前回の記事では、脳の発達を阻害するスマホに対抗する方法として、有酸素運動をご紹介しました。
前回紹介した有酸素運動によって私たちが得られる恩恵は、
・BDNF(脳由来神経栄養因子)が分泌され、脳内の神経細胞ネットワークを保護および強化してくれる
・記憶の中枢器官である海馬の体積が増加し、記憶力が良くなる
の二点でした。
今回はもう二点、運動によって私たちの脳が得る恩恵をご紹介したいと思います。
一つは、集中力が高まること、もう一つはストレスに強くなることです。
まず集中力に関して。
私達の脳内ではドーパミンという神経伝達物質が分泌されています。
ドーパミンとは報酬物質などという別名を持つように、
私達が生存可能性を高める行動や、遺伝子を次世代につなぐ行動を取った時に、ご褒美として脳内で分泌される快感をもたらす物質です。
食事をしたり、人と交わったり、運動をしたり、性交渉を持ったりすると、私達が快の感情を得るのはドーパミンの働きによるものです。
この報酬物質のために、私達人間は何度も繰り返し、生存可能性を高める行動を、遺伝子を遺す行動を取りたくなり、
実際にそのようにふるまうことで、生存可能性を高め、遺伝子を遺してきた結果が今の人類の繁栄というわけです。
このようにドーパミンには人に快感を与える働きがあるのですが、効果はそれだけではありません。
ドーパミンが分泌されることで集中力が高まります。
ADHD(注意欠陥多動性障碍)傾向にある人たちは、ドーパミンシステムの機能が低いことが知られています。
しかし、その症状は運動することで、数時間ではありますが改善することが分かっています。
半数以上がADHD傾向を持つ200人の子どもに、12週間にわたり学校のある日に約30分間、心拍数を上げる運動に取り組ませたところ、
集中力が持続するようになったり、癇癪を起さなくなったり、気分のムラが減った、という研究結果(Hoza ,B et al 2015)があります。
そしてこのような現象は、ADHD 傾向の子どもたちだけではなく、私達全員に当てはまります。
私達の目や耳からは絶えず様々な情報が入ってきますが、それが本来集中すべき対象から注意を逸らしてしまいます。
しかし、運動でドーパミンの濃度が高まると、このような「雑音」を除去する機能が高まるので、私達は集中力を維持し続けることが出来るようになるのです。
そして前回記憶のメカニズムのところで、海馬が感覚器官から入ってきた情報をその重要度に応じて取捨選択している、という話をしましたが、
集中力が高まり感覚器官から入ってくる情報が絞り込まれることで、この取捨選択の精度が高まるため、私達の記憶力も向上します。
前回と今回で見てきた、運動によって得られる効果は以下です。
・BDNF(脳由来神経栄養因子)が分泌され、脳内の神経細胞ネットワークを保護および強化してくれる
・記憶の中枢器官である海馬の体積が増加し、記憶力が良くなる
・ドーパミンの濃度が上がり、感覚中枢から入ってくる雑音が除去されるため、集中力があがる
これらを見れば明らかなように、運動することによって子どもの学力は向上します。
ハーバード大学医学部のジョン・J・レイティ博士が著した「脳を鍛えるには運動しかない」の中で、「ネーパーヴィルの奇跡」という話が紹介されています。
イリノイ州ネーパーヴィル203学区の学生たち約19000人に、授業が始まる前に最大心拍数の80~90%の有酸素運動をさせたところ、
TIMSS(国際数学理科教育動向調査)という世界38か国で実施されている理科、数学の学力検査において、
全米平均順位が、理科で18位、数学で19位だったのに対し、203学区の学生の平均点は理科で1位、数学で6位という結果を出したのです。
しかし、相関関係と因果関係は別物なので、これが本当に運動の効果であるかはその判断に注意が必要なのですが、
スウェーデン南部、ブンケフロという街の二つの小学校で、週二回だった体育の授業を毎日に増やしたところ、
他の小学区と比較して、数学、国語、英語の成績が向上したという調査結果も出ていることを考えれば、
運動、とりわけ有酸素運動によって子どもたちの学力が向上する、と結論づけることが出来る、と言えるでしょう。
前回、今回とスマホによる脳への悪影響に対抗する手段として、運動することの大切さをご紹介してきました。
私がお伝えしたいのは、スマホの過剰使用で、子どもたちの脳の発達が阻害されるのですが、運動にはその負の効果を打ち消す可能性がある、ということです。
あともう一つ、どうしてもご紹介したい運動の効用(ストレス耐性が上がる)があるのですが、
私の悪い癖でどうしても文面が長くなってしまうので、
続きは次回とさせて頂きます。