平安時代にあたる、世紀末~10世紀の時代を授業で扱っておりますと、教科書で次のような歴史事項に触れることになります。

 

 

10世紀後半には、土着した国司の子孫が…」

土着した国司の子孫は、勢力を維持・拡大するために武装する…」

 

という具合です。ちなみに前回のお話で出てまいりました平将門も、土着した国司の子孫になります。

 

土着(どちゃく)」とは、その土地に住み着くこと、を意味します。

 

 

以前に高校生から、次のような質問を受けたことがあります。

 

「先生国司と言えば、貴族ですよね?尊い身分で、本来なら大都会の平安京を離れることだって嫌がったはずなのに、どうして国司としての任期が終了したのちも、都に戻らず田舎で暮らすのですか❓」と。

 

 

いい質問です。なかなかの難問です。難関大学入試レベルの思考力が必要とされるはずです。

 

教科書等には、この難問に対する解答が、次のように掲げられております。

 

摂関(せっかん:摂政・関白のこと)は、叙位(じょい:位階の授与)・除目(じもく:官職の任命)に大きな権限を持っており、官吏(かんり:役人のこと)を推薦する権利を有していた。この時代、摂関などの上級貴族に権力が集中し、上級貴族以外は地方の国司となって富を蓄積する道を選ぶ者もあり、国司を希望する者からの貢納物で、摂関には莫大な富が集中した。」という記述です。

 

要するに、「中央政界では偉くなれないので、国司となって地方で活躍しようとする人たちがいた。」ということになります。

 

 

私はこの質問をさらに深めるため、「川尻秋生『平安京遷都』シリーズ日本古代史⑤岩波新書 2011年」を参考にして、高校生に次のような説明をしております。

 

まず、国司について簡単に説明させていただきます。

 

国司は都から派遣される地方官(今の知事にあたる)です。国司の人数は、国(今の都道府県にあたる)の等級によっても異なりますが、おおよそ4人います。

その4人のうち、一番位が高い国司を「守(かみ)」といい、この国司貴族であることが多かったのです。

 

次に貴族について、簡単に説明させていただきます。

 

律令(りつりょう:古代国家の基本法)の「」によれば、位階は全部で30あります。

そのうち「5位」以上を貴族と呼びます。身分的・政治的・経済的に特権を持つ集団でした。

 

 

4人いる国司の中で、一番位が高い国司であるが、4年の任期を終えても華やかな都に帰ろうとしない…。どういうことなのでしょうか?

 

国司は任期が終了すると、新しく任命された国司との間で、交代事務を行う必要がありました。新しい国司が、前任の国司の任期中の仕事ぶりを審査するのです。

 

前任国司の業務内容に問題がない場合、新任国司は前任国司に対し、「解由状(げゆじょう)」と呼ばれる事務完了の証明書を発行します。前任国司解由状太政官(だいじょうかん:最高国家機関のこと)に提出することで、次の職に就くことができたのです。

 

しかし ここに大きな問題があったのです。

 

国司の交替事務が完了したとしても、摂関家藤原氏)などの上級貴族との「深いつながり」がなければ、長い順番待ちを強いられ、なかなか次の職に就けない…

いや、都に帰っても次の職に就けるかわからない…

そうなのです。国司は、貴族貴族でも、「下級貴族」だったのです。

 

そうであれば、このまま田舎に住み着いて、自分の高い身分を利用して生きていこうと考えるようになったと言われています。

 

国司は確かに貴族ですが、都に帰れば自分より身分の高い人は大勢いたのです

しかし田舎であれば、自分より高い身分の人はいません

 

地方の有力者の娘と婚姻関係を結び、地方の有力者との結びつきを強めることにより勢力を拡大していきます。

そして、土着した国司が中心となり武力集団を形成し、やがて武士団に成長していくのです。

 

尊い身分である貴族。しかし中央政界では、それほど身分が高いわけではない…。

そのジレンマを抱えた国司である貴族が選んだ道の1つが、派遣された国に土着して勢力を拡大する、ということだったのです。

 

私は授業で高校生に、「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」の例えで考えさせております。

 

鶏口牛後」の意味は、大きな組織の末端にいるよりは、小さな組織でもいいから、そのトップに立つほうが良い、ということです。国語の漢文の授業などでも扱われたりします。

 

 

高校生の皆さんなら、どちらの道を選択しますかと。

 

都に帰って、自分よりも身分が高い上級貴族の顔色を窺いながら生きる道を選ぶのか

 

田舎ではあるけれど、自分の高い身分を利用して、地方で権力者になるか

 

読者の皆様は、下級貴族の生き方について、どのようにお考えになりますか?