っていうポルノの歌があった気がする~^^





ってことで、BGMはこれに決まりっ






んでね。



そう、考えてみたというか、


昨日私の尊敬する(っていっても習ったわけじゃなくて、参考書使ってただけなんだけど)化学の先生のブログで読んだ記事を載せまーす!





(引用元 http://mikamijuku.jugem.jp/ )





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インプットたらアウトプットたら



無事に飛行機に乗れたのでご報告を‥

もちろん、遅れたけど。

まあ、授業に間に合いそうなので許すぜ。ベイベー。


ここ数年、僕のブログが今イチだったじゃん?

例えば、下の楽天ブログと比べたら面白さが落ちてると思うわけよ。

plaza.rakuten.co.jp/mikamijuku/


情報を少しセーブするように努めてきたからパワーがね。

情報をセーブしてきたのは、ノウハウだからってことでセーブしてきたんだけど、ある程度復活させようかなって‥って最近思うことがある。

言えることと言えないことを分けて小さくまとまるより、豪快にやった方がきっと楽しいんじゃないかなって。

心の中のことや、自分が気付いたばっかりの最新の話の方がきっと面白いと思う。

ま、目立つと悪口とか書かれちゃうけどね、もうこれは防げないし。

文句あるんなら、面と向かって言えばいいのに、知らない人からゴチャゴチャ言われてもねー。

「あんた神様にバチを落とされるよ?しまいには。」としか言えんよ。

僕は僕でみんなと楽しくやってるんだから、それでいいわけさー。

しかもこっちは名前出して書いてるのに。



でも、斎藤一人さんもフランク教授も「悪口は防げない。」って書いてた。

ま、そうだよね。

気にしないようになれたら成長ってことだよね。




‥あれ?



おい。

そうじゃないだろ。

大体、そんなの気にしてもないんだから、
そこに熱っぽく語ってどうするの?

ってなもんだよ。



そうじゃなくてーーーーー。

最近、考えてることがいくつかあるから、それを書いてみようと思ってるんだった。

もうアウトプットしていくことにする。

アウトプット第1弾(第87弾まである(予定))


一つは「幸せについて」なんだけどね。


どう生きるのが幸せかってこと。

幸せの価値観は色々あるから、他人の幸せの価値観の土俵に乗せられると必ず不幸を感じるよ。

つまり、幸せは相対的なものだと思う。

1000人でテストやったとするよ。

せっかく80点とっても、周りの人が全員99点以上なら不幸でしょ?

50点しかなくても2位が30点ならうれしいじゃん。

結局、人は周りと比べて自分が幸せかどうかの判断を下してると思うわけ。


バブルのときはお金が判断基準だったから、お金がある人がうらやましそうに見えた。



だからね。

他人に惑わされちゃいけない。

自分が幸せになりたいのなら、幸せってのは自分が決めることだから、他人の評価は本当は関係ないはずだ。

そして何に幸せを感じるかって言うことをしっかり決めとかないといけない。

例えば‥

僕はオリンピックに出て金メダルとることが幸せとするじゃん。

種目は‥うーん。

スケートとするよ。

そしたら、スケートで目立つことがうれしいことだと思うんだよね。

後輩や他の選手から羨望のまなざしで見られたりするわけ。

あとはオリンピックで勝って、超ハッピーかーとか考える。

だけど、すごく人気が出たからって、今度は、大工さんになってオシャレな家を作ってプロデュースしようとしたとするよね。

これ、アウト。

そんなことしたら棟梁に毎日怒られて、全然華々しくなくなっちゃうからね。

だから、スケートの枠から出ないようにしていた方が幸せだと思う。

おそらくね。


幸せになるためには、幸せになるものを設定して、それに関して


毎日 「幸せだな。」 と感じとく。


それが幸せだと思う。


・ああ、オリンピック目指せて幸せだなー。

・ああ、自分の仕事は楽しいなー。

・ああ、この人といられてうれしいなー。

・ああ、僕の環境は恵まれてるなー。



他の幸せを持ってる人が来ても、それはその人からすると外人なんだから気にしないようにしないといけないって思うんだよね。。

なんか面倒な話だけど、幸せってそうなんかなーって今考えてる最中。


幸せの種類はいっぱいあるから、その幸せを全部集めるってのは絶対に不可能だよね。

だから、自分の幸せを掘り下げていく方が、きっと幸せなんじゃないかなって考え中。


おわり。



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昨日のバスの運転手さん

新大阪から伊丹空港。

新潟駅から新潟空港。

これはどっちも空港のリムジンバスを使っている。

大阪のバスの運転手さんの方が明らかに愛想がいい。

ま、そういうもんなんだなと思ってるから、別に気にしていない。

バス会社によって文化とかあるからね。


それより、僕が気をつけてることはただ一つだ。

乗物から降りるときは「ありがとうございました。」って言うことだ。

だから、新潟のバスから降りるときも「ありがとうございました。」って言って降りている。



でも、昨日のバスはすごかった。

ホスピタリティにあふれた運転手さんだった。

すべての会話、身のこなしが普通の運転手さんと違った。

例えば‥

「どうしても急ブレーキをかける場合があるのでご了承ください。」これがいつものフレーズだ。

なのに

「できるだけ皆様を快適にお運びしたいので、急ブレーキをかけないようにしているのですが、法令を順守していないドライバーが突然現れたり、皆さんの安全を守るために急ブレーキを踏む場合がございます。どうかご了承ください。」

これだった。

荷物を預けるときとか、すべてがこんな感じだった。

いつものマニュアルトークを完全に超えていた。


この人は幸せな人だなって思った。


話を戻そう。

僕は乗物から降りるとき、絶対に「ありがとうございました。」って言うようにしてるから‥この絶対にってのがポイントで、絶対に言うことで自分の幸せがアップする。

ときどき、「ありがとうございました。」って乗物から降りてる人がいるけど、周りから見れば何でもない光景だ。

でも、あの人たちの幸せ度合いは必ずアップしてるはずだ。

理由を言おう。

「ありがとうございました。」って言った瞬間に、言う方と言われた方の間にラポール(心の通い合い)ができる。

他の人にはわからないけど、言った方と言われた方は心が通い合う。

これにデメリットはない。


君は誰かに「おい、ジュースを買ってこい。」と理不尽な命令をされたとする。

ジュースを買ってきて、その人に渡すとき、その人が無言で受け取る場合と、「おっ、ありがとう。」って言われた場合。

この二つが大きく違うことを感じられるだろうか?

これを一生で何度も何度も繰り返していく。

幸せの差がどんどん開いていくのがわかるかな。

僕が乗物で、いつもいつも「ありがとうございました。」って言ってると、例えば、よく使う交通機関の人たち。

話さなくてもなんとなく「いい人だな」って思い合うことができる。

どうよ?

会話とかしなくていいんだよ?

「ありがとう。」って言うだけ。



昨日のバスの運転手さん。

あれだけプロの仕事してるってのは、みんなに「ありがとう。」を放ちまくってるわけだから、相当幸せな運転手さんのはずだ。

無意識か意図的かわからないけど、そこは重要じゃないと僕は思う。

それより、あれだけのことやってたら、心が豊かだろう。



もうひとつ。

食堂のレジでも「ありがとう。」を言うと、さらに楽しくなる。

もっと楽しくなるのは、「おいしかったです。」と言ってあげることだ。


手料理を想像してみて欲しい。

相手にご飯を作ってあげて、「おいしかった。」と言われるとうれしくなるよね。

だから、おいしいときには「おいしかったです。」とわざわざ口に出して言うことで、さらに幸せになれる。

僕が一番最近、「おいしかったです。」と言ったのは茨木のサティーの3階(4階?)の福島カレーのチーズカレー大盛りだ。

バイトの高校生か大学生くらいの男の子が出してくれたのだが、おいしかった。

年齢は関係ない。

「おいしかったです。」と言って、その人に感謝したら、それが鏡のようにこっちに跳ね返ってきて、自分まで幸せになるであった‥


昨日の続きをちょっと書いてみた。
(ちえちゃーん、ラポールって言葉使ったよー。)

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※毎日読んでいないとわかんないとこあるけどまあ読み飛ばしてねー








鬱鬱鬱萎えーーーーーだった私がちょっとよくなった。









私の日々の幸せはなににすればいいかなあああ?????







う~ん。




ここでてきとーに決めたらまたぐだぐだになる気がするので、


ちゃんと考えることにする。






なにがいいんだろうううううう。






Rena*