今日、無事に親父の遺骨を永代供養に出しました。
これで親父に関する全てのことが終わりました。
お盆には遺骨のことで揉めそうになりましたが
お兄さんにも納得してもらえる形が取れて
親父の遺言通り、お骨を残さない方法で埋葬することが出来ました。
千葉にあるお寺に送り、永代供養出来たんですけど
千葉にしたのは親父が東京住まいが長かったこともあってのこと。
人生の半分以上を東京で暮らしていたのでみんな納得での形になった。
この「送骨」はコロナがはじまってからと言われているが
その前からあるようですね。
後継者がいないので墓じまいしたい人や
元々供養してくれる人がいない人が対象だったようです。
遺骨を永代供養するべくお寺に送るのだけど
どうやって送るかというと「ゆうパック」で送ります。
どうやら扱ってくれるのは日本郵便だけみたいです。
それでも受付局員が知らなくてかなり待たされましたが
上司が出てきて受理してくれました。
ただ、郵送中の破損に関しては
一切の責任を負えないとの説明もされました。
その前にも年金機構や介護保険などのお金絡みで
ちょっと揉めることもあったんですが
そこもクリア出来て全て終わりました。
お墓や納骨堂に誰もお参りに来てくれなかったり
荒れた墓になるくらいならない方がいい。
死んだ人間に金をかけるな。
これは親父が生前言っていたこと。
僕もこの考えには賛成なんです。
お墓や納骨堂という形があっても
誰も来ない、来ても何の思い入れもなく
日本古来の風習だからって形だけの合掌に何の意味があるのか?
手を合わせるのはお墓や仏壇の前だけじゃなくてもいい。
寝る前のベッドの中でも出来るんです。
形ではなく手を合わせる気持ちの方が大事なんです。
核家族化が進み、この問題はこれからもっと大きくなるでしょう。
粗末に扱われるのならお墓や納骨堂、仏壇なんて形はいらないんです。
戒名を付けてもらい、どんなに位の高いお坊さんにお経を挙げてもらったとしても
本当に成仏出来るのか?
成仏出来ない人はどんなことをしても出来ないと僕は思っています。
故人を偲ぶのは形ではなく気持ちです。
どんなにお金をかけても気持ちがなければ意味がない。
お墓や仏壇に拘るのは今までの日本の風習がそうさせてるだけのこと。
その気持ちも今の僕としては???ですね。
全てが終わった今でも親父が亡くなった実感がない。
病院に行ったら面会出来るんじゃないかと思う日もある。
買い物していても「これは親父の好物」とか
おかずを作っていても親父の分まで作ってしまうとか
日常生活の中にまだ親父が居ます。
そんな中でもいまだに親父が夢にも出てこないし
枕元にも立ってくれない!!
あっちの女!こっちの女と忙しいのはわかるが
そろそろ僕のところに出てきてくれてもいいんじゃないかと思う今日この頃です。
