ショートコラム 「美の時 倫の刻」 
      (火・木・土)連載
 

 第十回 松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」をめぐって

 スタンダードと化したかつての名曲と同一タイトルを、日本のミドルティーン・アイドルのデビュー曲として「ヌケヌケと」採用し、曲そのものは似ても似つかぬポップ・ソングに仕上げたプロデュース・チームの手腕。今でも圧倒されてしまう。その中心を締める制作陣は、現在ではこの三人を並べてクレジットすることなど誰も想像がつかない詞・曲・アレンジのトリオ。
 アイドル・松本伊代のデビュー曲にして、最大のヒット曲。四十年以上経った今にいたるまで、彼女のパブリック・イメージは揺らぐことなくこの曲で刻印されている。
 天真爛漫で、悪戯な女の子。恋と隣接する性にも少しだけ目覚めたところで、男性目線を意識した媚びをそのヴァイタリティの核にする。それほど、意外な強かさも持っている。
 同世代の男の子達にとっては、実にやっかいな存在。
 この存在感を作りあげたのは、名手・湯川れい子による詞なのだが、ここには、松田聖子があえて完璧に作りあげて見せた「かわいらしさ」、中森明菜が本人のプロデュース能力とともに打ち出した「真剣さ」を両極において、そこまでいたらない「ばったもんくささ」としてのアイドル、メタレベルのアイドル像を演じて見せた小泉今日子の三者を挙げたとき、小泉今日子にいたる源流はここにあったのではないかと思う。
「可愛らしい少女」としてのアイドルを、男達に見えないように後ろを向いて舌を出す生命力を含んで演じてみせる少女として描き出したのは、この湯川作「センチメンタル・ジャーニー」が嚆矢だったのではないかと、私は思う。
 近田春夫の近著『筒美京平』で指摘されているように、曲のルーツはあのイギリスのヒットメイカーの一曲か。確かに、特に前奏の部分などに、その影響は感じる。アレンジの鷺巣さんは、どこから切っても楽しいサウンドを作ってくれている。
 皆さん、流石の仕事ぶりで、今聴いても全く飽きない。
 名曲だと思う。
 さらに、今回聴き直して、いっそう圧倒される事実を発見した。
 この曲、ほぼ三分ちょうどなのだ。
 その短さとは思えない、豊穣な印象が広がる。
 やはり、名曲だ。
 
 松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」(1981年10月)
  作詞・湯川れい子
  作曲・筒美京平
  編曲・鷺津詩郎


                 藤谷蓮次郎
                二○二二年三月二十四日