空想作物 -2ページ目

空想作物

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「………『ムテ』、だと」
「あぁ」どことなく暗い印象を与える笑みを浮かべ、ミヅキは頷いた。「六つの手と書く。意味はまぁ、何となく伝わるか?」
「名前で自らの『異能』を示してるのか?ずいぶんとわかりやすい真似をするな」
 私は視線を背後の少年、ユウに向ける。彼は無明………明かりを消すように暗闇を生み出すから、無明か。
   ユウは肩をすくめ、ぼんやりと虚空を眺めている。目の前のやり取りに、露程の興味も無いらしい。
「名は体を現す、っていうのは俺たちの故郷の言葉でね。名前が付けられることでものの性質が決まるんだ」
   【火】は燃えるから【火】なのではなく、【火】と名付けられたから燃えるということか。
「まあ、その辺俺は詳しいところを知らないんだけどな。俺は門外漢だし、俺たちの世界にはそういった技術は無いもんでな」
   私の言葉に笑うとミヅキは、それよりと口を開いた。「答えを聞かせてくれよ、クロナ。お前さんの仕事は?」
「聞く必要があるのか?お前たちの調査能力がその程度とはさすがに思えないが」
「まあ、お前さんの仕事が俺が思ってるので間違いないとしても。名乗ってもらえたらありがたいね。それが美学ってもんだ」
   私は眉を寄せる。彼らが、美学なんてものを持ち合わせるような兵士だとは思えなかったのだ。
「巻き添えにしないでよね」嫌そうな声に、私は背後に耳だけを向けた。「おかしいのはそいつだけ。任務に遊びを持ち込むのはね………ぶわっ?!」
「っ!?」
   唐突に上がったユウの悲鳴に、私は慌てて振り返った。そして、息を呑む。
   ユウの身体が摘ままれたように宙に浮かび上がったのだ。
   その髪が、ぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。まるで、目に見えない誰かに頭を撫で回されているように。
「や、止めろよ!六手!!」
   ユウの言葉に、私は弾かれたように振り返った。もし今の言葉が確かなら、これはミヅキの仕業ということになる。
「お前は本当に一言多いな」
   名指しされたミヅキは、しかし、その場から動くどころか腰を上げてさえいなかった。ただ嗜虐的な笑みを浮かべると、両手をごそごそと動かしているだけだ。
   ………目に見えない子供を抱き上げ、その頭を撫で回すように。
   まさか。
「だいたい、俺は任務に遊びなんて持ち込まないさ。今は余暇の時間だよ」
「………」
   私は慎重に間合いを計りながら、舌打ちする。………果たして、それになんの意味があるかはともかく。
   ミヅキが、視線を私に移した。
「だから、美学さ。無理矢理聞くような真似は、させないでくれよ?」
   その瞳に浮かぶ友好的な気配の薄さに、私は諦めてため息をついた。


「………クロナ、暗殺者だ」
「ディア、暗殺者助手です」
   名乗りを上げた私たちに、ミヅキは苦笑を浮かべた。
「暗殺者か、全く、そんな仕事が成り立つとはね」
「………?成り立たないのですか?」
   首を傾げたのはディアであった。宝石のような瞳を見開いて、不思議そうに尋ねる。
「どこの世界にもそのような生業の方はいると思っていましたが………」
「金を貰って殺しをやる連中はいたし、軍の中じゃあ俺たちも似たようなもんだが。そいつらは総じて【何でもやる】連中だよ。職業的暗殺者ってのはそうそういないな」
「成る程、暗殺専門というのは稀なのですね」納得したように頷くと、何故かディアは自慢げに胸を張った。「ならばクロナ様も同じくです。暗殺しながら人助けもなさっていますからね」
「………なにそれ、意味わかんない。人殺しと人助けは両立しないでしょ」
   テンションの感じられないユウの言葉に、私は肩をすくめる。人助けをしているつもりはない――少なくとも、暗殺と並べられるほどの頻度ではない。
   そもそも、仕事というのは少なからず人助けの要素を含むものだ。たとえそれが誰かを殺すような仕事でも、殺すことで喜ぶ、助けになる人間がいるからそれは仕事として成り立つのだ。
   人助けというのは、そういうものじゃあないだろう。結果として誰かが救われたからといって、私の仕事にそれを加えることはできない。
   私は単なる暗殺者。詰まりは人殺しなのだから。


「ふうん、成る程。面白いな、アンタは」
「………それはどうも」
   声に驚きが混じるのを、私は止められなかった。ミヅキは軽く笑うと足を投げ出して、その身体から『異能』の気配を消したのだ。
   疑問に目を細めると、ミヅキはひょいと肩をすくめる。
「警戒するなよ。言ったろ?俺は今は任務外だ、別にお前たちをどうこうするつもりはないさ」ミヅキの視線は私を追い越すと、ぼさぼさになった髪を直すユウに向いた。「お前はどうする、ユウ?」
「………興味ない。隊長にも別に呼ばれてないし」
「なんだ、拗ねてるのか?」
   ユウがナイフを投げた。それなりに鋭い一撃を、ミヅキは笑って空中に縫い止める。
   早くて正確な異能だ。恐らく臨戦態勢なら、弓でも容易く止めるだろう。
   私は息を吐いて、腰を下ろす。
「お、信じてくれたか?」
「いいや」明るい声を出すミヅキに、私は首を振る。「だが、ここで争っても勝ち目は無さそうだからな」
   すると、何故かミヅキは吹き出した。それから、腹を抱えて笑い出す。
「………なんだよ」
「いやいや、謙遜するなと思ってさ」涙さえ滲ませながら、ミヅキは声を絞り出した。「あんな動きのできる暗殺者だろ?現実はともかく、全く勝ち目が想定できない何てことはないだろ」
「あんな?」
   単語に引っ掛かるものを感じて、私は首を傾げた。私の戦いを見ていて、それで判断しているというのだろうか。
   彼らが現れてからやった、私の戦いと言えば、恐らくブエネのやつだろうが………あの場にいたとは思えないのだが。
「………覗き見されるへまはしてない。お前は、あの場にいなかったはずだが」
「おっと」ミヅキは眉を寄せる。「口が滑ったかな」
「わざとらしい………遊びすぎだよ、お前」
「そういうなよ、ユウ。一応考えあってのことさ」
   じっとりとしたユウの視線に肩をすくめ、ミヅキは視線を私に移した。その瞳に真剣さを感じ取り、私は思わず身構える。
「取り引きをしよう、クロナ。お前に情報を渡すから、俺の問いに答えてほしい」
「問いだと?」
「あぁ」ミヅキは頷くと、視線を私の腰に移す。正確には、腰にある物に。
   まさか、こいつ。
「質問は単純だ。………その鞄は、なんだ?」


   問いが沈黙を呼んだ。ミヅキは楽しそうに、ユウは面倒くさそうに、ディアは礼儀正しく私の言葉を待っている。
   そして、私は。
「………何故、気にする?」
「その答えが対価でいいのか?」ミヅキは笑いながら肩をすくめる。「聞きたいことがもっとあると思ったが」
   私は舌打ちした。
   面倒な相手だ………力の強弱でなく、冷静なその態度がやりづらい。
「………そっちが出す気だっていう情報はなんだ、それがわからないなら考えるまでもない」
「なんだ、中身がわからないと金を払わないタイプか?フクブクロとかわからないから楽しいだろ」
「………なんだ、それ?」
「あぁ、そうか。いいや、何でもない。………俺は、俺たちの隊長、お前らが『無我』と呼ぶやつの能力を教えてやる」
「………っ!?」
   私は息を呑んだ。それはまた、大盤振る舞いといえる情報だ。
   謎の敵の首魁、その正確な能力を把握できれば、戦いは相当有利になる。
「………お前、いいのかよ勝手なことして」
   ユウが呆れたような声を出した。ミヅキは頷く。
「ああ。あいつからは、好きにしていいって言われてるからな」
「絶対そんな意味じゃないだろ………」
「いいだろ、別に。あの鞄は、それなりに重要なんだからな」
   私は眉を寄せた。
   バグが、重要?
   話によると、既にバグの技術は解析されて、模造されているはずだが。
「それはそれ、これはこれさ。どうだ?悪い話でもないと思うが」
「………………」
「ふふ」黙る私に軽く笑うと、ミヅキは口を開いた。「………『無我』は、記憶の転写能力だ。自分の記憶やなんかを人に植え付け、その強度次第でそいつ自体も『無我』に変えてしまうのさ」
「………ということは………」
「あぁ。………第三位の騎士団。あれはもう、全部『無我』だよ」