皆さんは、「満州事変」と呼ばれる、日本の中国東北部内蒙古への武力戦争を知っていますか❓

 

 

 

 

 

 

中国東北部は旧地域名で、「満州」と呼ばれていました。

 

 

 

 

現在の遼寧(りょうねい)省吉林省黒竜江省3省を中心とする地域です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満州」の名称の由来を、一般的な辞書は次のように説明しています。

 

 

 

 

中国東北部は10世紀以来、ジュシェンと自称する女真人(じょしんじん)の居住地であり、金王朝・清王朝はこの地から興った。満州の名は、清王朝の建国とともにそれまで自称していたジュシェンをやめてマンジュと称することと定めたのに始まり、それ以後この地域を満州と呼ぶことが一般化した。」

 

 

 

 

 

 

内蒙古内モンゴル)は、現在の中国内モンゴル自治区にあたります。

 

 

 

 

内蒙古があるということは、外蒙古もあるということですが、中国清朝滅亡の前年の1911(明治44)年、現在のモンゴル国にあたる外蒙古外モンゴル)が独立し、その後ンゴル人民共和国が誕生しています。

 

 

 

 

 

 

大学の入試問題で、この「満州事変」を扱った出題がありました。

 

 

 

 

満州事変が起こった時に、多くの日本国民はこの戦争を支持しています。日本国民が戦争を支持した理由として、戦争による景気回復を期待したということがあった。満州事変が起きたころの日本国内の景気の動向について説明しなさい。」

 

 

 

 

というものでした😊

 

 

 

 

 

 

まず、「満州事変」とは一体どのような戦争であり、なぜ起こったのか❓について触れなければなりません。

 

 

 

 

満州事変」は1931(昭和6)年9月18日に発生した柳条湖(りゅうじょうこ)事件を発端として、狭義には1933(昭和8)年5月31日に中国河北省の塘沽(タンクー)で調印された日本・中国両軍による停戦協定である塘沽停戦協定までをさします。

 

 

 

 

 

広義には日中戦争の始まりである、1937(昭和12)年7月7日盧溝橋(ろこうきょう)事件までをさしています。

 

 

 

 

この満州事変から1945(昭和20)年アジア・太平洋戦争終結に至る足かけ15年間にわたる戦争を総称して、十五年戦争と呼ぶことがあります。

 

 

 

 

 

この十五年戦争を学ぶ際に参考となる書籍があります😊

 

 

 

 

少し古いですが…

 

 

 

 

 

江口圭一 『十五年戦争小史 新版』 青木書店 1991年」

 

 

 

 

 

よく知られた大変な名著が参考になります

 

 

 

 

 

 

1904(明治37)年2月、日本は強国ロシアと国家と国民の命運をかけた戦いを展開します。

 

 

 

 

日露戦争です。

 

 

 

 

日露講和条約であるポーツマス条約賠償金が得られなかったため、増税に耐えて戦争を支えてきた日本国民には大きな不満が残りましたが、それでも「遼寧省の南に位置する旅順・大連の租借(そしゃく:他国の領土の一部を一定期間借りること)権と長春・旅順間の鉄道およびその付属の権利の譲渡」をロシアに認めさせることに成功し、日本はついに中国大陸(満州の南部)に拠点を築くことになりました。

 

 

 

 

日本は日露戦争後、ポーツマス条約で獲得した鉄道・炭鉱などの付属事業を経営するため、1906(明治39)年南満州鉄道株式会社大連に設立します。

 

 

 

 

しかし、日本がロシアから継承したこれらの利益は、1920年代~1930年代には期限が切れることになっていました。

 

 

 

 

そこで日本は、1914(大正3)年に起こった第一次世界大戦を最大限に利用することになります。

 

 

 

 

つまり、欧米列強国がヨーロッパでの戦争に全力を注ぎこんでいる間に、南満州の権益の期限を大幅に延長してその安定化をはかり、中国での勢力の拡大をはかるべく、当時の日本の内閣である大隈重信内閣は、中国袁世凱(えんせいがい)政権に対し、「二十一か条の要求」を突き付けるのです。

 

 

 

 

日本は中国に「二十一か条の要求」で、「旅順・大連の租借期限および南満州の鉄道権益の期限の99ヵ年延長、南満州や内蒙古の東部の鉱山の権益」などを認めさせます。

 

 

 

 

日本は、ポーツマス条約二十一か条の要求などにより中国東北地方の南部(=南満州)を勢力範囲に収め、これらの勢力範囲を「満州特殊権益」と称していました。

 

 

 

 

 

しかし、1920年代、日本にとっての大きな利益となる「満州特殊権益」が奪われかねない動きが中国で起こることになります。

 

 

 

 

1920年代中国情勢とは、一体どのようなものだったのでしょうか❓

 

 

 

 

この重要な動きは、次回にしたいと思います。