母の認知症が進行しているようで
先日は通帳が見つからないと一騒動。

父は「そんな大事なもの、いつもしまうところを決めていないからだ」と攻め立てる。
大事なものだから、しまい込みすぎて思い出せないだけなんじゃないかと思う。

「おかしいなー、おかしいなー」と言いながら、同じ引き出しを何度も開け、同じバッグを何度もひっくり返す。

見ていると切なくなる。
家族の中で誰よりも記憶力の良かった母だったのに。
私の小学校の友達の誕生日までしっかり覚えている母だったのに。

眠る前に母に想いを飛ばす。
眠る母を光で包み、傷ついた心や身体を癒す。
そうやっていつの間にか眠る。


そんな日々を過ごしていたら
私も大事なものが見つからなくなった。
おかしい、ないはずはないのに、
どうして? どうして見つからない。
何度探しても、どこを探しても出てこない。
誰かに渡したような気もするけど、すっぽり記憶が抜け落ち、思い出せない。

目を閉じて、心を沈めて、深呼吸して、メッセージに耳を傾けるけど
何も聞こえてこない。

しばらくは、そのうち出てくるさと高をくくっていたけれど
「どうせ自分の創造した世界なんだから」と平気なふりをしていたけれど
いよいよ、焦りを感じ始めてきた。
困った・・・・・・。

母の姿を思い出す。
「おかしいなー、おかしいなー」
まったく今の自分と同じ。笑える。

ちなみに母の通帳は数日前に見つかったと連絡があった。
私の探しものも、もう少しかくれんぼかな。



時間があるときにやればいいのに、時間がないときにやりたくなる模様替え。

溜まっていた本を一斉処分。
後輩が読みそうなものとブックオフに持っていくものと、廃品回収用に分ける。
シャーリー・マクレーンのシリーズとバシャールを代表とするVOICEの本は未だに捨てられない。

模様替えあるある。
写真に見入る、これは数分で中断した。
手紙を読み返す、いやいや、これもやめておこう。
お気に入りの本をめくる、これがブレーキがかからなかった。

「ニュー・メタフィジックス」1991年初版、ダリル・アンカ若い・・・。
あの頃はさっぱりわからなかった本。
今はわかるのかな、とめくってみたのがいけなかった。



いわゆる「存在」には初めも終わりもありません。皆さんの概念における「初め」から「存在」はありました。

・・・・・

すなわち「存在は存在する」というだけなのです。

・・・・・・・・・。

「存在」から最初に分化または派生するのは「知恵」すなわち自己に対する気づき、自分自身が大いなる全てであるという気づきです。
これが「存在」から派生する第一番目のものです。



・・・・・・・・・。


皆さんが想像するものは、必ずどこかの次元で存在しています。存在しないものは想像すらできないのです。

ニュー・メタフィジックス VOICE 1991 p.19-21




最後の2行を読んだときは、本当にドキドキが止まらなかった。
「こんなことを知ってしまっていいんだろうか」みたいなドキドキだった記憶がある。

でも、それから長い間、狭く重く不自由な世界で、いろんな感情や体験をすることを選んできたんだなぁ。
あんまり早く何もかもわかるとつまんないって思って、わからないふりしてきたのか? 私。

もう、そろそろ、いいんだけどなぁー。



何もしたくなくて、ひたすらゴロゴロなシルバーウィークが終わった。
波動を整えていたんだ」と自分に言い聞かせ、職場に戻れば、仕事は山のように溜まっていた。

好きなことをしてお給料もらえたらどんなに幸せだろうと思っていた若い頃
好きなこともお金をもらうようになると好きだけでは済まなくなるから
好きなことは仕事にしない方がいい、なんて何かの本で読んだのか、誰かに言われたのか、ずっとそんな風に思って仕事をしてきた気がする。

本当のところ、どうなんだろう。

「レンタルなんもしない人」のドラマが好きで見ていたけど、終わっちゃった。
さすがに彼みたいな生き方は真似できない。
けど、気ままに、思いつくまま、やりたいことをやって、何もしたくないときはずっとゴロゴロしていたい。
そんな風に生きたら、世界はどう変わるのかな。
今は妄想だけ。で、楽しむとしよう。


「地軸のずれ」について、ちょっとだけ、知った(勉強したと言えるほどではない)。
先週の週末、思い立って模様替えをして、その日から北枕で寝ている。
多少の変化を期待したのだけど、何も変わらない。
もっとものぐさになった。