激昂高齢者、こう書くとどういうイメージになるのか?
本人は大真面目で自分の主張を開陳し相手を責める。はたから見ると理不尽な主張でも当人に取っては正論を吐いているつもりだ。何故、吐いているという表現になるのか?周囲にとっては毒を吐いていると同義だからだ。私は長らく接客業を生業としている。色々な客と接してきた。老若男女、日本人、アジア人、欧米人、アフリカ人、その他様々な人間を見てきた。その経験から得た一つの結論は人間性は人種に関係するのではなく個人に由来すると言う事。どんな人種でも良い人もいれば悪い人間もいる。冷静に考えれば当然のことなのだが中々そうは思えなかったりする。話を戻し激昂老齢者について。半世紀近くの経験の中で私は接客スタッフに理不尽に激昂するのは日本人が圧倒的に多いという事。それも高齢者が。今日も私の同僚が犠牲になった。怒った理由というのがお茶の置き方が悪いと言う事。その場面を見たわけではないので詳細ははっきりとしないがそんなに怒ることかな?と思ってしまう。挙句の果て注文した飲み物の伝票にはサインを拒否された。全てしっかりと飲んでいるにもかかわらず。いったい何が目的なのかと勘ぐってしまう。私に言わせてもらえば完全なクレーマーだ。ところが日本のサービス業はそういう輩に極端に弱い。事なかれ主義で事を丸く収めようとするので担当者が悪者になる。それが若い人ならばそんな事象に嫌気が差して辞めていく。業界全体が早くそのことに気がついて対応を取らなくてはいけないのに、気がついているくせに何もしない。それで人手不足と嘆いている。自らが今の状況の一因を作り出しているのである。流石にこの状況は異常だと声を上げている人も増えたがまだまだ少数だ。もし、救われるとしたらそういうたぐいのクレーマーは極少数だと言うこと。裏を返すとごく少数だから見逃されて優先順位が低いという事。そりゃ、たかだか時給1500円くらいでは人は集まらないよね。