自分は見る用にしか使っていないけれど、アーティストのファンの人たちのXやThreadsを見てると、本当に色んな考えや価値観の人たちがいるんだなと感じらて、それによってすごく感情が揺さぶられることがある。
最近は距離を置いているけど、
普段の日常生活の範囲では、ここまで多くの人たちの様々な意見や考えに触れる機会って自分はそうそうないし、その感情の揺れを感じる度に内観して感情解放をしているのだけど、そこから気付きや学びを得ることが最近たくさんある。
アーティストの意見と違う意見を持った場合、誹謗中傷とかではなくただの自分の気持ちとしてその人が自分の意見を書いてる場合でも、そんなことは書くな、黙ってファンをやめろという人がいる。
アーティストと自分が同じ意見の場合と違う意見の場合。
私は今まで色んな人のファンになる中で、どっちの気持ちも経験したことがあるから、アーティストを肯定して違う意見を排除したくなる気持ちと、違う意見を言いたくなる気持ち、どっちの立場も分かる。
もちろん自分の中での自分の気持ちが分かるのであって、他の人の気持ちそのままは分からないけれど。
肯定意見の人の中には、本当にそのアーティストと同じ気持ちで、違う意見の人の気持ちが全然分からないっていう場合もあるだろうし、少し違和感は感じつつも肯定している人もいるんじゃないかなと思う。
私が以前ある声優のファンだった時は、その声優と自分を同一化していて、反対意見が自分への批判や攻撃、否定のように感じられた。
そして反対の意見を認めることによって自分が今まで積み上げてきた信念や観念、価値観すべてが崩れるような気がした。
そしてそのような相手を排除してアーティストを守らなきゃ、自分の正しさを守らなきゃという気持ちもあった気がする。
ファンはそのアーティストや曲が好きで、惹かれる理由はそれぞれだと思うけど、当たり前だけど全部が全部その人と同じわけではない。
好きで惹かれていても、それはどうなの?と思うことだってあるし、違う部分だって当然ある。
でも人それぞれ違う部分もあるけど、そのアーティストや曲を好きだという気持ちは同じだと思う。
アーティストをファンより上の存在として置いてる人もいる。確かに才能や魅力は素晴らしいけれど、同じ人間で対等な存在だと思う。
この先アーティストと同じ意見、同じ感覚の人だけがファンに残り、それ以外はファンをやめるとなると、結果的に残るのはそのアーティストのクローンか全肯定の人たちだけになる。
それはアーティストにとって良いことなのか。
色んな意見を認めながら、取り入れるものがあれば取り入れたりして、その都度調整・調和しながら拡大していく方が将来的にプラスになる気がする。
誹謗中傷や傷つけたりする言い方はダメだし、それを書くことで相手がどう感じるかを思いやることは大切だけど、相手の機嫌や反応を気にして自分の気持ちを言えない方が不健全で、人との信頼関係の中で自分の意見を普通に表現できることが健全だと思う。