いつもブログにて芥川龍之介について語っている私であるが実は恥ずかしながら彼の作品を読んだ数は少ない。それは、なぜかというと私が好きな作品は晩年特に自殺されつ、昭和2年から大正14年に書かれた作品ばかりを読んでいたからである。しかし、今年学部二年生を迎え、教授らの自分の好きなことができる最後の年という言葉を受け、芥川研究に本腰を入れ始め、晩年以外の作品も読み出した次第である。そうして、いろいろな作品を読み出した私であるが今日トロッコと言う作品を読んだ。これは、児童向けに書かれた作品であるので非常に読みやすい作品である。では、この作品の感想、感じたことを書いていこう。

 まず第一にトロッコが書かれたのは大正十一年比較的彼の体調が良かった時期である。彼の晩年作品に登場するような”死”と言うワードは一切登場せず、晩年作品ばかりを読んでいた私にしてみれば同じ人が書いた小説かと疑ってしまうような内容である。

しかし、この作品にも芥川らしいすばらしい文章の描き方はいくつも存在していた。トロッコにはじめて少年らが乗ったシーンで走っているトロッコから見える景色を2つに分かれるようにと描いていたところに私の関心入った。勢いのある景色を見ている少年らの目線で2つに分かれるようにというのは、非常によい描き方であると私は感心してしまった。そして、話は飛び最後の良平が泣きながら自分の村へ帰る箇所である。ここのおいて、芥川は非常にそのときの子供の心をうまく描き出していると思った。晩年の苦しみの作品ばかり読んできた私にしてみたら非常に画期的に見えた。どんなことにでも言えるが、一箇所ばかり見つめていると見えないもんが、すこし遠くから見てみるとちがったものが見えてくるということをつくずく実感することができた。

 話はこちらに事情により(2)の方へ写ることとする。(2)では、トロッコから私が考えた考察を述べたいと思う。