昨日、7月2日(これを書いているのは7月3日の深夜なので)。月1のテストも遅刻で、いくら単位がつかなくても行ったほうがいいよなあ、と学校に行こうとして昼食を買うお金をくれないかと母に尋ねたところから口論になった。すこし割愛するが軽い暴言を吐かれたのだ。暴言というより機嫌の悪い思考の押し付け、という方が近いような態度。今回の件に関してはわたしにも非があったので素直に謝った、家のルール通りにできていなくてすみません、お昼ご飯を買うお金がないので今月のお小遣いを今もらいたいです。結果的にもらえなかったのだけれど、たまたま父に連絡するのにスマホが手元にあったわたしは一部始終を録音していた。逆上されるのが目に見えていたから。が、なぜか録音に気づいた母に「録音データを消せ、さもないと学校にスマホを持って行かせない」と脅された。

 

普段家でスマホを使わせてもらえないぶん大人に客観的に状況を説明するチャンスだと思ったから、ひどく焦った。それで文字通りの取っ組み合いになった。キレて「なんでそんなことさせるんだよ、都合悪いのか?言ってみろよ、自分が何やってるのかわかってるんだろ?」と叫んだわたしに返ってきた答えは「自分が虐待されてるとか都合よく言うのに音声編集するつもりなのがわかってる」だった。呆れと、どうして、という疑問だけが湧いた。聞けなかったけど。

 わたしだってもう高校生で、投げ飛ばされていた小学校5年生の頃とは話が違う。ここでスマホを取り返せばわかりやすく今後の自分に有利に働くだろうと思ったし、本気で掴みかかった。でも生憎向こうのほうがガタイもよかったし身長も高かった。正直、少し手が出た。これは本当に良くなかったなと思っているけれど。そこに「暴力は犯罪だから、もう警察呼ぶから」と言われてひどく狼狽えた。

 

学校に連絡を付けて、そしたら死のう。そう思って生徒手帳と鍵だけポケットに突っ込んで、「じゃあ死ぬから」と言い残して律儀にマスクはつけて外に飛び出した。あとから気付いた鍵を無意識にポケットに放り込んだ自分、「死ぬ」、と吐き棄てた自分がただただ哀しかった。外に出たものの、どこに行こうかと一瞬立ち尽くした。近所の川に橋から飛び込んで死のうかと思ったけれど、入水自殺って苦しいんだよな、でも飛び降りか?と太宰治のことが頭をよぎって、先生たちに何も知らせてない、と思ってやめた。

 

一円も持っていない状態で電話を借りれるところ、と思って児童館の存在を思い出して飛び込んだ。女性の先生がいて、電話を借りた。震える手で10桁の番号を押して、聞こえてきたのは「本日の連絡は...」という無機質な自動音声ガイダンス。絶望した。急に堰を切ったように涙が出てきて止まらなかった。「お母さんと、」と泣きながら話すわたしにその先生は冷たい麦茶をくれた。「ここは安全だからね、」と言われて母が来るんじゃないかとビクビクしていた自分に気が付いた。

 しばらくして、用事から戻ったという館長と話した。わたしが学童保育に通っていたころの館長と同じだった。小3ぶりに会うのがこんな状況だとは夢にも思わなかった。小1時間ほど話しただろうか、いかんせん電話が繋がらないので直接とりあえず学校に行こうか、という方向に話がまとまった。

 「児相とか警察とかだけが正解じゃないと思う」という迷いが色濃く滲んだ館長の声を聞いて苦しかった。大人だって見つけられない正解があるんだ、と思った。



 館長にお金を借りて、学校に行った。お金以外何も持たずに手ぶらで。

 職員室にはほぼ誰もいなかった。「1年生の先生をどなたかお願いします、」と言うと1組担任がいた。一応わたしのことはある程度学年の先生方で共有されているらしく、もともと入学してすぐのイベントで関わる機会があった1組担任はわたしのことを覚えてくれていたようだった。

わたしの様子がただ事じゃなかったのだろう、外ですぐに話を聞いてくれた。冷静に、笑って話せてしまう自分にうんざりした。そして話を聞き終えた1組担任の初めの一言が「(苗字)さんはケガしてない?」だったことに少しの安らぎと安心感を覚えてしまった。

 雑談をして、たまたま学校に来ていたらしい学主を待った。やがて来てくれた学主に1組担任が状況を説明してくれた。一切顔色の変わらない学主が少し怖かった。学校の外線を借りて児童館に電話した。スマホの通話よりも音がざらついていて、自分の状況を再確認させられた気分だった。確かこれが2時頃だったと思う。

 児相も警察も頼れない、となると家に帰るしか選択肢はなかった。今後のことも考えて家に電話してもらおうとしたけれど、通信障害で繋がらなかった。

 

 朝から何も食べてない、と話すと学主がDARSと綾鷹のペットボトルをくれた。「食べな。甘いもの、ね」その優しさがあったかかった。お言葉に甘えて、と思ってDARSを食べると、溶けてしまっていて手がベトベトになった。その状況に薄く笑って、学校が閉まる5時を待った。

 

 家に帰って、自分の部屋に閉じこもった。DARSをお守りみたいな気分で食べた。何も起こらなかったけれど母はいまだに口を利いてくれないし、録音のデータは消されていた。(余談ですがiPhoneの「最近削除された項目」からも削除されてしまったボイスメモを復活させる方法をご存じの方がもしいらっしゃいましたらDMいただけると大変助かります、多分iCloudのバックアップも取れていないみたいだったので。)

 

今日も、学校に行かなくちゃ、生きなくちゃ、と思う。

 いつもまあ感情に任せたツイートしかしていないし口は悪いしで散々だから一回ぐらいまともに説明しておこう、という中途半端な責任感。丸投げは申し訳ないからね。

 

【Twitterアカウントについて】

中学に入って自分の親が自分を異常に管理していることに気づいたとたん、身体症状が出始めて不登校に。誰かに相談したくて、人とのつながりが欲しくて作ったアカウント。だから病み&闘病&日常みたいな。ネガティブなツイートや語気の荒いツイートも多いので苦手な方はミュート、ブロック推奨。

今度は支援者に、教員になりたい私が頑張るための備忘録

 

【学校関連】

中高一貫全日制FJK。うっかり入学したら周りのほうが数倍賢かったみたい。一応全日制高校で頑張るらしい。単位が足りない恐怖に怯えてみる。

 

【中学】

・元担任 中2、中3の担任。理科担。悪い人じゃなかったけど家のことに対しての理解はなかった。50代の男の先生。

・元学主 中3のときの学主。数学担。根性論の人。不登校にも家のことにも理解がなくて嫌いだった。30代ぐらいの男の先生。

・元元学主 中2までの学主。英語担。めちゃくちゃ厳しい先生だったけど好きだった。家のことや自傷のことも学年で唯一まともに知ってくれていた先生。40代ぐらいの女の先生。

・元顧問 吹奏楽部の顧問。中2からの顧問。1つ下の子たちの学年団。恩師。はじめて自傷や家のことを話せた先生。本当に大好きで憧れの人。20代の女の先生。割と年近かった。

・中学養教 中学の養教。保健室が中高一緒なのでややこしいけど便宜上中学養教。めっちゃ優しい。40代ぐらいの女の先生。

 

【高校】

・学主 ほぼほぼ多分いい先生(あんまりしゃべったことない)。30代ぐらいの男の先生。

・担任 物理担。理解ある人だしいい人だけど体格が父親に似てるのが少しだけ怖い。20代の男の先生。

・副担1 すごく理解があって気にかけてくれる先生。平日は毎日15分しゃべることになってる。20代の女の先生。

・養教1 今年から来た先生。中途半端な理解の示し方をする先生であまり好きじゃない。40代ぐらいの女の先生。

・養教2 去年から来た先生。中学生の時から知ってる。理解のある先生。すごくサバサバした人。30代ぐらいの女の先生。

 

【病院】

・精神科通院、服薬 月1通院

・カウンセリング 月2

・TMS治療 週1

精神科とカウンセリングは系列のところ。TMSに関しては効いてるのかすら不明。

 

【症状・困りごと】

・抑うつ状態

・希死念慮

・自傷行為(リストカット、OD) ※画像なし

・起立性調節障害

・解離症状、離人感

・不眠、過眠

 

 

 

 

 

 

 

めちゃくちゃだけど、こんな私でも教員になりたい。私だから気づけることがきっと1つくらいあると思う。そのための勉強だとか経験だとか、全部を自分のためにできればいいよな、って思う。