今日、親父の病状説明受けてきました。

 

院内の一室に通されまずはドクターから現状報告。

膝の状態と経過報告を受けたが

まあ、納得しました。

僕の想定していた状態だったし

術前の説明通りの状況だった。

肺炎に関してはこれも僕が想定していた通り。

元々体力のないところに手術の負担もあって

酸素フォアードが下がっての肺炎。

レントゲンではわからないCTでやっと確認出来るくらいの

かなり軽度な肺炎。

ただ体力が追い付いていないため体に負担がかかっているとのこと。

ここはしっかり聞けて納得出来た。

ここでドクターに「今回の件、軽度でも重度でも僕が説明を求めなかったら

こうした報告はなかったとうことですよね?」

「患者は高齢、しかも病院嫌い、そこは考慮されていましたか?」

「患者本人に伝えればそれで義務を果たしているとお考えですか?」

「病状を患者が親族にどれだけ伝達出来るか考えたことありますか?」

「認知症ではなくても会話の端々に「アレ、ソレ、コレ」が出てきている人間が

ドクターの言ったことを一言一句漏らさず説明が出来ると思いますか?」

「コロナ過で面会すらままならない中、病院側も大変でしょうが

状況がわからない親族はもっと不安です。」

そこはもうドクター平謝りでした。

途中から看護師長も同席で謝罪いただきました。

そこへ親父も入室。

親父と担当看護師さんも含めて5人でこれからどうするかの話に。

肺炎は軽度でほぼ回復しているのだが問題は在宅酸素。

在宅酸素には固定式と可動式があるのだが

可動式は常に片手が塞がり引いて歩く形。

親父の現状として院内では歩行器を使っているらしいが

家ではそれが不可能なのが現状。

当然車イスも使えない家である。

すると松葉杖が必要になる。

両方にしろ片方にしろ酸素ボンベで片手が塞がると歩行が難しくなるのです。

だったら固定式なら良いかというとそうでもない。

酸素ボンベが移動出来ないとなると酸素チューブの長さが範囲内となる。

それがトイレまで届くのかが問題となる。

何メートルが許容範囲かは整形のドクターにはわからず

呼吸器科ドクターに確認をお願いした。

親父曰く「トイレのときは外して這いつくばっていく」

というが果たして酸素がない状態でトイレに辿り着けるのか?

ドクターも僕も同じ意見で「それはやめてください」

なぜなら親父と僕は一緒に住んでいない。

外したことでトイレに辿り着くまでに事切れる可能性だってある。

ここは呼吸器科ドクターとまた話し合わなければならない。

 

問題はここからです!

 

入院してからとにかく食欲がないという。

先日面会したときも痩せている親父が更に痩せている。

骨と皮とはよく言ったもので正にその状態。

入院前は58キロあった体重が43キロしかない。

身長は185cmあるのでどれだけ痩せているか想像出来ると思う。

話を進めていくと「食べれない」のではなく「食べてない」ことがわかった。

その理由が「食べなければ排便の回数が少なくて済む。」と言うのだ。

要するに「オムツでの排便をしたくない。看護師さんの介助で排便するのが嫌」

点滴で栄養補給はされているが経口摂取とでは明らかに違いが出る。

この理由にはドクターも僕も茫然。

気持ちはわかる。人に迷惑をかけるのが嫌いな人だからね。

でも、それとこれは違う

これじゃあ治るものも治らないとドクターも僕も諭した。

「ドクター、よくわかっていただけたでしょ?」

「高齢の病院嫌いの患者が考えることはこういうことです。」

「自分に都合の悪いことは言わない。」

「だから僕に直接連絡してくれと言った意味がわかってもらえましたか?」

 

要するにどっちもどっちなのですよww

 

病院側からしてみれば1対何十人、何百人のうちの一人かもしれないが

患者側は1対1なんだよね?

患者それぞれの性格、生活習慣、生活環境、人生がある。

これを一つのマニュアルで一括りにして治療、処方するのは違うと思う。

同じ病気でも治る人と治らない人がいるように

この病気にはこうっていう処置ではダメだと思っている。

100人いたら100通りの治療方針が必要だと思う。

難しいことだけどね。

でも、そのために勉強して国家試験を受け経験を積んで医者になるのでは?

 

親父よ、頼むから僕のいうことを聞いてくれよショボーン

好きな言葉ではないが「これは親父のためなんだから」