3月16日(月)の記事を書いてる途中やが、お知らせを一つ載せとく

※昭和20年4月6日、沖縄海上特攻出撃直前の戦艦「大和」を捉えた貴重な一枚。
70年前の今日の事である。
※撮影されたのは燃料補給を終えた徳山沖

※70年前の今日、戦艦「大和」以下10隻が帝国海軍最後の艦隊として徳山沖に停泊していた。
※片道燃料を積んでの出撃と云われるが、沖縄から往復出来るだけの燃料を積み込んで出撃した。
※最後の訓示を将兵はどのような気持ちで受け取っただろう?
※夕刻、徳山沖から単縦陣で「大和」をしんがりに出撃して行った

70年前のこの時間、別府沖に達した「大和」では、少年兵達が其々の故郷に向かい最後の別れを告げた

※翌4月7日、米艦載機の猛攻を受け「大和」以下6隻が沈められ、3千7百余名が散って逝った

その沈没地点から一番近い本土の地、枕崎市に第二艦隊及び南溟の海で散った英霊を祀る平和祈念展望台が建立されているが、大々的な慰霊祭は数年前に取り止めとなり、以後は地元枕崎市の方々により沖縄海上特攻を語り継ぐ取り組みをされ毎年企画展を開催している。
既に4日から開催されてる企画展には多くの方が足を運んで頂いている。
会場は枕崎市文化資料センター「南溟館」
会場と平和祈念展望台は車で10分程の位置。
このような企画展でしか見れない展示がある。
※沖縄海上特攻で爆沈した「大和」から奇跡の生還をされた八杉康夫さんの講演会の壇上を飾った「大和」の模型も‥
※今は枕崎の地にあり、普段は漁港前の地場センターに展示して頂いている。
この大型模型も企画展に展示して頂いている。
火之神公園(映画「男たちの大和」ロケ地)に隣接の平和祈念展望台。
東シナ海の海原を望む高台に慰霊碑が建立されている。
※爆沈した「大和」の爆煙は枕崎からも見えたと云う。
展望台には「大和」と運命を共にされた第二艦隊司令長官、伊藤整一中将ゆかりの桜も植えられたと云う

お近くの方、是非枕崎市へ足を運んで頂き歴史の事実と悲劇を知って貰いたいと願います。










