さて、大奥を語るには、まず江戸城から…
江戸城の規模だが、本丸 四万七千三百坪、二丸 一万千百坪、三丸
六千四百八十坪、西丸 二万五千坪、紅葉山 二万坪、吹上御苑 十万
八千八百坪…
これだけの厖大な敷地内に、本丸大奥に二百五十余人、西丸大奥に百二、三十人
の女中が暮らしている。
江戸城の殿舎は、表と大奥に大別されていて、、その表は、さらに表向御殿と中奥に
分けられている。
表向御殿とは、幕府の政庁、中奥は、将軍家が一年の大半を過ごす官邸となっており、
表には女性は一名も住んではいない。
大奥女中の職名序列としては、
上﨟…御台所の側近にいて何小路等と生家の名字を名乗っている。御台所が将軍家に
京の御所から降嫁された時に多くの公家の息女が付き添ってきて、この職に就いた
ためである。上﨟は、身分は最高だが、何の権力も持っていない。いわば床の間の
飾りである。
ちなみに、吉原等の女郎は、この上﨟が訛ったものであるという説がある。