今までのことを考えると、やはりRとは一緒になれないかもと最近思う。

決定的な何かでは無く、言葉にできない感情のずれを感じる。

Rのことは今までも、今でも、これからもやはり好きだと思う。

だから、今の関係だとどうしても辛い。淋しさを感じてしまう。

また一歩彼女から遠ざかろうとしている。

今は動くときではない。

しばらく静観していよう。

彼女への想いが変化した。
メールが来なかったり、電話が来なかったりといったつまらないことでは怒らなくなった。

何が変わったのか?

それは彼女への信頼だ。

今まで心のどこかに、彼女にとって俺は必要ではないのでは?とか、俺以外の誰かでもいいのでは?と思う疑念が心にあった。

それが一番辛かったし、距離を感じる原因であった。

でも、あれだけ突き放したのに彼女は僕を求めてくれた。

僕から離れないと言ってくれた。

それが心から嬉しかった。

もう、僕は彼女を疑うことは今後したくない。

本当に大事な人なのだから全力をかけて幸せにしたい。

それが今の本当の思いです。
彼女と別れることはなかった。

コミニケーション不足で溜まったイライラが喧嘩のもとになったというとこだろう。

彼女に感じてたストレスや疑問・不満を解消することができて良かったのかもしれない。

彼女にも俺の思いが分かったのではないか?



ただ、今になって思うことは僕が彼女を信頼できていなかったということ↓

話してみたら彼女は彼女なりの理由があった。

それなりに俺のことは考えていた。

それなのに勝手に思い込みから彼女を傷つけてしまった。

いきなり彼女に怒ってしまったことは反省すべき。


そして、自分が信頼されるためにはあいつをもっと信頼しなければならないだろう。

社会人と学生で生活が違う。あいつのほうが忙しいのは当たり前だ。

そのことは当然考慮にいれて俺は彼女をサポートしなければならない。


今回の件で少し彼女に対する考え方が変わった。

同時に俺も少し、成長した(しなければならない。)


やはりあの娘と一緒に居ると幸せだし、あいつが好きなことには間違いない。

あいつを幸せにしたい。だから頑張ろう!!
今日彼女に別れを告げる。避けられはしないいつか通る道だ。

彼女に再会する前も、再会した後もずっと距離を感じていた。

楽しいときもあったのでいつかは距離も乗り越えられるのでは無いかと思ってた。
でも、この間のメールから他人行儀な感じを受けて悟った。
彼女を追いかけても幸せにはなれないだろうと。

彼女が一緒に居るとき僕のことを考えてないのは常に感じてた。
仕事があるにしても、例え休日の前でもいつも別のことばかり彼女は考えて僕と向き合うことは無かった。

僕が彼女を好きな理由はあの公園のベンチにあったと思う。別に何のようが無くても離れられなくて一緒に居た時間。彼女のことが知りたくて、自分のことが知ってほしくて。ただ一緒に居たくて寒空の下、二人で寄り添って居た。
時間はあっという間に過ぎ、僕はその一瞬に永遠を求めた。

でも、今の彼女にそれはもう無い。
二人の間には壁しか感じれない。

彼女にとって僕の魅力が無くなってしまったのかも、知れない。
他に好きな人が居るのかもしれない。
勝手な自分の理想を抱いてた僕がそもそも悪いのかも知れない。

理由はなんであれ、彼女に壁を壊す意志が全く感じられない。

いつも、表面的に受け流して終わる。

もう僕が彼女のそばに居る必要は無いのだろう。その現実を正面から受け入れなければならない時期が来た。

だから、どんなにイヤでも絶対言う。気持ちを伝える。
もうすぐ、彼女との関係も終わるかもしれない。

自ら終わらせようとしているのだ。

あんなに愛したのになぜ?

結局彼女は俺に振り向かない。いくら声をかけても振り向かない。

それなのに上辺だけの付き合いは続いている。

表面を取り繕うような感じ。

それが気持ち悪い。彼女は何かを隠してる感じがするし、そんな彼女からどんどん俺の心も離れて行く。

彼女を嫌いになりたくない。

愛したい。愛されたい。


そう、昔からそうだったように完全に彼女に依存している自分が居る。


彼女も依存しているなら恋人と言うのかもしれないのだが、そうじゃない。

ただ一方的にもたれかかっているだけ。だから寂しいだけ。

もう変な幻想を抱いて彼女と接するのを止めなければいけない。

自分の足で立って誰かを愛したい。誰か自分が幸せに出来る人を幸せにしてあげたい。

だから、僕は彼女から離れよう。

本当に悲しいけど、いつかはこの時が来るのなら今言おう。
Rが東京に帰ってきて、僕はまたRと出会った。

彼女の可愛さで僕の心は狂わされてしまった。

どうしよもなく、恋しくて、逢いたくてたまらない。

でも、そればかり考えて毎日があまり良い日々ではなくなっている。

寂しさから来る堕落は麻薬と一緒だ。

彼女が好きならば、彼女を大切に思う程に自分が充実した日々を過ごさなければならないだろう。

僕は彼女を愛しすぎてしまっている。

とても危ないのは分かっている。

今は目の前の日々だけを考えて過ごしている。
彼女が東京へ帰って来た。

不意な連絡であった。

想いは大きくは変わらないが、心のどこかで4月の気分と今は少しことを感じる。

あのときは去り行く彼女と人生で毎日を過ごしていた。

彼女との関係性の終焉を心の中で強く意識していた。

そのうえでの告白であった。結果はどちらでも良かったのだろう。

ただ彼女が大好きな男の存在を知って欲しかっただけだ。

少し不自然な状況下での恋愛感情。無理矢理な行動。それでよかった。

今は大きく異なる。彼女はどこかに消えてしまうわけではなく手の届く場所に居る。

期限が決まってる訳でもなく、彼女はそこに居続ける。



そしたら、僕の想いは?


まずは彼女を知りたい。変な恋愛感情ではなく落ち着いたいつもどおりの視点

から彼女を見たい。そして彼女にも自分を知って欲しい。


ただ、彼女には他に男性が居るような気がしてならない。

しかしもはや、それは僕の中では大きな問題ではないのかもしれない。

他の男性が居る理由で彼女が僕を拒絶するなら、それまでで、

拒絶しないなら、僕は彼女にそばに居て欲しい。


彼女は僕に取って言葉で表せないほど大事な存在だから。

大事な存在だと思うからそばに居て欲しいのだ。

それが辛い存在であろうとも。

一. 私は常に誠実であり、他の人に喜びを与える存在でありたい。
            その為に、人に優しく己に厳しくなろう。

一.家族、友人、同僚、その他全ての関係する人々に感謝の気持ちを忘れてはならない。

一.家族は人生の中心であり、子供である私は親から学び、親をいたわらなければならない。

一.人の悪いところではなく、良いところを見る。 陰口は避け、人を誉める努力をしよう。

一.失敗を恐れず、成長する機会を逃す事を恐れよう。
           人からの助言は最高の贈り物である事を忘れてはならない。

一.悪い習慣は遠ざけ、良い習慣を身につける努力をしよう。

一.日々の勉学と、文化的な時間を削ってはならない。知識と文化は創造力の種であるからだ。

一.お金よりも時間を大事にしなければならない。お金の価値はその使い方にあるからだ。

一.十年先を考えて行動しよう。若い私にとってこの十年が人生を決めるからだ。

一.一度決めたことはやり抜く決断力を、出来ないことは断る判断力を養いなさい。
十代が終わった。

追い込まれて、追い込まれて、本当に嫌になった十大は先週の日曜日に遂に終わった。



部屋の掃除をした。

四月くらいから溜まっていたプリントも捨てた。



Hの誕生日を祝った。

当日まで何の準備もしてなかった自分が少し嫌になった。



新しいアルバイトは少し上手くなじめていない感があるけど、

どうにかやっていけそうだ。




23才自分が嫌になる瞬間が多くなった様な気もする。

愛想笑いも多くなった。

改めて心から笑える仲間の大切さを切に感じる。




携帯を変えたい。

そろそろ充電も持たないし、気分転換もしたい。




そう、いつの間にか夏になっていた。

ひたすら未来を願い、信じ続けた春を超えて、

木々は若葉を茂らし、桜は散り、もう海にも二回入った。




就活はあきらめ、僕は二年目を選んだ。

今でも自分を強く信じてる。信じる心は忘れていない。





第二の学生生活を迎え

自分は何を見よう。

何を考え、何を感じよう。

塚本恭平という存在をいかに定義するのか。




残りを私は私の為に生きたい。

他の誰の為にでも無く。自分の為に。

ワガママに、強情に。

自分を考え、己を鍛える。




自分の為に生きたいだけだ。
サイクリングに出かけた。

「暇+自分探し+運動不足解消+新しい趣味の発見」の為だ。

自宅を出発して、

旧江戸川を北上して、荒川渡って、日本橋から東京駅行って、本買って

愛宕で少し休んで、東京タワーに行って、月島方面から葛西橋渡って

懐かしの旧我が家と第二葛西小学校を見て、大きかった公園の小ささに驚いて

昔習字を習いに通った旧江戸川沿いを走って、TDL方面から浦安市に入って

自宅に帰ってきた。

サイクリングは楽しい!心地よい筋肉の疲労が良いし、

難しいことを考えなくても済むところが良い!新しい趣味になるかもしれない。

さて、今回の小旅行で自分のあることを発見した。

地図を持たない無計画性だ。

自分的には理由はよく分からないが、それを肯定して出発した。

地図が無い方が、新たな発見があるし楽しそうで自分らしいとでも思ったのだろう。

しかし、実際走ってみると無計画に走る街から新たな発見はそんなに無い。

普通に走ったところで驚くような出会いなど無かったのだ。

自分は方向感覚がいい(と思っている)から、なんとかなるにはなる。

それに自転車は最高ではないが、ハイエンドなモデルだから普通の自転車よりも全然速い。

でも、地図が無ければむやみに彷徨うばかりで、ちっとも目的地に辿り着かない。

速く走ったところで、実際の道は自分の思うように出来ていなかったり、

近道だと思って遠回りをすることが多々あった。

何よりも目的地が無かったのだ。

例え普通の自転車でも、目的地をしっかり決めて、自分の行くべき道を行けば

僕よりもずっと速く目的地にたどり着いただろう。


そう、僕には計画性が無いのだ。


偶然の出会いを期待して行動している。それが良いのだとその時は思っている。

けれども、きちんと計画している人と気付けば大きな差を明けられている。

どんなに自分が優秀だと思っていても、計画の有無は雲泥の差となって結果に繋がる。

僕は天才ではないのだ。


きちんと計画を持って、確実に実行すること。そこに自信過剰を入れずに確実に行うこと。

それが、この前自分に必要だと思った「謙虚」の具体的意味なのかもしれない。