親父の遺骨は49日過ぎたけど現在も妹の家にある。

 

いろいろ事情があってそうしてる。

 

その理由は親父の意向で散骨が希望だったので

 

初盆までは遺骨を置いておこうと妹と相談して決めていた。

 

ちなみに49日過ぎても遺骨が家にあっても罪には問われません。

 

これを家の敷地に埋めたら罪になるけどね。

 

この15日に妹の家に近親者のみ10人が集まった。

 

別にお坊さんが来てお経をあげてもらったわけでもない。

 

そもそも葬儀自体、お坊さんは呼んでいないし

 

お坊さんがいなけりゃ戒名もないわけです。

 

それは福祉葬だったから。

 

まあ、終わったことはさておきこの15日に起きた問題がある。

 

親父のお兄さんに改めて散骨のことを理解してもらうべく

 

説明をしていたのだがやはり昔の人なので納得はしてくれないわけで。

 

お兄さんの奥さんもそれで本当に成仏出来るのか?

 

まで言われたがお墓や納骨堂に入ってもお坊さんがお経をあげてくれても

 

成仏出来きるとは限らないんだよ。

 

成仏出来ていると思うのは今までの風習がそう思わせているだけ。

 

本当に出来ている出来ていないは本人の感情論でしかない。

 

そんな会話の中で更に難色を示したのが甥っ子。

 

親父からすれば孫です。

 

「俺は許さん」とか言い出したわけです。

 

この子、言い出したら聞かないだよ。

 

亡くなったばかりだし自分の感情で言ってるのはわかるが

 

これは親父の遺言みたいなものだと説明しても納得はしてくれない。

 

お兄さんもいる場所で申し訳なかったが

 

「お前の家の神棚はどうなってる?」

 

「毎日、お水を替えて拝んでいるか?」

 

「神様ですら粗末になってるのに仏様まで粗末にする気か?」

 

「亡くなったばかりで感情的になるのはわかるがこれは本人の希望。」

 

「それに納骨したらそれで終わりじゃない」

 

「それを管理してもらうにも年間管理費だってかかる」

 

「法要はどうする?命日だけじゃない月命日だってある。」

 

「金さえ出せばって問題じゃない」

 

「死人に金はかけるな」

 

「これは親父が言ってたことだが意味はわかるか?」

 

「死んでいった人間より今を、これからを生きて行かなきゃいけない人間に金を使え」

 

「そういう意味だよ」

 

「俺は入院までこの話を何度してる。」

 

「年に数回しか顔を合わせないお前とは違うんだ」

 

「それでもするならあとは勝手にしてくれ」

 

 

 

 

人の感情って本当に面倒臭い。

 

今までの風習を変えられないことはわかる。

 

ただ、粗末になるようならそんな風習は必要ない。

 

甥っ子まではいいけど、その後はどうする?

 

そのまた子供が同じように供養していく?

 

供養していく人もいるだろうがそうしない人もいる。

 

お墓はいらない、仏壇もいらない。

 

そんなもの引継ぎたくないと考える人もいるんだよ。

 

そういう人はお墓や納骨を放置してりするんだ。

 

そんな粗末になるような古い風習は終わらせた方がいい。

 

手を合わせるのはお墓や仏壇の前だけじゃなくていいんです。

 

その場だけの形なんて糞くらえなんです。

 

故人を思い出す道具でしかないんだよ。

 

思い出すならどこでも思い出せる。

 

手を合わせることはベッドに入ったときでも出来るんだよ。

 

場所や形なんてどうでもいいんです。

 

故人との思い出が自分の中にどうあるかだけ。

 

 

 

 

風習がどうとか、宗派がどうとか

 

本当に面倒くせぇ

 

手を合わせようが十字を切ろうがどっちでもいいんです。

 

故人を想うことが大切なんです。

 

 

 

人の感情って本当に面倒くせぇ

 

 

こんなくだらないことでもめたくないので言いたいことを言って

 

あとのことはノータッチすることにした。

 

遺骨が粗末にならなければそれでいい。

 

 

死ぬ前にはどうるかきちんと話してても親子間までのこと

 

甥っ子の発言でこんなことになるなら

 

遺言書でも作ってもらっておくべきだった。

 

いい勉強になったよ。

 

自分が死ぬときは誰にも文句を言わせない形を残しておくべきだ。