「今からうちを出るよ」
近くに住む父から電話があると、
お正月のお飾りを手にして、節分祭が執り行われている氏神様に歩いて向かう。
父と私の二人だけの節分の日の恒例行事となったのは、私が40代半ばになった頃だったと思う。
父の暮らす実家と私の家のちょうど中間地点に、氏神様は位置していて、互いに歩いて10分程の神社の西側で待ち合わせ。
これもお決まりの約束だった。
小さな神社ならではの
アットホームな感じが持ち味で、拝殿の横に設置してあるテントの中では、
地域のボランティアの方達が手作りの
豆茶やぜんざいをふるまってくださっている。
暖を取るためのストーブが
心まで温めてくれるような、ボランティアのおばあちゃん達の優しい笑顔が溢れている場所。
参拝が終わると
そのテントの中で
父と私は横に並んで座って
豆茶とぜんざいを頂いた。
長細い折りたたみテーブルの中央には
黄色い沢庵が盛られた皿がある。
豆茶を飲み干した私の紙コップの中に、
父が菜箸でその沢庵を三枚ほど、がさつに、
でも優しく入れてくれる。
「美味しいなあ、あったまるのう」
口数の少ない老いた父が染々と言う。
「美味しいねえ
今年もお父さんと一緒に来れてよかったあ」
と、そんな会話をした。
食べ終わると、また別々の方向へと歩いて帰る。
年に一度だけの
ちょっとよそゆきで
優しい父に出会える特別で幸せな日。
今年も節分祭に参拝もしない私を
空の上から父は叱っているだろうか。
父が他界して四度目の節分が来たが
今年もやっぱり行かなかった。
ひとりきりでは行きたくないよ、
ごめんね、お父さん。
余談のひとこと
釣り好きだった父。
釣った魚が食卓に上がると、
父は自慢話をしながら
焼き魚の身をほぐして私のごはんの上によそってくれていた。
沢庵を紙コップに取ってくれた時と同じように。
