「大将軍に、オレはなる!」
でおなじみの作品は三国志の時代ではありません。
そこで、ふと気になったんです。
三国志、魏の歴代大将軍って?と。
(呼び名は大将軍とは違うでしょうけど)
三国志の世界において、軍の最高指揮官である「大将軍」の座は、単なる役職以上の意味を持っていました。それは国家の命運を握る「盾」であり、時には玉座を脅かす「刃」でもあったのです。
今回は、魏の建国から滅亡まで、その激動の歴史を支えた(あるいは塗り替えた)歴代の大将軍たちを振り返ります。
1. 黎明期の象徴:夏侯惇
魏が王朝として産声を上げた際、初代大将軍に任命されたのは、曹操の最も古い戦友であり親族でもあった夏侯惇でした。彼は曹丕が帝位に就いた直後にその座に就きましたが、わずか数ヶ月でこの世を去ります。彼の大将軍就任は、これまでの功績を讃えるとともに、曹家と夏侯家の固い結束を象徴するものでした。
2. 曹一族の黄金時代:曹真と曹休
夏侯惇の後、軍権を担ったのは曹氏一族の精鋭たちでした。
曹真は、諸葛亮の北伐を何度も跳ね返した名将として知られ、魏の防衛線を死守しました。同時期に活躍した曹休も、対呉戦線の総司令官として重用されました。この時期までは、軍のトップは「曹一族が握るもの」という原則が守られており、王朝の基盤は盤石に見えました。
3. 転換点:司馬懿の台頭と曹爽の失脚
曹真たちの死後、軍事の主力として浮上したのが司馬懿です。彼は天才的な戦略で諸葛亮や公孫淵を退け、名実ともに軍の重鎮となります。
一方、曹一族の期待を背負った曹爽が大将軍に就任しますが、彼は司馬懿との権力争いに敗れます。「高平陵の変」というクーデターにより、曹爽は処刑。これ以降、魏の実権は曹氏から司馬氏へと決定的に移り変わることになります。
4. 司馬氏の専横:司馬師と司馬昭
ここからの大将軍職は、もはや「皇帝への忠誠」ではなく「禅譲への階段」へと変質します。
司馬懿の息子である司馬師は、反対勢力を徹底的に排除し、皇帝を廃立するほどの権力を振るいました。その弟である司馬昭の時代には、蜀を滅ぼすという悲願を達成し、その権威は皇帝を完全に凌駕しました。「司馬昭の野心は誰もが知っている」と揶揄されるほど、その支配は露骨なものとなっていきます。
5. 終焉:司馬炎と魏の滅亡
魏の最後の大将軍となったのは、司馬昭の息子である司馬炎です。彼は父の築いた圧倒的な基盤を引き継ぎ、大将軍、そして晋王へと昇りつめます。
265年、司馬炎はついに魏の最後の皇帝・曹奐に退位を迫り、自ら「晋」を建国。ここに、曹操から始まった魏の歴史は幕を閉じ、大将軍というポストは新たな王朝の礎として機能し終えたのでした。
まとめ
魏の大将軍の歴史は、そのまま「曹氏から司馬氏への権力移譲の歴史」でもありました。最初は一族を守るための矛であったこの役職が、最後には王朝を終わらせるための鍵となったのは、歴史の皮肉と言えるかもしれません。