのけだったるい声は確実にわたしを翻弄し、天国に昇らせておいて、直ぐ様地獄へ突き落とす。
わーぉ。優しい悪魔。
音楽に心を踊らして、胸を焦がすなんてまだ心に余白があったのか、それくらいにギリギリだったのか。
今はもう、すっかりそんなエネルギーはなくなった。
だけれども、岸田くんの声を聴くとその頃の自分は今でも確実に私の後ろにいる。
そこは、原宿の路上だったり、渋谷の地下のクラブだったり、東京のはじっこにぽっから浮かんだ8畳1Rの部屋だったりすり。
「誰かの記憶に残りたい。それも目に見えない感覚の中で。」
岸田くんが確実に私の見えない感覚の記憶に存在することを今更知った台風の夜。
