こんにちは。

ブログ開始4日目。なんとか3日坊主は免れた。

この調子で行こう!

 

今日は夫が接待ゴルフで不在。

ご近所の犬友と井の頭公園迄お散歩してみた。彼女のワンチャンは12歳の保護犬のペキニーズ。12歳には見えない程可愛く元気に歩いてくれる。37Kgのテディと5kg 弱のペキニーズちゃんは並んで歩くと可愛い。井の頭公園 ソメイヨシノは散り始めているがこれから八重桜が咲くようだ。桜は日本人の心を癒してくれるなあ。午前6時お散歩開始で終ってみれば午前10時半過ぎ。何と10Kmも歩いていた。途中スタバのテラス席が満席だったのでドトールへ数十年振りに行った。モーニングがかなりお得だ。Bセットをお願いしたが、彩り野菜とアボカドチキンとコーヒーで420円。メルペイで支払うとクーポンで100ポイント明日バックされるらしい。日本には何と素晴らしいモーニングセットがあるのだ!

 



 

今日は1人で有楽町へ行った。何故なら以前友人から頂いた鹿児島のサクラカネヨのお醤油 こいくち甘露 を買いに行く為だ。このお醤油只者ではない。甘味とコクがあり煮物や炒め物が抜群に美味しくなるのだ。どこで購入できるのか、サクラカネヨのお醤油を扱っている場所を調べた所、

銀座松屋 B2F 職人醤油

かごしま遊楽館さつまいもの館

むらからまちから館

の3箇所。せっかくなので全て回ってみようと思い、まずは松屋から。1Lを購入したかったが500mlしかない。残念。

次はかごしま遊楽館さつまいもの館へ。こちらにも500mlしか置いていない。最後のむらからまちから館に期待しさつまいもの館では購入せず。最後は 500mlを購入しようと思っていたが、むらからまちから館にはこいくちさしみしょうゆ 500mlしか置いてないではないか。なんて事だ。戻る気力はなく、オンラインで1Lを6本まとめて購入することにしようと思う。楽天だと若干送料が安いようだ。

 

 

https://item.rakuten.co.jp/sakaguchi8181/10000042/

 

グルメ情報まだ続く。

テキサス州はピーカンナッツが採取されるようでお砂糖がけピカーン(アメリカではピカーンと言う)をよく食べていた。

先日、お土産に頂いたチョコがけピカーンを食べた所、脳天から稲妻が落ちたような衝撃を受けた。美味しすぎる。

紹介するサロンドロイヤル。大阪が本社のようだが銀座にも店舗がある。

夫がメキシコ出張へ行くので赴任者からのお土産リクエストの一つにチョコがけ抹茶があった。ピカーンの抹茶味を購入した。お得セットもあるのでピカーン好きの方はとてもおすすめのお店だ。

オンラインではアウトレットもありお得情報もあるのでこちらもおすすめ。

 

 

夕方 夫から池袋駅でお土産買うよ〜と優しいお言葉。後ろめたいのだろう。遠慮なく東武デパート地下1階にあるケーニヒスクローネのベーネンをお願いした。栗と小豆のベーネン。大好きだ!以前は新宿高島屋にあったが撤退してしまい、池袋迄行かないと買えない。味わって頂くとしよう。

 

 

 

夫を荻窪駅までテディと迎えに行き、帰りに最近我が夫婦のお気に入りの餃子の王将の持ち帰り。こちらの焼きそば ヒューストンで散々食べ歩いた中華街の焼きそばに似ていて大変美味しい!炒飯もしかり。餃子も激うまだ。炒飯、焼きそば 両方大盛りで頼んだのに焼きそばが普通盛り。悲しい。。ブログ初心者で餃子の王将写真撮るのを忘れてしまった。次回から気をつけよう。餃子の王将 アプリをダウンロードすると初回 餃子1人前(2人前以上注文必要)無料クーポンあり。その後毎月餃子1人前無料クーポン貰えるので大変おすすめ。

 

 

さて昨日から書いているヒューストン生活の続き。

 

ヒューストン到着時から我が家のエピソードは始まる。

忙しい夫は家族旅行として夏休みは毎年ハワイへ連れて行ってくれていたが、その度に長女は車酔いならぬ飛行機酔いをしていた。ホノルル空港から直接スーパーへ行くと、飛行機酔いで歩けない長女はスーパーの大きなカートの中に小さな子供のように入り込み、毎回ぐったりしていた程、飛行機に酔っていた。

渡米準備で忙しい日々を過ごしていた為、長女の飛行機酔いの事を失念していた私は、ヒューストンへ行く時も飛行機酔いをするとは思っていなかった。浅はかだった。2010年7月2日 ヒューストン空港到着時 ふらふらの長女は歩ける状態ではなく、何と飛行機を降りたゲートから用意された車椅子に乗り、アメリカの巨大な空港を走る電動カートにも乗り換えた。電動カートを降りた後は再度車椅子に乗り、入国審査、税関を通り、夫に会うことになった。ヒューストン滞在時 幾度となく長女の車椅子事件は笑い話として語り継がれていたが、何と、2020年6月 コロナ真っ只中の本帰国で今度は次女が激しい飛行機酔いをしてしまい、立てる状態ではなく車椅子で2019年4月から東京生活をしていた迎えの夫に会うことになる。この話は追ってお伝えしたいと思う。

 

多くの駐在ご家族は夫が先に家を見つけ生活の基盤を立て、母子の渡米を待つ というのが慣例だが、我が夫は家族全員で家探しをするという建前の元(本音は家探しが大変で面倒なので妻に任せようという魂胆だ)家族4人は夫の狭い1ベッドルームのアパートへ転がり込むことになる。

ベッドもなく、1枚のクィーンのマットレスと1枚のシングルのマットレスで4人が寝る。というおぞましい現実。夜中寝返りをしてしまうとそこには誰かが陣取り元には戻れないという悪夢。今思えばよくあの狭い部屋で4人が過ごしていたと拍手をしたくなる参上だった。

このアパート生活、のほほんとしていた私はアメリカの現状を目の当たりにする。アメリカのアパートというのは日本のマンションのような建物の事を言う。多くのアパートにはジム、プールがある。夕方 暑さが少し引けた頃、毎日のように娘達をプールで遊ばせていたが、既にプールで遊んでいたアメリカ人、白人の家族がアジア人である娘達がプールへはいった途端、帰りだすのである。気のせい?と当初思ったが、毎回ではないにしろこのような事が多々あったのは事実である。プールサイドでテキサス州のドライバーズライセンス取得の為に筆記試験の勉強をしていた私は(当時仮住まいだったのでまだWIFIの契約をしておらず他の部屋の方のWIFIを拾っていた)何も知らず楽しみながらプールで泳いでいる娘達には何も言えなかった。数年後にわかった事だが。この差別行為を感じていたのは家族の中で私だけだったのである。なぜなら勉強や課外活動で頑張っていた娘二人は学校生活では先生方や友人から認められる事が多く差別を受け嫌な思いをした事が殆どなかったようである。夫は仕事をする上で このような差別を感じる事は勿論ないので、ヒューストン生活で受けた差別、蔑視は私だけが常に感じていた。

 

続きは次回。今日も有り難うございました。