はじめまして。
去年の12月からHAMIDASI MONOに参加させていただいているあやかと申します。

このような記事を書くのは初めてなので読みにくいところが多々あると思いますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。



今回の課題は
「トークショウ、展覧会、ギャラリーなどなど、自分で足を運んだコトに対して好きなように記事またはコラムを書く」
ということで、私は「Only Free Paper」というギャラリーに行ってきました。

$HAMIDASHI MONO


このギャラリーにはその名の通り、フリーペーパーがたくさん置いてありました。

私がこのギャラリーに行ったきっかけは たまたま です。
友達と渋谷を歩いていたらたまたまこのギャラリーを見つけ、「ちょっと見てみようか」ということになり、ふらっと入ってみたのです。
入ってみるとそこにはところせましとフリーペーパーが並んでいて、私は「フリーペーパーだけでこんなにあるの?!」と驚いてしまいました。
しかしその日はこんなものもあるのだなという程度にさらっと見てその場を立ち去りました。


しかしその後私はそのギャラリーのことが気になってしまい、後日もう一度足を運びました。

気になった理由は2つあります。
1つは以前HAMIDASI MONOで話し合いをした時、代表から「フリーペーパーを作れたらいいと思っている。」という話を聞き、
正直、その時は「フリーペーパーか・・・フリーペーパーね・・・フリーペーパーって作ってどんなことするのだろう・・・どうやって作るのだろう・・・どうするのだろう・・・」と、フリーペーパーについて全然ピンときていませんでしたが、(代表、すみません;)“フリーペーパー”というものに興味があったからです。

2つめは、「今はパソコンが普及しているのでファッションスナップを見ようと思えばお金を払わずともパソコンで見られる。ではなぜスナップ雑誌があるのか。なぜお金を払ってまでそれを買うのか。」とも代表が話していたのですが、
そもそもわたしは本も漫画も雑誌もあまり読まないので、紙媒体よりパソコンにふれる機会の方が多く、そのときの代表の言葉はその通りだと思ったのですが、なぜかはさっぱりわかりませんでした。(代表、すみません;;)
なので“紙媒体”というものにも興味があったのです。

そこでもう一度そこへ行き、二度目はたくさんのフリーペーパーをもらってきました。

$HAMIDASHI MONO


Only Free Paperには、北海道、愛知、京都、大阪など様々なところから発行されたものがあり、学生が発行しているものもたくさんありました。
どれも「本当にこれはタダでもらっていいのか!!」というものばかりで紙の素材や大きさ、形などがものすごく凝っていて、「すごく大切に作られたのだろうな」というのが紙からひしひしと伝わってきました。
内容も様々で、ファッションスナップ、農業、麻雀、消しゴムはんこ、着物、中にはカレンダーもあり、読んでいて面白いものばかりでした。

しかし、そもそも私はフリーペーパーというものの存在は知っていましたが、そのものの意味までは考えたことがなく、考えようとしたこともありませんでした。
「なんで紙なのだろう、なんのために作っているのだろう」ずっとこんなことを思っていました。
なので、これはいい機会だと思い、フリーペーパーについて何分、何十分、何時間と考えてみました。
そして今回その意味がわかったような気がします。

紙からはパソコンでただ画面を見ているときには全く感じられない「読んでいる」という重み、感触、においが感じられました。
そしてどのフリーペーパーもとても丁寧に作られていて、字体、色、構成、絵、写真の配置などすべてにおいて凝っていて「読み手にこれを伝えたい、知ってもらいたい」という想いが紙からひしひしと伝わってきました。
そこで紙媒体のすばらしさに気がついたのです。

そして今回多くのフリーペーパーにふれて、私も作ってみたいという気持ちが高まりました。
なのでいつか代表が言っていたようにHAMIDASI MONOのフリーペーパーを作ることができたらいいなと思います。
そしてOnly Free Paperに置いてもらう!なんて・・・^^


私は今回このギャラリーに行き、ものすごく大切なことを教えてもらいました。
行ってよかったです。
みなさんもぜひ行ってみてください。
素敵なフリーペーパーがたくさんあり、また行きたい!と感じると思います。

だらだらと長い文章をここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

http://onlyfreepaper.com/top.php
さてさて
私が今回お邪魔した、利光春華さんの個展「不完全なモノたちの発表会」

$HAMIDASHI MONO

これに行こうと思い立ったのは、この不完全という題名
もう今の自分ではないかとビビッときて行く事にしました
行ってみると小さな部屋に春華さんが絵がいた作品が展示されており部屋の真ん中には胴体が一つなのに頭が出る所が二つという奇妙な服が展示しており、そこだけまた違う空間を出していた

$HAMIDASHI MONO


今回は展示最終日と雨がどしゃ降りの影響か人がそれ程いなかったので、春華さんとはお話する事ができました。
不完全なモノたちの物語を見てると写真でも分かる様に色が一部分だけの赤色だけ、どの絵にもツルが絵がかれている

$HAMIDASHI MONO


$HAMIDASHI MONO


$HAMIDASHI MONO



何でだろーと思いません??
春華さんにその事を聞いてみると、赤はね女の子を指していて、ツルは女の子が怖いと思っている物、事。
それらから女の子は逃げてるんだよと話してくれました。
私はその瞬間拍手してしまいました。
たぶん余りにも感動したからこんな露骨に思いがとっさに行動に出てしまったのだと思う。
その説明のお陰で物語の一貫性が見え、とても分かりやすい表現だなと思いました。
やっぱり何事でも意味が分かると面白くなるよねと共感しました。
ツルって現実みたいなモノなんですかね?の質問に
そうだね。誰だって嫌な事や、やりたくない事があるよねでもそれから避けてばかりでわいられない、現実を受け入れて共存しないとね
物語の最後の様にね
こういった深い事をイラストで分かりやすく表現する表現力は凄いと思った。
この個展を通して、気付かされた事。
不完全である事の美しさ。
だって完璧ならそれ以上もう何も望めない、成長しないでしょ?
不完全だからこそ失敗し成長できる。春華さんいわく成長したいのなら絶対に毒舌の人に評価してもらった方がいいと、私は人の悪い所を言うのが苦手だ。それが知合いなら尚更だ。
しかし、それがその人の為になるんだと再確認したので、どんどん言ってきたいと考え方が変化した。
最近私は、ファッションを楽しむという言葉に悩んでいました。
服を着るときに今まで考えた事がない事が頭に浮かぶのです。
「この服装で本当にいいのか?」と、勿論ファッションに正解、不正解なんてあるとは思っていません。だけど雑誌や都内に行くと様々な個性豊かなファッションを目にする。
そこに憧れや尊敬が生まれ、己と比較して、自分のファッションの未熟さ、この服装はセンスがいいのか悪いのか周りはどう思っているのか?
なんて色々考える様になってしまっていた。
だけどこの個展で何でだろ
利光春華さんの不完全なモノたちのイラストを見て、いいじゃないか未熟でも
自分の気に入った服をまとって街を闊歩すれば
不完全ばんざーい
これから嫌な事も良い事もどんどん吸収して成長してやる~
と、とてつもないエネルギーと考え方の切り替えができました。

皆さんも何か悩んでいる事があったり、心を癒したいなんて思っている方は是非、利光春華さんの個展に足を運んで見て下さい!何かが変わるかも

最後に利光春華さんありがとうございます。
こんな文章を最後まで読んでくれた方々ありがとうございます。
それではまたの機会にお会いしましょう。
こんばんは!ばんばです。
他の皆さんは美術展や展覧会について書いていますが、わたしは私情により美術館に行けず、、その旨を阿部さんに伝えたところ
「じゃあ某Aさんについて書いて!」
とのことだったのでわたしだけ人の紹介をさせていただきます。(ちなみに絵と文章を書くことが世界一苦手です)


その某Aさん、現在は原宿のセレクトショップで働いています。
わたしがこの方を知ったキッカケというのがdrop snapというスナップサイトでした。2~3年前にたまたまこのサイトを見ていたらわたしの中で、もう、超ドストライクなこの方が載っていました。当時、服装は全身真っ黒で、スタッズやらバンドTやら強めでした。メイクもまた真っ黒で強めです。多分こういった服装やメイクの人は他にもたくさんいますが、この方の格好をよく見るとジャケットを反対に着ていたりブラウスをスカートとして履いていたりと、わたしの固定概念を覆す着こなしをするのです。それからめっきり虜になってしまいました。
そして、この方が働くセレクトショップに何度か足を運び仲良くなるに至ったのですが、想像していた性格と違い
、すっごく乙女。聞く話によると毎日彼氏さんにお弁当を作ってるとのこと。これぞギャップ萌です。
そして、今月の半ばでお店を辞めて数ヶ月アメリカに行ってしまうそうで、帰国後はアパレルやるかも未定と言っていました。
フリーダムなところも人生謳歌している感じがしてとても素敵です。

もっと仲良くなって、いい刺激をうけたいと思いました!

(名前は伏せさせて頂きました、インターネットこわいので、、)

ご拝読ありがとうございます。
失礼致しました。
アート大好きというわけでもない私だが、自分の興味のそそるものにはそれなりに足を運ぶ。しかし、今回の展示会は興味をそそられるというレベルではなかった。

「なんだこれは」

もう気になる気になる。写真を見ただけで興奮してしまいそうな。明らかに私達の五感を刺激してくれそうな物ばかりではないか。

会場は勝ち組の町「六本木」にある、森美術館。行かない手は無い。

ほぼ下調べなしで行ったので作者、小谷元彦が「彫刻家」であることすら知らなかった。がしかし、弁解させてもらえば、彼の作品を見て「素晴らしい彫刻だ」と言う人はなかなかいないだろう。それは彼の作品がおおよそ私達が想像する「彫刻」とはかけ離れたものだったからだ。

私達が「彫刻」を想像する時、いわゆるおばあちゃん家にある木彫りのアレであったり、奈良の東大寺にあるアレであったりを思い浮かべる。しかし、小谷元彦の彫刻はそれとは違う側面から創られている。


突然だが、皆さんは「Phantom-Limb(ファントム・リム)」をご存知だろうか。日本語で幻影肢というこの言葉は腕や足が切断された後も、まるでそれが存在しているように本人が感じることを指す。この展覧会の一番最初に置かれている作品のタイトルであり、これこそがキーワードとなっていく。


小谷元彦はこの見えない感覚を彫刻している。ここでいう見えない感覚は第六感に少し似ている。何かがそこにある、いる、そのような奇妙な感覚。論理的に説明することの出来ない感覚。私達はその感覚を視覚的に捉えることは出来ないが、本展覧会にて小谷元彦はこの「見えない感覚」を具現化することに成功している。

$HAMIDASHI MONO



$HAMIDASHI MONO


8面のスクリーンに投影された激しく流れる滝の映像と上下ガラス張りから成る映像作品《Infetno》では、特異な感覚を体験する事ができる。作品内部に入ると、女性の美しくも何処か戦慄めいている声の様な音が、滝の流れに合わせて響いている。上を見上げれば滝の流麗で荒々しい流れを見る事が出来るが、下を見ればとたんに暗黒が広がる。底に引きずり込まれそうな感覚はある種の堕ちていく感覚に良く似ていた。私が興味深かく感じたのは、Infernoに入っている客のほとんどが、上を見るのではなく、下を見ていることだった。底なし沼のような暗黒を見つめるその目の先には自然のモンスター性に対する恐怖であるとともに抗いきれない圧倒さを感じた。


$HAMIDASHI MONO


《Human Lesson》では、7頭もの狼を繋ぎ合わせ、一枚のドレスにしている。逞しさと共にどこか悲壮感が漂うこの作品は、「狼に育てられた子」アマラとカマラがモチーフとなっていると聞いて、ああ、と私を納得させる。人間になれなかった者への眼差しは、どこか侮蔑的で悲しい。観ている途中、タイトルに「Lesson」と入っているのが気になった。以下、作品説明より小谷元彦の言葉を抜粋。

"衣服とは動物と人間を隔てるである。着衣は狼少女が人間になるために不可欠なレッスンだといえる"

と語っている。ファッションに日々頓着しているそのものこそが、人間であるがゆえんのエゴイズムではないのかと投げかけられる、と同時に着衣できなかった者への圧倒的な差異の目を私達はアマラとカマラというフィルターを通して見ることが出来るのではないだろうか。


$HAMIDASHI MONO


《No.44》では作者自身の血液が入ったシャボン玉が壁にぶつかり、破裂し、血飛沫をあげる。血とは内側にあることによって全くの陰に徹するが、それがひとたび外側に出ると、畏怖の対象になる。血は人間の核であるが故に、それが目に見える形で私達の目の前に現れると人は恐怖する。大事なものが露になっているのが不安でしょうがない感覚にも似ている。エイズ問題も、「血」という核から人に恐怖を植え付ける。だが、本来血とは生命を司る重要なものだ。私達はなぜそれを排他的に捉えてしまうのだろうか。ここでも小谷元彦に自身の見えない内部を炙り出される。


小谷元彦の作品は直接的に投げかけるものに見えて、実はそんな単純な物ではないことに気付く。しかし私達に視覚的に感覚を見せることで、その感覚に引きずり込むことに見事に成功している。

例えば夢で崖から落ちた時に確かに私達は崖から落ちる感覚を「夢」を通じて体験することになる。例えば確信ではないが、なぜか前にもこんな景色を見たなと感じる時がある。私達は常日頃、第六感的な希有な体験をしているにも関わらず、無意識的にそれを閉じ込める。しかし、小谷元彦の作品はそれを誘発させる。私達が日頃意識していない感覚を呼び覚ます。たった一つの彫刻作品が私達の脳にいとも簡単にアクセスし、支配する。

小谷元彦の作品は彫刻という概念をもう一度考えさせ、人々が見ないようにしたり、時には忘れようとする感覚をむりやりこじ開けるような、そんな作品である。

展覧会は既に終わってしまったが、普段芸術なんざさっぱりだという人にも是非観ていただきたい。まるでハッキングされるようなくせになる感覚をどうか直に味わっていただきたい。そして、「何か」に触れていただきたい。

この展覧会、大変不気味であり、刺激的な展覧会であった。


(写真は全て美術出版社「小谷元彦 幽体の知覚」のページを写真で撮ったものである)
こんばんは、まゆげです!
なんともお久しぶりすぎる程久しぶりな登場の私......ガタガタ(震え
もはや皆さんに忘れられているのではないかと......ガタガタ


そんな私ですが、今回は
私達が始めた講義の 課題記事をアップしたいと思います!(キリッ

悩みましたが、2月に行ったとある”美術展”について書きます。
まだまだ稚拙で読みずらい文章ではあると思いますが、少しでもこの美術展に興味を持っていただけると幸いです。

では。









『わくわく SHIBUYA~”未来”をおもしろくするための”現代”美術』




”現代美術展”。ぱっとそう聞いた時、あなたは何を思い浮かべるだろう。古い街並みや美しい景気が描かれた絵画たちが、格好いいタイトルをつけられ、小難しい言葉で書かれた説明と共に真っ白い壁に掛けられていそうな、そんなイメージを少なくとも私は持っていた。あまり身近でない、堅苦しいものという先入観が。
そんなイメージや枠組みを壊し、再構築するための新しい”現代美術展”が、渋谷のとある一角でひっそりと行われていた。その名も『わくわく SHIBUYA coordinated by 遠藤一郎』である。

『わくわく SHIBUYA』とは、2009年に開催された国内展『わくわく混浴アパートメント』をきっかけにスタートした『わくわくプロジェクト』の活動の一つである。同世代のアーティストたちが表現者としての意思を共有し、日本中、世界中に発信していく事を目的に全国各地で様々な企画を行っており、今回の『わくわく SHIBUYA』もそのプロジェクトの一環である。
名前からしてわくわくさせてくれそうなこの美術展。そして一歩足を踏み入れると、そこには私のイメージとはかけ離れた”現代美術展”があった。

$HAMIDASHI MONO

壁から天井、床にまで所狭しと乱雑にちりばめられた作品達には、統一感が全くない。映像作品やキャラのイラスト、自作の漫画。中には、まさに今が旬なKARAやAKB48を揶揄したイラストなど、かなりきわどいものも。これらが一発で目に飛び込んでくる。

$HAMIDASHI MONO


足の踏み場もない程に作品が集められた空間は、まさにカオス(混沌)と呼ぶにふさわしい。


そして同時に私は、確かなものを感じた。「わくわくする心」だった。この空間を作っている人たちは、きっと表現が楽しくて楽しくてしょうがないのだろう。そこには格好いいタイトルや小難しい説明はないが、そのアーティストたちの思いが十分全身にひしひしと伝わってくる。そしてそれが、こちらまでわくわくする気持ちにさせてくれるだ。


単純明快でストレートな「わくわく」を届けようとする、この『わくわくプロジェクト』。そしてこの『わくわくプロジェクト』の仕掛人ともいえるのが、今回の美術展のタイトルにもなっている遠藤一郎氏だ。

遠藤氏は、自らのことを『未来美術家』と呼ぶ。『未来へ』とボディに描かれた派手な車(通称『未来号』)で車上生活をしながら日本中をまわり、出会った人々に車体にメッセージを描いてもらい、それをまたさらに新たに出会う人に伝える、いわばメッセンジャーだ。彼自身はこの活動をアートと認識したことはないというが、今はここから様々な個展やパフォーマンスが生まれている。

とあるとインタビューの中で、遠藤氏はこう語っている。「ずっと過去から継がれてきたものを次の代に繋いでいきたい。目に見えない“意志”みたいなものを繋ぎたい。それが自分の大きな目的。次の世代のために、未来を明るくしなきゃって。」「いろんな複雑な問題がたくさんあるけど、単純なことが今一番必要なんじゃないかってみんな感じているんじゃないかな。」
共有し受け入れ合い、出会いを喜ぶ事。そんな単純な事こそが現代には必要なものなのかもしれない。そしてそれこそが、今この時代に生まれてきた自分が未来のために出来る事だと彼は考える。彼にとってこの『わくわく SHIBUYA』は、”未来”をおもしろくするための”現代”美術展なのだ。

純粋な「わくわくする」感情を教えてくれる、この『わくわくプロジェクト』。次はどんな形で私達に「わくわく」を届けてくれるのか、今後も注目していきたい。

前にブログに書いたように、現在、講義形式で毎週1回集まってファッションについてだったりをメンバーで話しています。と、いってもまだ1回しかやっていないのでこれからどんな風になっていくかは自分もわかりませんがw

で、今週5日に第二回を行うのですが、その課題として、


「トークショウ、展覧会、ギャラリーなどなど、自分で足を運んだコトに対して好きなように記事またはコラムを書く」

というものを出しました。文体、言葉、長さなども一切の指定なし。(一応)講師である自分も書きます。(ただし、一人だけ展覧会に行けなかったため「人」を記事にしています)


明日らへんには全員のものがアップされていると思うので、課題用に書いた物ですが、見せる用にも書いているのでもしよかった是非見てみてください。残念ながらもう終わってしまった展示会もあると思いますが、「伝え方」の面で見ていただければ幸いです。



別にみんな文字で語るのが好きな訳ではないし、むしろ文字におこすのは苦手なやつばっかりだし、というか伝え下手ですが、ボコボコに批評してくだされば幸いです。
某無印良品(ぁ)でアルバイトをしているのですが、先日我が社の目玉商品に仕様変更があったんですね。


その名も「壁掛式CDプレイヤー」


ちょっとインテリア好きならご存知の方も多いはず。そう、あの±0で有名な深沢直人さんがデザインした作品です。


自分はまだ持っていないのですが、このデザイン性はとても優れていると思うんです。



"換気扇のようにCDプレイヤーを再生する"



この発想に俺は1万出しても良いと思う。ぶっちゃけ失礼かもしれないけど無印良品の家電の一角として置いておくのはもったいない。


で、この商品の他の魅力は、「制限するデザイン」にあると思うんです。



なんとこのCDプレイヤー、再生/停止機能、ボリューム、早送り巻き戻し、あとレジューム機能が付いてるだけ。なんと現代人には手厳しいのだろうか。



でも、そこがいい。



今ってもうわけわかんない便利な機能が多すぎ。携帯電話を100%フルに機能を活用している人って本当にほんの一握りだと思うんです。もう機械が人間を超しちゃってる。しかも、「音楽」の捉え方が、膨大な数の中からって認識に変わってる。「特別さ」が欠如し始めてると思うんですよね。



単純に考えて、2個の中から1個と、100個のなかから1個は、想い入れが全然違う。



だからこそ、制限をしなきゃならないと思うんですよ。




まずこのご時世にCDしか聴けない。 いいじゃん。制限するからこそ、味わい深くなる。


リピートが出来ない。 お気に入りの曲ばっかり聴いてないでそのCDの他の曲も聴いてみれば、もっとハマる曲があるかもしれない。


ラジオが聴けない。 CDを、聴け。


iPod繋ぎたい。 他の機械でやりましょう。





で、今回、2000円アップして新作が出ました。




ラジオ付き、リピート付き、リモコンまで付いちゃった!




あーあ。



それって別に壁掛式CDプレイヤーでもできるじゃん…。



これだけ仕様変更してこなかったのに、なぜ今頃。




iPodなどのMP3プレイヤーが多く、手のひらに何千もの曲を持てる今だからからこそ




この壁掛式CDプレイヤーの「制限」が魅力的なんじゃないかなって思います。



今回の仕様変更に深澤さんが関わっていようがなかろうが、個人的にはがっかりしました。



ちなみに旧商品は生産継続予定なし。いまある在庫で終了っぽいので、旧商品が良いという方はお早めに。


個人的なオススメは台所に置いて、楽しんで欲しいなって思います。

2月10日に行われた神田恵介さんの講演会の記事です。よろしけば是非。


時間を間違えて開場前に行った私は既にざわめいている会場を見て少し驚いた。文化服装学院とはいえこれだけの人がもう集まっているとは。

着々と集まるお客さんがいつしか会場内を埋め尽くすほどになっていた。入りの音楽は銀杏BOYS。

開演と共に姿を現したのは、神田恵介さんではなく、スクリーンに映し出された映像作品であった。どうやら10年前ほどに映像を撮っていた経験があり、そのせいか急に撮りたくなったというその作品は神田さん自身が監督を務めたもので、keisuke kandaを取り巻く人達へのインタビューを主としたドキュメンタリー調になっていた。

ファン、バイヤー、講師など、神田さんに関わった、関わっている人たちが彼の印象について話す。ある人は「変態」と言い、ある人は「女子だ」と言い、ある人は「普遍的」だと言う。やがてそれぞれの印象と神田さん自身の語りがそれをまとまった一つのものになった。そこで映像は終わり、主役登場。

赤いカーディガンにピンクのジャージ、下駄に色付きサングラス。頭はパーマ…というよりはくせ毛が爆発した感じ。そんな彼が辿々しい口調で頭を掻きながら、自分の思うことを真剣に正直に話してくれた。

彼の話を聞いているとデザイナーとはなんぞやという考えが頭を巡る。斬新なパターンを引き、人間美を追求したデザインを作るのが優秀なデザインだろうか。だとしてもそれはほんの少しだけの「優秀」に過ぎない。しかし神田さんはそこで戦ってはいない。

keisuke kandaのデザインは無価値を価値あるものにする架け橋的な存在だ。若者が見向きもしない、おばあちゃんが着ているようなカーディガンをつなぎ合わせ、手縫いで仕上げる。そこには温もりであったり、懐かしさであったりがある。古着が持つ哀愁とブランドが持つ技術と計算を併せ持つ彼の作品達は私達の普遍性にちょっとした喜びと驚きを与えてくれる。

keisuke kandaの服を見て思うのは、驚くほどそれらが等身大であり、馬鹿らしくあることだ。ファッション界にある「恰好良い」を見事に無視し、ただ自分の煮えきらない、満たされない感情を服にぶつける。彼は「彼氏彼女が居ない人はそれだけでいる人より有利だ」と話していた。まさにごもっともである。そのために溜めたフラストレーションの矛先が自分の大好きな服作りであればいいのだから。

映像の中で彼がとてもプリミティブであると誰かが語っていた。全てはその言葉に集約される。誰もが出来ること。でも誰もが馬鹿らしくてそれをやらない。彼はそんな馬鹿らしさをひた走る。keisuke kandaのCollectionを見ると思わず笑ってしまう。だが、笑ったあとにえらくにやけてしまう。それが彼の人柄そのものでもあるのではないのだろうか。まさにkeisuke kandaは神田恵介である。

彼は私達学生にむけて貴重な言葉を置いていってくれた。

「自分の興味のないものを無理して学ぼうとしなくてもいいと思う。」

神田さんが言ったこの言葉は今私達の中にあるファッション感を大いに揺るがすものではないだろうか。

表現の世界は言わば積み重ねである。今まで出てきた素晴らしいデザインは後に多大な影響を及ぼし、ファッション界ではそれをなぞる形で幾多もの作品が生み出されてきた。だがそれは一つの可能性にすぎない。私達は今を生きている。就職氷河期にぶちあたり、本人たちの知らぬ間に勝手にゆとり世代と呼ばれ、IT化した社会に染まり温もりを忘れているなんてことも。だから私達は認知してもらうために先人が歩いてきた道に対してストイックに挑まなければならなかった。「それでいい」と思うことなんてできなかったのかもしれない。だが、神田さんのような自分に正直に生きることこそが、これからファッション界に携わっていく人間にとって重要なことなのではないだろうか。そしてその先にある、感謝の気持ちを私達は絶対に忘れてはいけないのだと強く感じた。


「飾らないこと」


そうすれば私達はこのやりづらさを感じた世界と折り合いを付けていくことも可能なのではないだろうか。



今回の講演、少なくとも私が今まで見てきた講演会のなかで一番「素直」なものだった。
こんばんは。HAMIDASHIMONO代表のあぺです。

2月から名前を変え新団体「HAMIDASHIMONO」として動き出した訳ですが、2,3月中は団体のスキルアップや準備期間として設けたので外部へ発信するような活動はいまのところまだやっておりません。4月頃からまたちょくちょくと動き出すので是非見ていただければと思います。


さて、スキルアップのために自分が教壇に立って、団体内で講義のような形式で話し合いやプレゼンなどを行っているのですが、本来作品作りっていうのは本当に人それぞれだから「教える」って行為がなかなかに難しい。ですが、自分的には「教える」というよりも「気付かせる」という着眼点でやっているので結局考えるのは個々だからそれを促す種まきみたいな感覚でやれたらいいと思ってます。


ちなみにこちらが講義風景。


$HAMIDASHI MONO


初回は学校の会議室的なところを借りてやりました。約2時間半やったのですが、自分的には時間が過ぎるのが早くて、もっとやれたらー!って感じでした。この活動、いまはまだ身内でやっていますがゆくゆくは色々な人にみんなの前で話しをして欲しいなって思っています。


また、今後は展覧会やギャラリー、講演会などのレビューをブログに書くということも行っていきますのでもしよろしければそちらも是非チェックしてみてください!
実家に帰り年末、正月を堪能して今日埼玉に帰って来ました。ほのかです。

皆さんあけましておめでとうございます!

まずは去年の振り返りから書こうと思います。去年は大学に入学し、生活が大きく変わった年でした。一人暮らしを始めて、毎日大学に通う中で、私は物足りなさを感じていました。勉強は楽しいけれど・・入りたいサークルも部活もなく、勉強と書道以外は何もしてなくて。そんな時、昼休みいつものようにご飯食べてたら、あぺさんとまゆげさんに声をかけていただき、ZEROSNAPに撮ってもらえたんです!私はこうゆう活動をしている人たちがいることにとても驚き、感動しました!すぐさま仲間に入りたいと思うようになり・・そしてnovelに出会ったのです。撮影してもらったときはちょっとギャルっぽい服装だったのですが、novelにお邪魔した際はロリータでした。あぺさんたちも最初気づいてなかったです(笑)その時に思い切って「活動に参加させていただく事って可能ですか?」と聞くと、面接をしてもらえることになり感激!面接に合格して更に感激!練乳みるくの一員になれて、Happy炸裂でした☆

いざ活動に参加し始めると、スナップは声掛けるの緊張しまくりましたが楽しくて!練乳みるくに入れて本当に幸せで、学校生活も充実しているなぁと感じることが出来ました。

私は本当に色んなジャンルのお洋服を着ます。ファッションにルールはないというのが私のルールなのです。

第3回からnovelにも参加して、お洋服を売るということを初めて体験しました。接客が拙く大きな課題となりました。イメージフォトの撮影は、モデルになりたいという思いがある私にとって貴重な体験でしたし、novelでお洋服を通じて人と関わることがいかに楽しいのか分りました。

第4回novelでは接客を頑張り、実際買っていただけて本当に嬉しかったです。スタッフの皆とnovelを形作れたことに大きな達成感を感じました。

とにもかくにも!練乳みるくとの出会いが、私の大学生活を大きく変えてくれたし、あぺさん達との出会いでお洋服が更に大好きになりました!!本当に貴重で幸せな2010年でした。

年も明け、今年の抱負としては、ファッションサークルの立ち上げやあぺさんとまゆげさんの卒業後の練乳みるくの活動の中心になること、楽しみながらも不安な事が沢山待ってます。でもこの不安は良いものだと思うんです。きっと此処からまた成長できるはずだから!

今年も洋服馬鹿でありたいし、もっとハングリーに服に関わっていきたい!

展示会とかも興味あるし、新しいショップも開拓したいし、やりたいことは沢山あります。

ひとつひとつ楽しみながら、味わっていきたいです。

そして本業である勉強や書道も頑張りたい。ファッションと書道を織り交ぜた作品も作ってみたいし、立ち上げるサークルでやりたいこと沢山あります。3年生になったら中国への留学も考えているので、中国語も頑張ります。やることは本当に沢山ある!

2010年の反省をもとに今年もより良い一年にしたいと思います♪

今年もどうぞよろしくお願いします!!


ではまたーーー(●^o^●)