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前回は難解な歌の謎を解こうということで、ずいぶんややこしい展開になりましたが💦

今回は前回解き明かした殯の儀礼をふまえて、第２首から第４首まで一気に行きたいと思います。

まず第２首の直前から「古事記」の原文を読み下し文であげてみます。

是ｺｺに八尋白智鳥ﾔﾋﾛｼﾛﾁﾄﾞﾘになりて天ｱﾒに翔ｶｹりて濱に向きて飛び行ｲでましき。爾ｺｺに其の后及御子等、其の小竹ｼﾉの苅杙ｶﾘｸｲに、足䠊ｷり破れども、其の痛きを忘れて哭ﾅきて追ひたまひき。此の時に歌曰ひたまひしく、

浅小竹原ｱｻｼﾞﾉﾊﾗ　腰なづむ　

空は行かず　足よ行くな

小笹の原は笹が腰にまつわりついて進めない。でも空を行けないから足で進むよ。

とうたひたまひき。

「日本書紀」によると大津皇子が謀反の罪で死を賜った時、妃の山辺皇女(天智皇女)は

被髪徒跣、奔赴殉焉、見者皆歔欷

（髪を振り乱して裸足で走り、殉死した。それを見た者は皆嘆き悲しんだ ; 訳Wikipediaより）

と伝えられていますが、ここはまるで山辺皇女の姿を彷彿とさせます。

ここの「足䠊ｷり破れども」については

「日本書紀」の大化２年３月の条に、死者のために髪を切ったり、股を刺したりすることを禁止する命令が出されていて

それまでは、こういった自傷行為が殯で行われていたことだと確認することができます。

ここの歌は、葬送歌説では死者の魂が空を行く（かむあがり=神上がり=亡くなること）という概念があり、遺族たちがそれを呼び戻そうと追ってゆく苦難の気持ちだといわれています。

この歌の「腰なづむ」は「腰にまとわりついて難渋する」
「足よ」は「足により」つまり「足によって」
「行くな」の「な」は詠嘆の助詞ですから「行くことよなあ」という意味です。

これを訳すと
「丈の低い小竹の原を行けば腰をとられて進みにくい。私たちは空を飛べない。足で行くしかないのだなあ」となります。

大化の禁止令をふまえると、殯宮ではおそらくこういう歌を歌いながら、足を斬ったりすることが行われていたと推測できます。

ところがこの歌だけでは、足が切れて血をにじませながら、白鳥を追うイメージはありません。

地の文に「足䠊り破れども」とあるからわかるのです。

つまりヤマトタケル伝承を書いた「古事記」の編纂者が、これを「足䠊り破れ」を表していると書いているのです。

民謡説ではこれをもって、葬送歌説を批判するわけですが(^^;)

反面この４首の歌には

追うことに難渋する。

海の方へ向かっている。

といった連続性も指摘されています。

今井昌子さんの論をお借りすると

(『「大御葬歌」試論』より段落わけは水無瀬)

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　今みたように物語と歌詞との問にみられる矛盾という視点から考えると、たしかに四首は独立歌謡であったとみるべきであるが、四首はバラバラの個別の歌ではなく内容において連続していると考えた方がよい。

どのように連続しているのかは、発想や形式面においても、連続性や一貫性を取り出すことができる。それらに関してはすでに指摘されていることがらである。

神野志隆光氏が四首に共通したモチーフ「行きなづむ」の存在を指摘されたのを受け、

さらに居駒永幸氏が四首に共通した表現形式として「場所十なづむ」を提示し、

四首に歌い込まれている「なづきの田」「浅小竹原」「海処」「磯」がそれぞれ境界の場所であり、

「人々はうたによって死者が他界へ去ることを確かめるのである。そのことがおそらく、死者の鎮魂を意味したのである」という見解を示されたのは卓見といえよう。　　　　　　　　　

今井さんはこのあと、ポリネシアの葬送歌を引用されて、難渋しているのは遺族ではなく死者の霊ではないかといわれるのですが、

それですと霊が空を飛ぶことができず、浅小竹原を進むということになります。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

この歌の主語が、霊か遺族かはともかく

連続性を考えると

「大御葬の歌」がまず４首で存在し、それにそってこの伝承が語られていて、
空を行く死者の魂とヤマトタケルの白鳥のイメージを重ね合わせて造られた話だという事ができます。

次に第３首目は

又其の海鹽ｳｼｵに入りて、なづみ行きましし時、歌曰ｳﾀひたまひしく、

海處ｳﾐｶﾞ行けば　腰なづむ　大河原の植ゑ草　海處ｳﾐｶﾞはいさよふ

とうたひたまひき。

と今度は海水に浸かって進みにくいさまが歌われます。

ここの「大河原」は「海原」のように大きい川の水面をさし、そこに植わっている水草から「いさよふ」を導き出す、序詞の役割をしています。

ですからこの歌の意味は
「海を行けば波に腰をとられて進みにくい。大きい川に漂う水草のように私たちは海では流されながら進むのです。」ということになります。

ここは死者の魂がいよいよ海の近くにいることを示しています。

海の向こうには沖縄のニライカナイや、

出雲神話の常世の国がありました。

そして最後の歌になります。

又飛びて其の礒ｲｿに居る時、歌曰ひたまひしく、

濱つ千鳥　濱よは行かず　磯伝ふ
濱つ千鳥は浜を行かずに、磯を伝っていくよ。

とうたひたまひき。

そうです。海へ向かった死者の魂はついに「磯」に来たのです。
この磯こそが「脳ﾅﾂﾞｷの磯」です。もうそこは黄泉ﾖﾐに隣接したこの世とあの世の境でした。

さて、今井さんの論じられたのは、この歌の主人公は死者の霊ではないかということで、浜つ千鳥は異界に行きかねて「海處はいさよふ」ということになります。

けれども従来説では、

古代において鳥は死者の霊魂を運ぶと考えられ、例えば福岡県の装飾古墳の珍敷塚ﾒﾂﾞﾗｼﾂﾞｶ古墳や鳥船古墳の壁画には、船の舳先に鳥がいて、霊魂を海の彼方に連れていくのが鳥だと考えられていたといいます。

鳥船古墳壁画と珍敷塚古墳壁画(うきは市HPより)

また全国各地から出土の鳥形埴輪は、形象埴輪としては最も早くも前期に出現するのですが、それほど葬礼には鳥が欠かせないものであるのですが、

あちこちの鳥形埴輪

死者の魂が鳥に導かれたり、また鳥になるものであれば、飛べずに「いさよふ」鳥では、

その意味があるのかとも思えます。

やはり歌っているのは浜つ千鳥を追っている方の人で、死者の霊ではないように思うので、ここは従来どおり霊魂が化した鳥を遺族が追うさまだとする方がよいでしょう。

寺川真知夫氏は「天皇の大御葬に歌う歌」で

葬送の列にこのような大きな烏形を捧げる者が参加し、それは最終的に古墳に設けられた鳥居状のものに据え付けられた時期があったのではないかと思われる。そうして、ここにみてきた後の三首の歌謡は、葬列に加わっている霊魂を象徴する鳥型木製品、特に大型の鳥形を追跡する所作にかかわって歌われたのではないかと考えることができる。

と、葬礼と鳥形埴輪について考察されています。

足を傷つけながら、また海の水に浸かって、満身創痍で追い求めた死者の魂は、ついに手の届かない世界に行ってしまう···

これが白鳥伝説の本当の意味だったのです。

守屋俊彦氏も指摘されておられますが、能褒野から大和や河内に向かう道としては、磯が出てくるのはいかにも不自然な話です。

それをあえて物語として伝えているのは、この物語によって「大御葬の歌」が始まったのではなく、

「大御葬の歌」をもとにしてこの物語が作られているからだと考えられます。

そして物語で語られる行為が、このように葬礼と深くかかわるのであれば、やはり大御葬歌はもともと殯宮で歌われていた葬送歌であったと考えられるでしょう。

「磯=礒」は魂を呼び返す儀礼の限界を告げる場所でした。

「なづきの磯」は彼岸に飛び逝く魂への最後の呼びかけの場であり、
また死者とそれを追う人々の、永遠の別れの場であったのです。

さて、「古事記」のヤマトタケルの白鳥伝説では、この後に河内の志紀に陵墓が作られたと見えますから、ここまでは殯宮の話になります。
ところがこのように「田」から「磯」へ殯宮が移動することは文献にも見えません。

そこで注目されるのは前に述べた天若日子の死に際して、
「日八日夜八夜を遊びき」と見えることです。
ヤマトヲグナ考でありましたが、「遊ぶ」というのは「歌舞による神事」です。
そうすると大御葬でこの４首の歌が歌われるという事は、「遊ぶ」という記述に一致します。おそらくこの神事は一種の歌舞を伴う演劇であったでしょう。

非常に古い時代であれば、死者を見送るために、殯は「田」から「磯」へと本当に移動していたかもしれません。

けれども、やがてそれが儀礼として定着すると、実際の移動は省略され、殯宮一ヶ所で取り持たれるようになります。そうするとその記憶や思想のみが残って、
あたかも殯の場を移すかのように、魂を追う様子が葬礼の専門の巫女たちによって、歌われ演じられるようになったと考えられます。

そしてその場には遺族も参加したのではないでしょうか。

日本の古典芸能の中でも、とりわけ古い形を残しているのが「能楽」です。

能の大部分は複式夢幻能といい、死者か神が「シテ=主人公」です。
それに対して現実の世界の人間は「ワキ」ですが、彼らのほとんどが神職か僧で、観客はワキの眼を通して、霊であるシテを見ています。
「シテ」が神ならば神職の前で神威を表して祝福しますが、
死者の場合は僧によって弔われ成仏します。

その能の特徴に「地謡」というものがあり、舞台の右手奥に６～１０人ぐらいが並び座って謡を歌います。風景を歌うこともありますが、舞の間、主人公の気持ちを謡ったり
主人公のセリフも途中から地謡が歌ってしまったりするので、
オペラのように自分のセリフを朗々と歌ってくれるといいのですが、どこからどこまでが登場人物のセリフなのか、慣れないとなかなかわかりにくいです(;^_^A

わたしはこの４首の歌は、殯の場における神人たちの「遊び」、歌舞による演劇の「地謡」であると思います。

ですから、能ももともとは神人の「遊び」がベースになっていて、同じような形式を伝えていると思うのです。

殯宮で行われた神人による演劇の「地謡」、これが「大御葬の歌」の原像であったと言えると思います。

次回は大御葬歌という葬送歌が、ヤマトタケルにとりいれられた意味を考えてみたいと思います。

次回もどうぞご訪問くださいませ。

続ヤマトタケル 大御葬歌考３「田」から「磯」へ･･･

続ヤマトタケル　大御葬歌考３「田」から「磯」へ･･･