歴史系図トリビア
これは楽しい!おもしろい!
そう感じるような歴史上の人物の系図を
紹介していきます
歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。
はい(´Д` )。
今回は足利義昭の系図を書いたら、「鎌倉殿の13人」と「光る君へ」の登場人物たちが押し寄せて来た件について見ていきたいと思います。
足利義昭、ついに大河ドラマ「豊臣兄弟」にも出て来ましたね。
それを記念して改めて系図を書いてみました。
足利義昭は室町幕府の第十五代将軍にして、最後の将軍でもあります。
足利氏の将軍ですので、もちろん有名な足利尊氏や足利義満の血を引いています。
義昭の父は室町幕府第十二代将軍・足利義晴で、母は関白・近衛尚通女・慶寿院です。
足利将軍の御台所と言えば、日野富子など日野家の女性のイメージですが、義昭の母は摂関家の出身でした。
まあどちらも藤原氏なんですけどね(´Д` )。
義昭の兄に非業の死を遂げた室町幕府第十三代将軍・足利義輝がいます。
ちなみに、大河ドラマ「麒麟がくる」でなかなかの存在感を放っていた近衛前久は慶寿院の甥で、義昭の従兄弟に当たります。
実は足利義昭は父系から大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の登場人物たちの血を引いています。
詳しく見ていきましょう(´Д` )。
足利義昭の父方は言うまでもなく足利氏なのですが、実は義昭は北条氏の血も引いています。
北条泰時の娘が足利義氏室となって泰氏を生み、さらに泰時の孫娘(北条時氏女)が泰氏室となって頼氏を生んでいるんです。
さらに、北条義時と姫の前(「鎌倉殿の13人」では比奈)の子である重時の孫娘(北条時茂女)が足利頼氏の子・家時室となって貞氏を生んでいます。
この貞氏の子こそが、室町幕府初代将軍の足利尊氏です。
さらに足利尊氏の正室の赤橋登子は北条重時の玄孫であり、尊氏と登子の子が室町幕府二代将軍の足利義詮となります。
足利将軍家は鎌倉北条氏の血を色濃く引いていたというわけです。
よって、足利義昭は「鎌倉殿の13人」の登場人物のうち、北条時政・義時・泰時・重時そして姫の前(ドラマでは比奈)の子孫ということになります。
さらに北条時政の先妻で義時の母は、「鎌倉殿の13人」の最初の方に出ていた伊東祐親の娘です。
大河ドラマでは一番最初に暗殺者の善児を使っていた人ですね(´Д` )。
義時の祖父が伊東祐親なので、足利義昭もまた伊東祐親の血を引くということになります。
さらにさらに(´Д` )。
北条泰時室で、北条時氏と足利義氏室を生んだのは三浦義村の娘の矢部禅尼(「鎌倉殿の13人」では初)ですので、足利義昭は三浦義澄・三浦義村・矢部禅尼(大河ドラマでは初)の子孫でもあるということになります。
鎌倉北条氏だけでなく、そのライバルだった三浦氏の血も引いているというのはすごいですよね(´Д` )。
次に足利義昭の母系祖先を見ていくと、「光る君へ」の登場人物たちが出てきます。
足利義昭の母・慶寿院の近衛家は、あの藤原道長の子孫の家系です。
藤原道長と嫡妻の源倫子の嫡男・頼通の男系子孫となります。
注目すべきは、頼通の孫・師通の前妻で、忠実の母である藤原全子の血筋です。
全子は藤原道長と次妻の源明子の子・頼宗の孫で、俊家の娘です。
この俊家の母はなんと藤原伊周の娘であり、したがって全子は伊周の曾孫であるということになります。
とすれば必然的に、全子は藤原道隆と高階貴子の玄孫ということになります。
したがって、藤原頼通の孫・師通と全子の息子である藤原忠実の子孫である慶寿院・足利義昭母子は、「光る君へ」の登場人物たちのうち、藤原兼家・道隆・道長・伊周・頼通・頼宗・源雅信・藤原穆子・源倫子・源明子・高階貴子の血を引くということになります。
藤原道長だけでなく、ライバルの伊周や百人一首歌人の高階貴子の子孫でもあるというのはすごいですね(´Д` )。
道長の二人の奥さん、倫子と明子のどちらの血も引くというのもすごいです(´Д` )。
足利義昭の祖先の系図をまとめました。
父方には「鎌倉殿の13人」の人々が、母方には「光る君へ」の人々がいました。
すごい血筋ですね(´Д` )。
思えば、義昭は室町時代の中核を成す室町幕府の足利将軍家に生まれ、父方からは鎌倉時代の鎌倉幕府の事実上の支配者である北条氏の血を引き、母方からは平安時代の摂関政治の覇者である藤原道長の血を引くということになります。
各時代のいわば主役たちの血脈をその身に宿していたのですね(´Д` )。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※系図作成に当たり、以下を参考にしました。
小和田哲男監修『日本史諸家系図人名辞典』講談社、2003
北条氏研究会編『北条氏系譜人名辞典』新人物往来社、平成十三年
木本好信・樋口健太郎『図説 藤原氏 鎌足から道長、戦国へと続く名門の古代・中世』戎光祥出版株式会社、2023







