『透明トレイス(キッサコ)』♪~生い立ちビデオ~
さて、結婚式準備の話に戻ります。
過日11/21(日)に実施した自分達の結婚式では、
『とことんてづくり』にこだわったというのは以前にも記事にしておりました。
当然、結婚に至った馴れ初めをご紹介する『生い立ちビデオ』も自作です。
大したモノではありませんが。
□ まず最初に全体イメージを固める
□ そして自分達の場合「動画」も入れたいという事でビデオ撮影
□ 自宅裏の浜辺で夕暮れ時に撮影したビデオをPCに取り込む
□ ムービーメーカーで音楽ファイルと融合
□ 思い出写真をスキャニング
□ 必要に応じてスキャン画像を加工(色相・明るさ調整等)
□ 音楽に合わせて画像の切り替え効果を付けたす
□ 作成したムービーをAVI形式で保存
□ フリーソフト「DVD Flick」でライティング
といった大まかな流れです。
そして出来あがりがコレ
一番難しかったのは音楽と合わせて切り替えるタイミング。
難しかったというか面倒くさかったです
そして、やり始めると「あの時の写真」や「あの頃の思い出」などなど、
次から次へと使いたい写真が溢れて来て選択⇒決定の判断も大変でした。
ポイントとしては、
新郎で●枚、新婦で●枚
と、予め使う枚数を決めておくべきです。
僕はそんな事一切決めずに「なんとなく」作り始めたものだから
後からが超大変でした
新郎の思い出はいっぱいあるのに新婦の思い出が少ない…
とか、最初に枚数さえある程度決めておけば悩まなくていい事だったのに。
ただ、選曲は簡単でした♪
なんせ、挙式を決めた昨年の8月時点から「この曲」って決めてたんで★
キッサコの「透明トレイス」です
一つ、悔やむべきところとしては、
思い出写真に合わせて“キャプション的”に文言を入れたんですが、
ビミョー
音楽と全然合ってないし
画像と被って文字見えないし
そこだけ、もう1度やり直したい

過日11/21(日)に実施した自分達の結婚式では、
『とことんてづくり』にこだわったというのは以前にも記事にしておりました。
当然、結婚に至った馴れ初めをご紹介する『生い立ちビデオ』も自作です。
大したモノではありませんが。
□ まず最初に全体イメージを固める
□ そして自分達の場合「動画」も入れたいという事でビデオ撮影
□ 自宅裏の浜辺で夕暮れ時に撮影したビデオをPCに取り込む
□ ムービーメーカーで音楽ファイルと融合
□ 思い出写真をスキャニング
□ 必要に応じてスキャン画像を加工(色相・明るさ調整等)
□ 音楽に合わせて画像の切り替え効果を付けたす
□ 作成したムービーをAVI形式で保存
□ フリーソフト「DVD Flick」でライティング
といった大まかな流れです。
そして出来あがりがコレ
一番難しかったのは音楽と合わせて切り替えるタイミング。
難しかったというか面倒くさかったです

そして、やり始めると「あの時の写真」や「あの頃の思い出」などなど、
次から次へと使いたい写真が溢れて来て選択⇒決定の判断も大変でした。
ポイントとしては、
新郎で●枚、新婦で●枚
と、予め使う枚数を決めておくべきです。
僕はそんな事一切決めずに「なんとなく」作り始めたものだから
後からが超大変でした

新郎の思い出はいっぱいあるのに新婦の思い出が少ない…
とか、最初に枚数さえある程度決めておけば悩まなくていい事だったのに。
ただ、選曲は簡単でした♪
なんせ、挙式を決めた昨年の8月時点から「この曲」って決めてたんで★
キッサコの「透明トレイス」です

一つ、悔やむべきところとしては、
思い出写真に合わせて“キャプション的”に文言を入れたんですが、
ビミョー
音楽と全然合ってないし
画像と被って文字見えないし
そこだけ、もう1度やり直したい


ビックリキッサコ
リーダー薬師寺君が、お寺にて修行のため活動休止となるキッサコ。
これまで7年以上にわたりキッサコとして活動してきた歴史は決して短くない。
日本全国、各地でライブイベントを行い、いろいろな出会いや別れを経て、アーティストとしてキッサコとして成長し続けてきたのだろう。
僕自身、キッサコの1ファンとして彼らの活動を見守り、近く(門司港)へ来た際は出来る限り必ずライブ会場へ足を運んだ。
キッサコが作る曲
キッサコが奏でるメロディ
キッサコが唄う歌
ただただそれを求め。
日常的にキッサコの音楽を身近で感じ、半分くらいの曲はそらで歌えるくらい歌詞も覚えてる。
もし
「薬師寺君の不在を埋めてくれぃ!」
とオファーがくれば、ギターは弾けないけど歌えると思う。
あ、でも音程は外すケド(≧∇≦)
なんて事を書いてしまっているけれど、
ひょっとしたらこの記事も彼らに見られちゃってるかも!笑っ
ライブ終了後は毎回、新曲や未入手のCDを購入し、それにサインしてもらうのが恒例だ。
今回も同じく。
そして薬師寺君、北森さんとの会話の中で
「ブログ見ましたよー」と。
えぇ!なぜ…?
超ビックリ( ̄○ ̄;)
でもよく考えたら彼らもアメブロガー。
Ameba内で「キッサコ」のワードで検索すれば関連するブログが新着順にヒットする。
しかし僕がブログ更新したのは前日深夜。
タイミングよすぎるやろ…(^。^;)
「たまたま検索してみた」って事ならすごい偶然!
ビックリキッサコでした★
これまで7年以上にわたりキッサコとして活動してきた歴史は決して短くない。
日本全国、各地でライブイベントを行い、いろいろな出会いや別れを経て、アーティストとしてキッサコとして成長し続けてきたのだろう。
僕自身、キッサコの1ファンとして彼らの活動を見守り、近く(門司港)へ来た際は出来る限り必ずライブ会場へ足を運んだ。
キッサコが作る曲
キッサコが奏でるメロディ
キッサコが唄う歌
ただただそれを求め。
日常的にキッサコの音楽を身近で感じ、半分くらいの曲はそらで歌えるくらい歌詞も覚えてる。
もし
「薬師寺君の不在を埋めてくれぃ!」
とオファーがくれば、ギターは弾けないけど歌えると思う。
あ、でも音程は外すケド(≧∇≦)
なんて事を書いてしまっているけれど、
ひょっとしたらこの記事も彼らに見られちゃってるかも!笑っ
ライブ終了後は毎回、新曲や未入手のCDを購入し、それにサインしてもらうのが恒例だ。
今回も同じく。
そして薬師寺君、北森さんとの会話の中で
「ブログ見ましたよー」と。
えぇ!なぜ…?
超ビックリ( ̄○ ̄;)
でもよく考えたら彼らもアメブロガー。
Ameba内で「キッサコ」のワードで検索すれば関連するブログが新着順にヒットする。
しかし僕がブログ更新したのは前日深夜。
タイミングよすぎるやろ…(^。^;)
「たまたま検索してみた」って事ならすごい偶然!
ビックリキッサコでした★
人生初ライブ
15時から会場オープンで入場待ちの列に並んだ。
前売券の予約が間に合わず当日券の購入。
立見のつもりで臨んだキッサコワンマンライブ・ラストツアー。
しかし前売券の人達が一通り入場され、僕らが入った時には、
最後尾ではあるけど椅子に座れた。
ライブ開始後に息子の蓮君がジラ言い出したりしたら迷惑だからと、身動きしやすい立見のつもりではあったけど、正直、本音言うと座りたかった。
ゆうべ一人で深酒してしまったせいか、ちょっとシンドカッタから…
でも意外!
終始蓮君御機嫌♪
キッサコが最初の曲を歌い始めると、ステージで歌う姿をじっと見つめ、動きも止まる。
蓮君もキッサコの美しい音色に聞き惚れていたよう★
途中睡魔には勝てず寝てしまったけれど、第2部の終盤に差し掛かる頃また目覚め、恒例の寝起きジラになるかと思いきや、、、
ステージから天井そして会場全体を見渡して、また御機嫌♪
0歳7ヶ月の赤ちゃんにも、キッサコの優しい音楽が癒しになったかどかまではわからないけど、気に入っていたのは間違いないな!
この子、やっぱ俺の息子やわw(^_^
前売券の予約が間に合わず当日券の購入。
立見のつもりで臨んだキッサコワンマンライブ・ラストツアー。
しかし前売券の人達が一通り入場され、僕らが入った時には、
最後尾ではあるけど椅子に座れた。
ライブ開始後に息子の蓮君がジラ言い出したりしたら迷惑だからと、身動きしやすい立見のつもりではあったけど、正直、本音言うと座りたかった。
ゆうべ一人で深酒してしまったせいか、ちょっとシンドカッタから…
でも意外!
終始蓮君御機嫌♪
キッサコが最初の曲を歌い始めると、ステージで歌う姿をじっと見つめ、動きも止まる。
蓮君もキッサコの美しい音色に聞き惚れていたよう★
途中睡魔には勝てず寝てしまったけれど、第2部の終盤に差し掛かる頃また目覚め、恒例の寝起きジラになるかと思いきや、、、
ステージから天井そして会場全体を見渡して、また御機嫌♪
0歳7ヶ月の赤ちゃんにも、キッサコの優しい音楽が癒しになったかどかまではわからないけど、気に入っていたのは間違いないな!
この子、やっぱ俺の息子やわw(^_^
キッサコと僕の人生
そして彼ら【キッサコ】を深く知ることになる。
【キッサコ】=【喫茶去】
「ちょっとお茶でもしながら」
だったよな。。。
彼らの音楽に触れ、
彼らの音楽と共に。
僕の人生はキッサコ色に染まる。
彼らに会ってから
否、彼らの曲に触れてから、
当時神戸に住んでいた僕はあらゆる行きつけのお店に
「キッサコめっちゃえ~でー!BGMかけてやー!」
と、完全強制的にキッサコMusicを。
なので、常にキッサコCDを持ち歩き。
ターキーのロックに酔いしれてか、
アーリータイムズロックに酔いしれてか、
時には鬼火ロック、宝山ロックと共に。
三宮の地下にあるホーリーモーリーで。
キッサコミュージックに聞き入っていると、
昔別れた彼女の事を思い出す。
-------------------
やわらかな手を引いて
連れられた花見小路を
後ろ髪ひかれながら
今日もあの人
追いかけてます
-------------------
これは【花街】の歌詞の一部だが、
僕が最も感銘を受けた曲の一つ。
神戸での生活を終え、故郷山口へ帰った後も、
彼らの曲と共に毎日を過ごす事になる。
仕事へ行く際、
営業へ行く時、
会社へ帰る時、
自宅へ戻る時。
常に彼らの曲と共に在った。
神戸在住当時に仲良くなった「まもとも」というカップルがいる。
ホーリーモーリーで働いていた「ともちゃん」と、
その彼氏の「まもちゃん」だ。
2人が山口へ遊びに来た時、ちょうど門司港でキッサコライブ開催。
迷わず、神戸から来た2人を乗せて門司港へドライブ。
同じ関西から来たという事で、キッサコのみんなにも紹介した。
色んな場面で、キッサコと関わっていた。
いや、正しくはキッサコの曲と関わっていた。
今の僕の人生があるのは
キッサコの曲があったからこそのものだ。
それは決して言い過ぎた事ではない。
なぜなら、彼らの曲がなければ、
ひょっとしたら
上手く行っていなかったかもしれない。
僕はキッサコの曲を聴いて同調し、
同調した気持ちを彼女に伝えた。
昔付き合っていた彼女に。
凝った事はせず、ただキッサコのCDを渡しただけだが。
そこから僕の人生は180度、好転する。
それまで何をやっても上手くいかなかった僕にとって、
人生で最大の宝物を発見できた。
今の嫁さんなわけだけどwww
入籍する前から結婚式を終えた今に至るまで、
やはり、キッサコとの思い出と共に生きる事になる。
そして何より、嫁さんがキッサコの曲を気に入ってくれている。
僕自身、ずっと、
キッサコの失恋歌を聴きながらココ数年を過ごしていたが、
今ではその失恋歌が僕らの恋愛恋歌に変わってしまった。
過去を辿る際には必ずキッサコのナンバーが流れるのだ。
キッサコ
明日がラストライブ。
でも、
僕の中ではラストなんてない。
キッサコは永遠に心に生き続けていく。
たとえ形が変わろうとも。
キッサコ
明日へ続け。
【キッサコ】=【喫茶去】
「ちょっとお茶でもしながら」
だったよな。。。
彼らの音楽に触れ、
彼らの音楽と共に。
僕の人生はキッサコ色に染まる。
彼らに会ってから
否、彼らの曲に触れてから、
当時神戸に住んでいた僕はあらゆる行きつけのお店に
「キッサコめっちゃえ~でー!BGMかけてやー!」
と、完全強制的にキッサコMusicを。
なので、常にキッサコCDを持ち歩き。
ターキーのロックに酔いしれてか、
アーリータイムズロックに酔いしれてか、
時には鬼火ロック、宝山ロックと共に。
三宮の地下にあるホーリーモーリーで。
キッサコミュージックに聞き入っていると、
昔別れた彼女の事を思い出す。
-------------------
やわらかな手を引いて
連れられた花見小路を
後ろ髪ひかれながら
今日もあの人
追いかけてます
-------------------
これは【花街】の歌詞の一部だが、
僕が最も感銘を受けた曲の一つ。
神戸での生活を終え、故郷山口へ帰った後も、
彼らの曲と共に毎日を過ごす事になる。
仕事へ行く際、
営業へ行く時、
会社へ帰る時、
自宅へ戻る時。
常に彼らの曲と共に在った。
神戸在住当時に仲良くなった「まもとも」というカップルがいる。
ホーリーモーリーで働いていた「ともちゃん」と、
その彼氏の「まもちゃん」だ。
2人が山口へ遊びに来た時、ちょうど門司港でキッサコライブ開催。
迷わず、神戸から来た2人を乗せて門司港へドライブ。
同じ関西から来たという事で、キッサコのみんなにも紹介した。
色んな場面で、キッサコと関わっていた。
いや、正しくはキッサコの曲と関わっていた。
今の僕の人生があるのは
キッサコの曲があったからこそのものだ。
それは決して言い過ぎた事ではない。
なぜなら、彼らの曲がなければ、
ひょっとしたら
上手く行っていなかったかもしれない。
僕はキッサコの曲を聴いて同調し、
同調した気持ちを彼女に伝えた。
昔付き合っていた彼女に。
凝った事はせず、ただキッサコのCDを渡しただけだが。
そこから僕の人生は180度、好転する。
それまで何をやっても上手くいかなかった僕にとって、
人生で最大の宝物を発見できた。
今の嫁さんなわけだけどwww
入籍する前から結婚式を終えた今に至るまで、
やはり、キッサコとの思い出と共に生きる事になる。
そして何より、嫁さんがキッサコの曲を気に入ってくれている。
僕自身、ずっと、
キッサコの失恋歌を聴きながらココ数年を過ごしていたが、
今ではその失恋歌が僕らの恋愛恋歌に変わってしまった。
過去を辿る際には必ずキッサコのナンバーが流れるのだ。
キッサコ
明日がラストライブ。
でも、
僕の中ではラストなんてない。
キッサコは永遠に心に生き続けていく。
たとえ形が変わろうとも。
キッサコ
明日へ続け。
キッサコの音楽性
僕はイベントの仕事を通じて【キッサコ】と出逢った。
『神戸*花あかりフェスタ』をPRする仕事で、
イベントの中身(ミニライブ)に誰が出演するか…など、
イベントのプロデュースに深く関わるポジションだったから
責任も大きかった。
自分の唯一のパイプラインである土居ちゃんにその事を相談し、
関西圏で活躍するアマチュアミュージシャンを紹介してもらう。
ある意味、新卒者との面接の様な感じ。
いや、面接と言ってしまっては失礼か。。。
【キッサコ】という3人のヴォーカリストとの出会いよりは先に、
リーダーである薬師寺君と会う事に。
確か、梅田の「大阪駅」構内にあるカフェで商談した。
イベントの目的や内容など、そこで説明した気がする。
薬師寺君。快くOKしてくれて、
【キッサコ】の音源も預かって帰った。
自宅に戻りその音源(CD)をかける。
『ハイム~郷愁』と『花街』だった。
インディーズである当時、その2曲が収録されているCD、
今は手元にはないのだが、僕は人生をひっくり返された。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
過去の恋に対する心境の唄
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
僕は過去の恋を引きずる男。
彼らの曲がもろに心に染み渡った。
別に、過去の恋にすがるつもりもなければ、
未練がましくするつもりもなかった。
でも、彼らの曲を聴いて、
「もう一度やり直したい」
「あの頃に戻りたい」
そんな気持ちにさせられたのだ。
彼らの曲には魔法がかけられていた。
昔の彼女を思い出すように。
『神戸*花あかりフェスタ』をPRする仕事で、
イベントの中身(ミニライブ)に誰が出演するか…など、
イベントのプロデュースに深く関わるポジションだったから
責任も大きかった。
自分の唯一のパイプラインである土居ちゃんにその事を相談し、
関西圏で活躍するアマチュアミュージシャンを紹介してもらう。
ある意味、新卒者との面接の様な感じ。
いや、面接と言ってしまっては失礼か。。。
【キッサコ】という3人のヴォーカリストとの出会いよりは先に、
リーダーである薬師寺君と会う事に。
確か、梅田の「大阪駅」構内にあるカフェで商談した。
イベントの目的や内容など、そこで説明した気がする。
薬師寺君。快くOKしてくれて、
【キッサコ】の音源も預かって帰った。
自宅に戻りその音源(CD)をかける。
『ハイム~郷愁』と『花街』だった。
インディーズである当時、その2曲が収録されているCD、
今は手元にはないのだが、僕は人生をひっくり返された。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
過去の恋に対する心境の唄
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
僕は過去の恋を引きずる男。
彼らの曲がもろに心に染み渡った。
別に、過去の恋にすがるつもりもなければ、
未練がましくするつもりもなかった。
でも、彼らの曲を聴いて、
「もう一度やり直したい」
「あの頃に戻りたい」
そんな気持ちにさせられたのだ。
彼らの曲には魔法がかけられていた。
昔の彼女を思い出すように。
キッサコ
明日、12月12日(日)
キッサコのラストワンマンツアー北九州に行く。
キッサコとは、ミュージシャンである。
僕が以前、神戸で仕事をしている時に知った3人組の。
広報を主業務に活動していた当時、
『神戸*花あかりフェスタ』というパブリックイベントのPRを担当し、
企画から関わらせて頂いていた。
そもそも神戸へ移り住んでからわずか1年足らずだったため、
交友関係は皆無に等しい。
そんな頃、雇い主である叔母の知人の紹介で1人の青年と知り合う。
【Konisystem.】こと小西君だ。
デザイナーである彼との付き合いも実り多く、
たくさんの事を学ばせてもらった。
そして何より彼から広がるネットワークはとても広く、
彼を通じて出逢った人は数知れず。。。
神戸の若手アーティストとの出会いを重ねていく中で1人の人物と出逢う。
当時【MOON】というデュオで活動していた土居ちゃん。
小西君も土居君も僕の一つ年上だが、
出逢った最初から心を開いてくれてフレンドリーに接してくれた。
山口県という田舎で育ち、
上下関係(先輩⇔後輩)の厳しさを叩き込まれていた自分にとって
彼らの"人との接し方"にはカルチャーショックを受けたのは記憶に新しい。
と、言うか、
神戸で出会った人で仲良くして頂いた方はほとんど年上だが、
みんなスグに打ち解けられる様なフレンドリーさを持っていた。
そうして自分自身の人脈も広がり、
楽しい日々を送っていたのだ。
少し、話はずれたが、
イベント関連の仕事をしていた僕にとって、
そういったアマチュアのアーティストとの接点はとても重要な存在だった。
なぜなら、自分の仕事においてもお付き合いの場が発生したからだ。
『神戸*花あかりフェスタ』は、
神戸ポートアイランドにある企業やショップ、
更には市および公共団体などが協同する、
正に『官・民』一体となって行われるイベント。
イベント当日はフリーマーケットや大道芸人による催しなど、
幅広い年代の来場者を楽しませる様々な催事が実施された。
そしてメインのイベントは、
開催までの間に日本全国各地から公募により集まった「花の絵」を会場に展示。
しかも専用の白いプラスチック製の段ボールに絵をはめ込み、
夕暮れ時になると裏側から点灯する事により数千以上の「花の絵」が見事に咲き誇る。
会場全体を幻想的な雰囲気で包みこむという『光の祭典』なのだ。
その『光の祭典』に合わせて実施されるのが、
神戸および関西を中心に活動中のミュージシャンによるミニライブ。
今回この記事のタイトルにもなっている【キッサコ】とは、ここで出会った。
前出の土居ちゃん。
さすが関西圏で広く活躍されていただけあって、顔も広い。
公共イベントにつきギャラも多くない。
しかし彼が声を掛けてくれた事で快くイベントに参加頂ける事に。
その中の1つが【キッサコ】だった。
キッサコのラストワンマンツアー北九州に行く。
キッサコとは、ミュージシャンである。
僕が以前、神戸で仕事をしている時に知った3人組の。
広報を主業務に活動していた当時、
『神戸*花あかりフェスタ』というパブリックイベントのPRを担当し、
企画から関わらせて頂いていた。
そもそも神戸へ移り住んでからわずか1年足らずだったため、
交友関係は皆無に等しい。
そんな頃、雇い主である叔母の知人の紹介で1人の青年と知り合う。
【Konisystem.】こと小西君だ。
デザイナーである彼との付き合いも実り多く、
たくさんの事を学ばせてもらった。
そして何より彼から広がるネットワークはとても広く、
彼を通じて出逢った人は数知れず。。。
神戸の若手アーティストとの出会いを重ねていく中で1人の人物と出逢う。
当時【MOON】というデュオで活動していた土居ちゃん。
小西君も土居君も僕の一つ年上だが、
出逢った最初から心を開いてくれてフレンドリーに接してくれた。
山口県という田舎で育ち、
上下関係(先輩⇔後輩)の厳しさを叩き込まれていた自分にとって
彼らの"人との接し方"にはカルチャーショックを受けたのは記憶に新しい。
と、言うか、
神戸で出会った人で仲良くして頂いた方はほとんど年上だが、
みんなスグに打ち解けられる様なフレンドリーさを持っていた。
そうして自分自身の人脈も広がり、
楽しい日々を送っていたのだ。
少し、話はずれたが、
イベント関連の仕事をしていた僕にとって、
そういったアマチュアのアーティストとの接点はとても重要な存在だった。
なぜなら、自分の仕事においてもお付き合いの場が発生したからだ。
『神戸*花あかりフェスタ』は、
神戸ポートアイランドにある企業やショップ、
更には市および公共団体などが協同する、
正に『官・民』一体となって行われるイベント。
イベント当日はフリーマーケットや大道芸人による催しなど、
幅広い年代の来場者を楽しませる様々な催事が実施された。
そしてメインのイベントは、
開催までの間に日本全国各地から公募により集まった「花の絵」を会場に展示。
しかも専用の白いプラスチック製の段ボールに絵をはめ込み、
夕暮れ時になると裏側から点灯する事により数千以上の「花の絵」が見事に咲き誇る。
会場全体を幻想的な雰囲気で包みこむという『光の祭典』なのだ。
その『光の祭典』に合わせて実施されるのが、
神戸および関西を中心に活動中のミュージシャンによるミニライブ。
今回この記事のタイトルにもなっている【キッサコ】とは、ここで出会った。
前出の土居ちゃん。
さすが関西圏で広く活躍されていただけあって、顔も広い。
公共イベントにつきギャラも多くない。
しかし彼が声を掛けてくれた事で快くイベントに参加頂ける事に。
その中の1つが【キッサコ】だった。
ピアリー♪~席次表と席札~
今回僕らの結婚式で使った様々なツールや
作ったもの、準備したもの、考えた事、
ちょっとずつ記録しとこーと思ったので
ここに書いときます。
まずは席次表と席札について。
結婚式を挙げると決めてから
式場とあらゆる打合せを行い、
おおよそのプランを見積もってもらいました。
結婚式を控えているなら当然の事ですね。
しかし、式場選びの際にも出してもらっていたけれど、
高い…
ここからどうやって削っていくか
が当面の課題となり降りかかってきました。

とは言いつつも、以前より
「結婚式は手作り感とかオリジナリティ出したいね!」
とイメージを固めていたので、
自分たちで出来る様な事はやるつもりでした。
その第1弾として
【席次表】と【席札】から考える事に。
ネットで検索して
「結婚式 席次表」とか
「ウェディング 手作り」とか
いろいろなワードで探しまくり、
色んなサイトを目を皿にして見ていました。
その中で僕らが興味を惹かれたのが
ピアリーというサイト。
デザインやサービス内容など、
一番よかった気がします。
ここで選んだのがマリエという席次表と
バタフライという席札でした。
後にこの『結婚式の記録シリーズ』で取り上げますが、
マリエの席次表に入っている新婦のイメージは、
オープニングMOVIEでも使用する事になるほどのお気に入り♪
そして席札に『ちょうちょ』を選んだ理由は、
結婚式会場の演出で『ちょうちょ』の映像が使われ、
それが新郎新婦ともに大変気に入っていたからです。
最初、すごい迷っていました。
普通の席札と違って「グラスにちょうちょが乗ってる」
ってだけでみんな気付いてくれるかな…
なんて思ったりして。。。
でも、逆に、みんな席札を探す時
シャンパングラスにちょうちょが付いてるから
「なんだろ?」って感じで見てたそうです。
心配するほどの事ではなかったみたいでしたね!
実際に、準備作業はとても簡単でした。
席次表については同サイトで商品購入すると
商品が届いた包みの中に「ダウンロードPASS」があり、
URLにアクセス後パスワードを入力すると、
購入した商品に対応したテンプレートが
無料ダウンロード(以後「DL」)できるんです。
あとはそのDLしたテンプレに情報を打込むのみ。
(テンプレはワードが基本なので誰でも簡単♪)
そして席札。
これも同じくワードのテンプレにゲストの名前を打込むのみ。
約2時間ちょっとで完了♪
そして気になるお値段ですが…
式場にお願いすると「席次表&席札」1人分で1,000円は超える。
けれども今回かかった費用はわずか300円弱。
1/3の予算で出来ました
少しずつ。
少しずつでも費用を抑えて。
が、その当時の新婦さんの合言葉でした
笑
作ったもの、準備したもの、考えた事、
ちょっとずつ記録しとこーと思ったので
ここに書いときます。
まずは席次表と席札について。
結婚式を挙げると決めてから
式場とあらゆる打合せを行い、
おおよそのプランを見積もってもらいました。
結婚式を控えているなら当然の事ですね。
しかし、式場選びの際にも出してもらっていたけれど、
高い…

ここからどうやって削っていくか
が当面の課題となり降りかかってきました。


とは言いつつも、以前より
「結婚式は手作り感とかオリジナリティ出したいね!」
とイメージを固めていたので、
自分たちで出来る様な事はやるつもりでした。
その第1弾として
【席次表】と【席札】から考える事に。
ネットで検索して
「結婚式 席次表」とか
「ウェディング 手作り」とか
いろいろなワードで探しまくり、
色んなサイトを目を皿にして見ていました。
その中で僕らが興味を惹かれたのが
ピアリーというサイト。
デザインやサービス内容など、
一番よかった気がします。
ここで選んだのがマリエという席次表と
バタフライという席札でした。
後にこの『結婚式の記録シリーズ』で取り上げますが、
マリエの席次表に入っている新婦のイメージは、
オープニングMOVIEでも使用する事になるほどのお気に入り♪
そして席札に『ちょうちょ』を選んだ理由は、
結婚式会場の演出で『ちょうちょ』の映像が使われ、
それが新郎新婦ともに大変気に入っていたからです。
最初、すごい迷っていました。
普通の席札と違って「グラスにちょうちょが乗ってる」
ってだけでみんな気付いてくれるかな…
なんて思ったりして。。。
でも、逆に、みんな席札を探す時
シャンパングラスにちょうちょが付いてるから
「なんだろ?」って感じで見てたそうです。
心配するほどの事ではなかったみたいでしたね!
実際に、準備作業はとても簡単でした。
席次表については同サイトで商品購入すると
商品が届いた包みの中に「ダウンロードPASS」があり、
URLにアクセス後パスワードを入力すると、
購入した商品に対応したテンプレートが
無料ダウンロード(以後「DL」)できるんです。
あとはそのDLしたテンプレに情報を打込むのみ。
(テンプレはワードが基本なので誰でも簡単♪)
そして席札。
これも同じくワードのテンプレにゲストの名前を打込むのみ。
約2時間ちょっとで完了♪
そして気になるお値段ですが…
式場にお願いすると「席次表&席札」1人分で1,000円は超える。
けれども今回かかった費用はわずか300円弱。
1/3の予算で出来ました

少しずつ。
少しずつでも費用を抑えて。
が、その当時の新婦さんの合言葉でした

笑【もう4日】結婚式終了~♪
11月25日(木)
アレ…
いつの間にか4日が経ってる。。。
結婚式本番当日を終えてから、
今日までがあっと言う間だったような
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆
たくさんの人に祝福され
たくさんの笑顔に包まれて
たくさんの幸福を感じられた
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆
のとは裏腹に
夢の世界から現実に叩き戻される
気が付けばもう11月も終わりにさしかかる
というこの時期。
あぁ…仕事が遅れてる
ご列席下さった皆様を始め、
様々な方面よりご祝福のお言葉を頂きました。
個別にお礼をご返信すべきところ、
当ブログからの略式となり失礼とは承知の上ですが、
本当に、本当に
ありがとうございましたm(..)m


アレ…
いつの間にか4日が経ってる。。。
結婚式本番当日を終えてから、
今日までがあっと言う間だったような

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆
たくさんの人に祝福され
たくさんの笑顔に包まれて
たくさんの幸福を感じられた
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆
のとは裏腹に
夢の世界から現実に叩き戻される
気が付けばもう11月も終わりにさしかかる
というこの時期。
あぁ…仕事が遅れてる

ご列席下さった皆様を始め、
様々な方面よりご祝福のお言葉を頂きました。
個別にお礼をご返信すべきところ、
当ブログからの略式となり失礼とは承知の上ですが、
本当に、本当に
ありがとうございましたm(..)m


【あと2日】出会い、そして別れ~FINAL
11月19日(金)
(part4のつづき)
わずか半年ばかりの交際に終止符を打った2人は
それぞれの生活を送る事になった。
僕はその後、大工の見習いとして建築業へ進み、
彼女は専門学校を卒業し、博多の美容室へ就職。
その後、紆余曲折があり東京へと移り住んでいた。
基本的には、別れた人と再会して遊んだりなど
あまり出来ない性分の僕は
彼女とも音信不通の状態だった。
むしろしばらくの間は未練だらけだったので、
彼女と連絡など取ればまた落ち込んでしまう。
それを払しょくするかの様に、
別の人との交際を繰り返した。
でも、どれも長続きはしない。
酷い時なんかは1週間で終わる恋もあった。
全ては、彼女が忘れられない事が原因。
どうしても比べてしまう。
誰と付き合っても、比べられずにはいられなかった。
それでも、僕の中では新しい恋に可能性を見出し、
また別の人との交際を重ねる。
5年が経ち、色々な経緯から僕は単身神戸へと移り住む。
この頃はだいぶ気持ちも落ち着き、
5年前の彼女の事は単なる「思い出」へと変化していた。
ちなみに、この時まだ
交際が長続きしない癖は治っておらず。
たまに地元へ帰郷した際には懐かしい友達との再会を楽しみ、
昔話にも花を咲かせる。当然彼女の噂も耳にする。
そんな神戸での3年間の生活を終え、地元で就職。
これが2005年の春だった。
ひょんな事から、また彼女と連絡を取るようになり、
同年の夏、博多から一時休暇で帰郷した彼女と会う事に。
少し成長したかに見える彼女が相変わらず輝いて見えたのは、
一緒に遊んでいた仲間内の中でも、きっと僕だけなんだろう。
過去の恋人ではあるが、僕の思いは変わっていなかった。
と、確信した時だ。
彼女とはその後も、毎年のお盆や年末年始、
地元である山口へ帰郷した時に限り再会し、
山口へいる期間だけ遊んだりと、『友達』としての関係。
連休の時期が来ると必ず僕から連絡を取り、
「今度の休みは帰ってくるの?」
など、いつのまにか定例の連絡となっていた。
1年が過ぎ、2年が経ち、
三十路へとカウントダウンが始まった頃、
僕は結婚の事を考え始めた。
2007年~2008年にかけては、
真剣に結婚の事を考え家族ぐるみでの交際をしていた人がいた。
その人と結婚するという事を、自他共に認めており、
既に結婚の準備も進めていたのだ。
もう、自分も後には引けない状態であったし、
何よりその「人」と結婚すると決めていた。
しかし激動の時が来る。
2008年のゴールデンウィーク1週間前。
彼女からの1通のメール。
「ゴールデンウィーク、山口帰るけど遊べますか?」
僕の返事はYES。
ここから人生がまた大きく動き始める事になるとは、
全く予測も出来なかった。
1年ぶりか、それ以上か。
久しぶりに会う彼女との時間はとても新鮮で、
日々の仕事の疲れや嫌な事など全てを忘れさせてくれた。
たっぷりと、ゴールデンウィークの期間、
彼女を独占できた。とても楽しかった。
ほとんどオールナイトで語り合っていても話は尽きず、
翌日もドライブで遠出する。
昔、一緒に過ごした『時』の軌跡を辿るかの様に。
あの頃、僕らはいつもこうして同じ時間を刻んでいた。
あっという間のゴールデンウィークだった。
彼女は博多へ帰らなければいけない日が訪れた。
この連休の間、毎日毎晩ずっと一緒に過ごし、
色んな事を語った。
そして、彼女の方から、その言葉は告げられる。
もう一度、やり直したい…と。
正直、面食らった。
僕は、彼女とはもう“そういう”関係にはなれないと
心のどこかでは諦めていた。
だから、彼女の方からそんな言葉が出てくるなど、
思いもしなかった。
それに当時、僕には結婚を考えている人がいた。
天秤にかけるつもりはなかったが、かけざるをえない。
どっちにするか。どちらが正しいのか。どこへ行くのか。
とりあえず「考えさせて」とは言ったものの、
頭の中は真っ白でほとんど何も考えられていない。
でも一つだけ、ひっかかる。
心のどこかで安堵感とも言える温かいものを覚えたのだ。
本当に、完全に彼女の事を諦めていたなら、
おそらくその感覚はなかっただろう。
僕は彼女との人生を選びたいと、願っていた。
そう。それは、あの時、
彼女との関係にピリオドを打たれた時からずっと願っていた事。
僕は彼女と共に生きていく事を
誓った。
そして彼女もこの時、
誓った。
一緒に歩もう。
一緒に走ろう。
僕らのゴールは、
将来を誓い合う事から始まった。


(part4のつづき)
わずか半年ばかりの交際に終止符を打った2人は
それぞれの生活を送る事になった。
僕はその後、大工の見習いとして建築業へ進み、
彼女は専門学校を卒業し、博多の美容室へ就職。
その後、紆余曲折があり東京へと移り住んでいた。
基本的には、別れた人と再会して遊んだりなど
あまり出来ない性分の僕は
彼女とも音信不通の状態だった。
むしろしばらくの間は未練だらけだったので、
彼女と連絡など取ればまた落ち込んでしまう。
それを払しょくするかの様に、
別の人との交際を繰り返した。
でも、どれも長続きはしない。
酷い時なんかは1週間で終わる恋もあった。
全ては、彼女が忘れられない事が原因。
どうしても比べてしまう。
誰と付き合っても、比べられずにはいられなかった。
それでも、僕の中では新しい恋に可能性を見出し、
また別の人との交際を重ねる。
5年が経ち、色々な経緯から僕は単身神戸へと移り住む。
この頃はだいぶ気持ちも落ち着き、
5年前の彼女の事は単なる「思い出」へと変化していた。
ちなみに、この時まだ
交際が長続きしない癖は治っておらず。
たまに地元へ帰郷した際には懐かしい友達との再会を楽しみ、
昔話にも花を咲かせる。当然彼女の噂も耳にする。
そんな神戸での3年間の生活を終え、地元で就職。
これが2005年の春だった。
ひょんな事から、また彼女と連絡を取るようになり、
同年の夏、博多から一時休暇で帰郷した彼女と会う事に。
少し成長したかに見える彼女が相変わらず輝いて見えたのは、
一緒に遊んでいた仲間内の中でも、きっと僕だけなんだろう。
過去の恋人ではあるが、僕の思いは変わっていなかった。
と、確信した時だ。
彼女とはその後も、毎年のお盆や年末年始、
地元である山口へ帰郷した時に限り再会し、
山口へいる期間だけ遊んだりと、『友達』としての関係。
連休の時期が来ると必ず僕から連絡を取り、
「今度の休みは帰ってくるの?」
など、いつのまにか定例の連絡となっていた。
1年が過ぎ、2年が経ち、
三十路へとカウントダウンが始まった頃、
僕は結婚の事を考え始めた。
2007年~2008年にかけては、
真剣に結婚の事を考え家族ぐるみでの交際をしていた人がいた。
その人と結婚するという事を、自他共に認めており、
既に結婚の準備も進めていたのだ。
もう、自分も後には引けない状態であったし、
何よりその「人」と結婚すると決めていた。
しかし激動の時が来る。
2008年のゴールデンウィーク1週間前。
彼女からの1通のメール。
「ゴールデンウィーク、山口帰るけど遊べますか?」
僕の返事はYES。
ここから人生がまた大きく動き始める事になるとは、
全く予測も出来なかった。
1年ぶりか、それ以上か。
久しぶりに会う彼女との時間はとても新鮮で、
日々の仕事の疲れや嫌な事など全てを忘れさせてくれた。
たっぷりと、ゴールデンウィークの期間、
彼女を独占できた。とても楽しかった。
ほとんどオールナイトで語り合っていても話は尽きず、
翌日もドライブで遠出する。
昔、一緒に過ごした『時』の軌跡を辿るかの様に。
あの頃、僕らはいつもこうして同じ時間を刻んでいた。
あっという間のゴールデンウィークだった。
彼女は博多へ帰らなければいけない日が訪れた。
この連休の間、毎日毎晩ずっと一緒に過ごし、
色んな事を語った。
そして、彼女の方から、その言葉は告げられる。
もう一度、やり直したい…と。
正直、面食らった。
僕は、彼女とはもう“そういう”関係にはなれないと
心のどこかでは諦めていた。
だから、彼女の方からそんな言葉が出てくるなど、
思いもしなかった。
それに当時、僕には結婚を考えている人がいた。
天秤にかけるつもりはなかったが、かけざるをえない。
どっちにするか。どちらが正しいのか。どこへ行くのか。
とりあえず「考えさせて」とは言ったものの、
頭の中は真っ白でほとんど何も考えられていない。
でも一つだけ、ひっかかる。
心のどこかで安堵感とも言える温かいものを覚えたのだ。
本当に、完全に彼女の事を諦めていたなら、
おそらくその感覚はなかっただろう。
僕は彼女との人生を選びたいと、願っていた。
そう。それは、あの時、
彼女との関係にピリオドを打たれた時からずっと願っていた事。
僕は彼女と共に生きていく事を
誓った。
そして彼女もこの時、
誓った。
一緒に歩もう。
一緒に走ろう。
僕らのゴールは、
将来を誓い合う事から始まった。


【あと3日】出会い、そして別れ~part4
11月18日(木)
(part3からの続き)
こうして2人は交際をスタート。
自分自身、ここまで人を好きになったのは初めてだ
と、豪語し続け、本当にその人の事を大切にした。
しかし、その「時」は突然やってくる。
付合い始めた当時、彼女はまだ高校生。
進路も専門学校へと既に決まっていた。
しかも学校は博多。
1998年の3学期となる間は可能な限り会った。
例え友達との飲み会など、別の約束事があろうとも
全て断り彼女との時間を大切にした。
とにかく時間が惜しかったのだ。
それでも時間は容赦なく、
別離の時が来るまで刻々と過ぎていく。
1998年4月、
付合い初めて4カ月弱の2人は遠距離恋愛を余儀なくされる。
やはり僕はそれからも、
彼女との時間を第一優先とし休日は博多まで会いに行った。
残酷にも、離れれば離れる程、会いたい気持ちが増長する。
彼女との電話で少し言い争いがあり喧嘩腰に電話を切った時も
仲直りしたくてそのまま博多まで車を走らせた事もあった。
平日の夜で翌日仕事があるにも関わらず。
努力した。
彼女との関係を、維持したくて。
それでも2人の距離は120kmから縮む事なく、
とうとう別れの時を迎える。
キッカケは、電話での些細な口げんかだった。
その気持ちのすれ違いから
溝を埋める事が出来なくなり、彼女からそれを告げられる。
この時、僕は人生で初めて、
恋愛の事で泣いた。
一晩も二晩も泣き続けた経験は、
後にも先にも、この時が最初で最後。
将来まで約束していたのに。
2人は、別々の人生を歩む事となった。
次回、最終話


(part3からの続き)
こうして2人は交際をスタート。
自分自身、ここまで人を好きになったのは初めてだ
と、豪語し続け、本当にその人の事を大切にした。
しかし、その「時」は突然やってくる。
付合い始めた当時、彼女はまだ高校生。
進路も専門学校へと既に決まっていた。
しかも学校は博多。
1998年の3学期となる間は可能な限り会った。
例え友達との飲み会など、別の約束事があろうとも
全て断り彼女との時間を大切にした。
とにかく時間が惜しかったのだ。
それでも時間は容赦なく、
別離の時が来るまで刻々と過ぎていく。
1998年4月、
付合い初めて4カ月弱の2人は遠距離恋愛を余儀なくされる。
やはり僕はそれからも、
彼女との時間を第一優先とし休日は博多まで会いに行った。
残酷にも、離れれば離れる程、会いたい気持ちが増長する。
彼女との電話で少し言い争いがあり喧嘩腰に電話を切った時も
仲直りしたくてそのまま博多まで車を走らせた事もあった。
平日の夜で翌日仕事があるにも関わらず。
努力した。
彼女との関係を、維持したくて。
それでも2人の距離は120kmから縮む事なく、
とうとう別れの時を迎える。
キッカケは、電話での些細な口げんかだった。
その気持ちのすれ違いから
溝を埋める事が出来なくなり、彼女からそれを告げられる。
この時、僕は人生で初めて、
恋愛の事で泣いた。
一晩も二晩も泣き続けた経験は、
後にも先にも、この時が最初で最後。
将来まで約束していたのに。
2人は、別々の人生を歩む事となった。
次回、最終話

