彼女については書くこと書いたかな?と思っていたのですがここから先はカウンセリングやTwitterでのメッセージやスペースで色んな人とのやり取りを経た上で更に感じたことを書いていきます。


既に書いてありますが真美は恋愛感情という括りでは私の中で大きなウェイトを占めているわけではありません。というかほとんど恋愛感情はありませんでした。実際、真美と遊んだりしてる時に彼女がいた時期もありましたし、恋愛感情的な高まり度でいうと他の思い出の方が遥かに衝撃があります。

それでも今までの人生を考えて楽しかったこと、美しかったこと或いは後悔はなんだろう?

そう考えた時に真っ先に出てくるのは彼女なんです。

高校生の時の私は本当に精神的にしんどい状況でした。そもそものベースはムチと過剰な自己犠牲を求めるJWの教えにより抱えていた消えてしまいたいたいう希死念慮。そこに加えてそれまで締め付けてきた母親がいなくなったことへの安堵とそう思ってしまう自分への忌避感がありました。

それでも一番大変なのは母が不倫したわけですが再構築を選択し、にも関わらず僅か1年ちょっとで急に何の心構えもなく妻を亡くしてしまい、子供たちのために睡眠薬を飲みながら家事と仕事を頑張っている父親であり、また小学生でありながら救急車を呼ぶ発想がでずに事故の通報を会衆の姉妹にしなければいけなかった、そして末期の言葉となった「痛い…」という言葉を聞いてしまった弟や妹たちだな…という思いがありました。
どこまでも自己不在というかJWの求める積極的な(笑)ものではないけど自己犠牲というかでしか物を、自分を考えられなかったんです。

当然の事だと思いますが時折学校に行けない日がありました。あまりに訳のわからない悲しみや絶望に襲われて外に出れずに単位的に問題がない日であれば休むことが何日かありましたし、丸一日でなくとも通学途中に電車を降りて海を見たり空を見たりチェーンのカフェに寄ったりすることもありました。
そういう時に思うのはこのまま海に入って消えてしまいたい、空に溶けてしまいたい、という気持ちや通学途中の雑踏の中で自分は独りなんだな…でも沢山の人が行き交う中で個人として認識されず何も要求されないのは好きだな。という気持ちでした。
そしてその後に強烈な寂寥感に襲われるわけですが、その時に誰に連絡したいかとなると…

付き合っていた彼女でも、他に良い感じに遊んでた女の子でも、もちろん親や会衆の兄弟姉妹であるわけではなく、真美だったんです。

自分でも恋愛感情のない相手に何でそれをしたいと思ってるのか当時から今までずっと不思議でしたし、普通はそういう相手だったら恋人にしたいと思うのかな?と考えていました。
それが最近あくまでネット上でのやりとりでしかないですがそれでも出会えた人達との会話で何となくわかった気がしました。

その理由は彼女が私に自己犠牲を求めてこなかったからだと思います。あくまで私に会いたいのは真美がそうしたい!と思った時でありそこには私のためだから!あなたの最善の福祉のためだから!という押し付けはありません。寂しさなのか、ただの暇潰しなのかわかりませんがただ会うだけでその後何をするかはそれぞれが自分のその時に何がしたいという純粋な気持ちだけなんです。
もちろんJWのなかにも純粋に心配してくれる人はいると思いますがその根底にあるのは「自分が人に優しく誠実にしていれば相手も神の愛を感じてくれてJWになってくれるかもしれないしそうできたら私は神から見て愛される人となれる」という思想だと思います。
それ自体を否定するつもりはありませんが、私の体験上それが相手に通用しないと極端な話、「神の愛を感じない不届き者」となるケースが多いように思います。

それに付き合っている彼女だとどうしてもここでこう言わないと不機嫌になるかなとか定期的に連絡しないと気持ちを試してきたりするので、忖度しないとなかなか続かないと思いますが真美にはそういう 関係を続けるための努力 がいらなかった=自然体でいられた。というのもあると思います。

またこれは少し不誠実な面になるのかもしれませんが…お互いに人には言えない、でも誰かに助けてほしい!そういう過去や現実があるからこそできる傷を舐め合えるある意味対等な境遇であることも無関係とは言えないでしょう。

これらを踏まえて、お互いが時間や場所を求めることはあるけれど無理はしない、でも気遣い合える関係。相手の為に無理をした笑顔やわかったふりをしないでいられる関係。男女の関係を越えた友情、もっと大きく言えば無垢な愛情を感じられたのが真美といる時だったという事になると思います。そしてそのお陰でその美しい愛を「私が」実感できた!その一点で何とかやってこれたんだと思います。

だからこそ一度だけ人生のある時点に帰ることができるとするなら、真美が自分に打ち明けてくれた生きるために性的に搾取されてた事を告白してくれた時に戻りたい。真美と同じかもっとひどい性的虐待を受けていた人が言っていた「自分が相手からそういう話を聞いたときは話すのに勇気がいることを話してくれてありがとう。話してくれるくらい信じてくれて嬉しい。のようなことを伝えたい」それができていたか、出来ていなかったらそれを伝えたい。その上で自分の身の上の話を伝えたいですし、何よりそのお陰で何とかやっていける宝物のような思い出をくれてありがとうと伝えたいと思いました。