東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること ブログネタ:東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること 参加中

阪神大震災を経験したとき、私はあまりにも無力な中学生だった。
何もできなかった。

悪いことに、同年祖母が胃癌で手術、その後術後経過がどうなったか定かではないが
気管切開までされ、数カ月に及ぶ人工呼吸管理されたにもかかわらず、
生きて退院することはかなわなかった。

今思うと何故、手術を成功しておきながら亡くなったか、少々不思議だと
医師としては思うのだが、あえて過去を掘り起こしてももはやしょうがないこと。

その時、私は医師になりたいと思った。

時が経ち医師となり、それなりにキャリアは積んだ。
もちろんまだまだ至らないことは山のようにあるが・・・

今回甚大な災害が起き、私も是非現場に行きたいと思った。
現在のところそれは叶っていない。声がかかればいつだって行けるように準備はしている。
指揮系統がしっかりしていないところに、単身で乗り込んでも混乱を招くだけであり
ここは声がかかるのを待ちたいところ。

現実的にしたことは
・募金
・過度な自粛は避け、普通の生活をして経済を回すこと

そして決してこの災害を忘れず、自分なりに復興のため出来ることを考え続けること

ここは日本人の底力を世界に見せつけるいいチャンス
みんなで力を合わせ乗り越えよう



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私は子供の頃から阪神ファン。
もちろんいわゆる暗黒時代も経験している。

野球人として好きな人は野村克也監督だった。
結局阪神を再建する志半ばで球団を去る格好となったが
彼が発掘し育てさ選手は後の星野政権で主役となり優勝することができた。

彼は多くの本を執筆されているが、良く出てくる言葉に

「心が変われば、行動が変わる

行動が変われば、習慣が変わる

習慣が変われば、人格が変わる

人格が変われば、運命が変わる

運命が変われば、人生が変わる」

というのがある。

少し長いが、私の座右の銘とさせていただいている。

野村ノート (小学館文庫)/野村 克也

¥580

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この時期と言えば、別れの季節ですよね

長年苦楽を共にした数人の友人が、別の職場へ移って行く。
医局はダンボールや廃棄される教科書などでごった返している。

別れはいつだってさみしいものだ。

社会人からの友人と学生の頃からの友人。
大学からの友人はたまにあったりすると、昔と変わらぬ馬鹿話をしたり、空白の期間などなかったように感じる。

社会人になってからの友人。
家庭を持つものも年を追うごとに増え、会話の内容もそれなりに大人っぽく、いわゆる馬鹿話はあんまりしない。話す内容もお互い気を使いながら、それでも和気あいあいと仲良くしている。

みんなそんなものなのかなぁ?

留まることを選択した自分。
果たしてその選択は正しかったのか?

そんな疑問を抱きながら、仲間を見送ろう。
今までありがとう。またみんなで集まろう

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