彼女は今述べた様に仕事ができなかったので毎日上司から怒られていた。その事を何故か自分のせいだとは思わずに上司のせいにばかりしていた。私から見ても怒られて当然の事ばかりなのだが、彼女は自分の非を認めようとせず、毎日毎日上司の愚痴だ。
そして、それに比べると注意される事の少なかった私に怒りの刃は向いてきた。
南チーフも私に対してはそれほど強く言わなかったが、杉崎さんに対してはかなりキツい口調で注意する。
チーフが何もかも注意するので、周囲からも自然に注意しやすい人、怒りやすい人、バカにしやすい人、できない人、というレッテルが貼られ上司や営業など関係ない部署の人達までも彼女をバカにする様になっていた。まあ、営業などからすれば、冗談のつもりで言っている様な事も彼女にしてみれば、バカにされていると感じるのかもしれない。
よく学校などでもそうだが、怒りやすい人と怒りにくい人というのがいる。怒りやすい人になってしまうとみんなと同じ事をしてても先生の機嫌が悪かったりすると怒られる。「何で俺ばっか・・!」ってよく言ってる子がいた。それと同じで彼女も「なんで私ばかり・・!」とよく言っていた。
私には何故か敬語で話してくる同期の営業達も杉崎さんには「おい、おまえ(すでにおまえと呼ばれている事自体バカにされている)いつもチーフに怒られているけど、大丈夫かよ?」といった具合だ。
同期入社で同級生。しかたないが私と彼女はどうしても周りから比べられた。
よく言われていた事が「同期は友達じゃない。ライバルだ。」という事。会長、社長、専務、チーフ、上司達は私と杉崎さんを見ると必ずと言っていいほど「ライバル。競争。」という言葉を浴びせた。あたかも仲良くしちゃいけない様な空気だった。もしかしたらあえて仲が悪くなる様に上司達から仕向けられたのかもしれない。それの方がお互い向上心がつき、争って上を目指す為二人とも努力するだろうと思ったのだろう。
自然に杉崎さんには全く無かった競争心にも火がつく様になった。
比べられるのは仕事内容に関する事だけじゃ無く、性格や外見に対する事も比べられた。男っぽくサバサバした性格の大瀧さんと女っぽくぶりっ子な性格の杉崎さん。
カジュアル派でシックなパンツスタイルが多い大瀧さんとフェミニンでミニスカートの多い杉崎さん。
人と比べられるのは嫌なものだ。私が嫌だった様に杉崎さんも嫌だったと思う。二人は何も共通点が無かった。二人の溝は目に見えなく少しずつ深まっていった。
待ちに待った夏休みが来た。
私は専門学校時代の友達と会う事にした。専門学校の時といったらみんな気兼ね無く話せて、同じ目標を持って頑張ってきた仲間だ。私の中で仲間という意識が特に強かったのが専門学校の友達達だった。その日は5人と待ち合わせをして渋谷で食事をした。久しぶりに会えたというので、学生時代に戻った様な安心した感覚に包まれていた。
当然「職場はどう?」みたいな話になる。私は日頃のうっぷんを晴らしたかったので、職場で感じた事や杉崎さんへの不満をぶちまけた。私の中ではスッキリした気持ちだった。誰かに聞いてほしかったので「やっぱり専門学校の友達は心が開けるな~」などと思って満足して帰った。
しかし、後日2ヶ月ほどしてまた会う事になったのだが、その時「リリコちゃんってさ、仕事の愚痴の話しかしないよね。この前仕事の事ばっかりしゃべってたじゃん。」と言われた。
ガーン・・凄くショックだった。ずっと一緒に頑張ってきた仲間だと思っていたからだ。
私の気持ちを分かってくれたとばかり思っていた。どんな時も私の見方になってくれるとばかり思っていたからだ。
仲間、友達という言葉がガラガラと崩れていった。
私は社会人になって世間の風当たりの強さに打ちひしがれていた。別に愚痴を言いたかった訳じゃ無く、ただそんな気持ちを同じ様な立場の友達同士と、分かり合いたかっただけなのだ。
そして、私が苦しんでいるのが面白いといわんばかりに「ところでこの前言っていた同期の人。あの人と相変わらず仲悪い訳~?」と笑いながら聞いてきた。
親身になって聞いてくるという感じではなかった。あきらかに面白がっているのだ。
私は「もう、なんでも無いよ。」と言ってそれ以上その子には仕事の話を二度としないと誓った。
その時集まった友達は5人いたのだが、一人は縫製工場に入社後1ヶ月で辞めて、その後アパレルの在庫管理の仕事をしていた。もう一人はアパレルの企画パタンナーをしていた。もう一人は子供服のパタンナーをしていた。もう一人はジュエリーの販売をしていた。
そして、その「リリコちゃんってさ、仕事の愚痴の話しかしないよね。」と言った子は家事手伝いだった。社会に出た事ない人はその子だけだった。
他の人は「うんうん。そうだよね~!分かる分かる。」「うちもこうだよ~!」って感じで聞いてくれていたが、その家事手伝いには分かる訳も無い。同じ様な立場の友達同士と思っていたが、同じ様な立場ではなかったのだ。その子にしてみれば、つまらない話だ。そして気に食わなかったのだろう。
自分には逆立ちしても入れない世界の話だからだ。他の4人は私が主席だったという事もあり多少は尊敬という気持ちがあったと思う。憧れていたとか、目標だとか、一生ついてくなどと言ってくれていた。そしてアパレルの企画という場所がどれだけ大変な所かという事も知っていた。
専門学校の主席というのはとても分かりやすい。実際にみんなが描いた絵が並ぶ、みんなが造った服が並ぶ。優劣は一目瞭然だ。
しかし家事手伝いには悔しいという気持ちしか無かったのかもしれない。その後も色々嫌みな事を言ってきた。
しかし、私としては痛くも痒くもない。だって、負け犬の遠吠えにしか聞こえないからだ。
それが私と同等な人が言ってきたなら受けて立つが、ボクシングで言ったら私はプロの選手で、その子は周りにいる野次馬だ。その野次馬の言った事に少しイラついたからといって、殴った所で相手はだたの素人。あっという間に負けてダウン。そんな素人に勝つのは当たり前だから全く面白い試合じゃない。と、いうかプロじゃない素人とは試合もできないのだ。
いわゆる同じステージにいない人だ。同じレベルでもないのに戦う気なんておこらない。
世の中にはこうゆう負け犬と言われる人種がけっこういる事をその後知った。負けているだけじゃない。負けてなお勝ってる相手を認めようとしないのだ。
学生の時からそうだったのかもしれないが、学校を卒業してはっきりとそれぞれの路が別れている事を悟った。別にそれは悪い事ではない。みんな、それぞれの人生があってそれぞれの生き方がある。
そして、私も大人になっていた。遊ぼうと言われれば笑顔で遊びに行くし、結婚式があれば笑顔で出席する。仲間、友達意識は時と共にだんだん薄れていった。大人の付き合いだ。心が許せる相手なんて何処にもいないのだ。それが普通なんだと悟った。
それよりも、今思えば杉崎さんの方が堂々としていた。お互いプロ同士真剣に同じステージで戦っていたのだ。
彼女は白金の大きな家に住んでいた。いわゆるシロガネーゼだ。父親は商社だと言っていた。母親は働いていない。いわゆる典型的なお嬢様だった。
だから専門学校よりも短大に行ったのだ。ガツガツ働くぞ~という感じでは無く、花嫁修業的な感覚だった。彼女にしてみれば、別にそんなに真剣に技術を身につける気も無いし、「アパレルでデザイナーしてますぅ~」という肩書きが欲しかっただけだと思う。彼女の頭の中は仕事の事よりもプライベートの事でいっぱいだった。まだ仕事も身に付いてないのに、余計な事を考えているのだから、そりゃミスも多い。
けど、実際デザイナーというのはそんな遊び心があって、余裕がある人の方が向いているのかもしれない。
私といえば努力と根性って感じで、ガツガツ頑張る派。三島から新幹線で来て、優等生ぶって何でもテキパキこなす。嫌な奴って言ったら嫌な奴だ。
杉崎さんの雰囲気というのは私には出したくても出せない物だった。
夏休み明け、杉崎さんの態度は急変していた。
私がしたのと同じ様に、杉崎さんも短大の頃の友達に私の事を愚痴ったのだろう。
でも多分その友達は私がされたみたいに冷たくあしらう事はしなかったんだと思う。杉崎さんの身方になって同情し、一緒に共感しあったのだ。
「やっぱり短大の時の友達はいいわ~。本当に心が通じあうし、私の事心底分かってくれる。ここの誰かさんとは全然違う。」という様な事を言っていた。
「そりゃそうだろ。」と思った。
私には、その行為を攻める事はできない。私も同じ事をしたのだ。
それにしても二人が同時に学生の時の友達に愚痴っていたのには驚いた。そして、あんなに共感されたんだと思うと私の方がかわいそうな気がした。
二人は全く違う人種だ。その頃はそれがとにかく気に食わなかった。けれど、そもそも同じ人間なんていない。別に違くたって良いんだと何で思わなかったんだろうと、今になって思う。
二人共まだまだ子供だったのだ。
そして、それに比べると注意される事の少なかった私に怒りの刃は向いてきた。
南チーフも私に対してはそれほど強く言わなかったが、杉崎さんに対してはかなりキツい口調で注意する。
チーフが何もかも注意するので、周囲からも自然に注意しやすい人、怒りやすい人、バカにしやすい人、できない人、というレッテルが貼られ上司や営業など関係ない部署の人達までも彼女をバカにする様になっていた。まあ、営業などからすれば、冗談のつもりで言っている様な事も彼女にしてみれば、バカにされていると感じるのかもしれない。
よく学校などでもそうだが、怒りやすい人と怒りにくい人というのがいる。怒りやすい人になってしまうとみんなと同じ事をしてても先生の機嫌が悪かったりすると怒られる。「何で俺ばっか・・!」ってよく言ってる子がいた。それと同じで彼女も「なんで私ばかり・・!」とよく言っていた。
私には何故か敬語で話してくる同期の営業達も杉崎さんには「おい、おまえ(すでにおまえと呼ばれている事自体バカにされている)いつもチーフに怒られているけど、大丈夫かよ?」といった具合だ。
同期入社で同級生。しかたないが私と彼女はどうしても周りから比べられた。
よく言われていた事が「同期は友達じゃない。ライバルだ。」という事。会長、社長、専務、チーフ、上司達は私と杉崎さんを見ると必ずと言っていいほど「ライバル。競争。」という言葉を浴びせた。あたかも仲良くしちゃいけない様な空気だった。もしかしたらあえて仲が悪くなる様に上司達から仕向けられたのかもしれない。それの方がお互い向上心がつき、争って上を目指す為二人とも努力するだろうと思ったのだろう。
自然に杉崎さんには全く無かった競争心にも火がつく様になった。
比べられるのは仕事内容に関する事だけじゃ無く、性格や外見に対する事も比べられた。男っぽくサバサバした性格の大瀧さんと女っぽくぶりっ子な性格の杉崎さん。
カジュアル派でシックなパンツスタイルが多い大瀧さんとフェミニンでミニスカートの多い杉崎さん。
人と比べられるのは嫌なものだ。私が嫌だった様に杉崎さんも嫌だったと思う。二人は何も共通点が無かった。二人の溝は目に見えなく少しずつ深まっていった。
待ちに待った夏休みが来た。
私は専門学校時代の友達と会う事にした。専門学校の時といったらみんな気兼ね無く話せて、同じ目標を持って頑張ってきた仲間だ。私の中で仲間という意識が特に強かったのが専門学校の友達達だった。その日は5人と待ち合わせをして渋谷で食事をした。久しぶりに会えたというので、学生時代に戻った様な安心した感覚に包まれていた。
当然「職場はどう?」みたいな話になる。私は日頃のうっぷんを晴らしたかったので、職場で感じた事や杉崎さんへの不満をぶちまけた。私の中ではスッキリした気持ちだった。誰かに聞いてほしかったので「やっぱり専門学校の友達は心が開けるな~」などと思って満足して帰った。
しかし、後日2ヶ月ほどしてまた会う事になったのだが、その時「リリコちゃんってさ、仕事の愚痴の話しかしないよね。この前仕事の事ばっかりしゃべってたじゃん。」と言われた。
ガーン・・凄くショックだった。ずっと一緒に頑張ってきた仲間だと思っていたからだ。
私の気持ちを分かってくれたとばかり思っていた。どんな時も私の見方になってくれるとばかり思っていたからだ。
仲間、友達という言葉がガラガラと崩れていった。
私は社会人になって世間の風当たりの強さに打ちひしがれていた。別に愚痴を言いたかった訳じゃ無く、ただそんな気持ちを同じ様な立場の友達同士と、分かり合いたかっただけなのだ。
そして、私が苦しんでいるのが面白いといわんばかりに「ところでこの前言っていた同期の人。あの人と相変わらず仲悪い訳~?」と笑いながら聞いてきた。
親身になって聞いてくるという感じではなかった。あきらかに面白がっているのだ。
私は「もう、なんでも無いよ。」と言ってそれ以上その子には仕事の話を二度としないと誓った。
その時集まった友達は5人いたのだが、一人は縫製工場に入社後1ヶ月で辞めて、その後アパレルの在庫管理の仕事をしていた。もう一人はアパレルの企画パタンナーをしていた。もう一人は子供服のパタンナーをしていた。もう一人はジュエリーの販売をしていた。
そして、その「リリコちゃんってさ、仕事の愚痴の話しかしないよね。」と言った子は家事手伝いだった。社会に出た事ない人はその子だけだった。
他の人は「うんうん。そうだよね~!分かる分かる。」「うちもこうだよ~!」って感じで聞いてくれていたが、その家事手伝いには分かる訳も無い。同じ様な立場の友達同士と思っていたが、同じ様な立場ではなかったのだ。その子にしてみれば、つまらない話だ。そして気に食わなかったのだろう。
自分には逆立ちしても入れない世界の話だからだ。他の4人は私が主席だったという事もあり多少は尊敬という気持ちがあったと思う。憧れていたとか、目標だとか、一生ついてくなどと言ってくれていた。そしてアパレルの企画という場所がどれだけ大変な所かという事も知っていた。
専門学校の主席というのはとても分かりやすい。実際にみんなが描いた絵が並ぶ、みんなが造った服が並ぶ。優劣は一目瞭然だ。
しかし家事手伝いには悔しいという気持ちしか無かったのかもしれない。その後も色々嫌みな事を言ってきた。
しかし、私としては痛くも痒くもない。だって、負け犬の遠吠えにしか聞こえないからだ。
それが私と同等な人が言ってきたなら受けて立つが、ボクシングで言ったら私はプロの選手で、その子は周りにいる野次馬だ。その野次馬の言った事に少しイラついたからといって、殴った所で相手はだたの素人。あっという間に負けてダウン。そんな素人に勝つのは当たり前だから全く面白い試合じゃない。と、いうかプロじゃない素人とは試合もできないのだ。
いわゆる同じステージにいない人だ。同じレベルでもないのに戦う気なんておこらない。
世の中にはこうゆう負け犬と言われる人種がけっこういる事をその後知った。負けているだけじゃない。負けてなお勝ってる相手を認めようとしないのだ。
学生の時からそうだったのかもしれないが、学校を卒業してはっきりとそれぞれの路が別れている事を悟った。別にそれは悪い事ではない。みんな、それぞれの人生があってそれぞれの生き方がある。
そして、私も大人になっていた。遊ぼうと言われれば笑顔で遊びに行くし、結婚式があれば笑顔で出席する。仲間、友達意識は時と共にだんだん薄れていった。大人の付き合いだ。心が許せる相手なんて何処にもいないのだ。それが普通なんだと悟った。
それよりも、今思えば杉崎さんの方が堂々としていた。お互いプロ同士真剣に同じステージで戦っていたのだ。
彼女は白金の大きな家に住んでいた。いわゆるシロガネーゼだ。父親は商社だと言っていた。母親は働いていない。いわゆる典型的なお嬢様だった。
だから専門学校よりも短大に行ったのだ。ガツガツ働くぞ~という感じでは無く、花嫁修業的な感覚だった。彼女にしてみれば、別にそんなに真剣に技術を身につける気も無いし、「アパレルでデザイナーしてますぅ~」という肩書きが欲しかっただけだと思う。彼女の頭の中は仕事の事よりもプライベートの事でいっぱいだった。まだ仕事も身に付いてないのに、余計な事を考えているのだから、そりゃミスも多い。
けど、実際デザイナーというのはそんな遊び心があって、余裕がある人の方が向いているのかもしれない。
私といえば努力と根性って感じで、ガツガツ頑張る派。三島から新幹線で来て、優等生ぶって何でもテキパキこなす。嫌な奴って言ったら嫌な奴だ。
杉崎さんの雰囲気というのは私には出したくても出せない物だった。
夏休み明け、杉崎さんの態度は急変していた。
私がしたのと同じ様に、杉崎さんも短大の頃の友達に私の事を愚痴ったのだろう。
でも多分その友達は私がされたみたいに冷たくあしらう事はしなかったんだと思う。杉崎さんの身方になって同情し、一緒に共感しあったのだ。
「やっぱり短大の時の友達はいいわ~。本当に心が通じあうし、私の事心底分かってくれる。ここの誰かさんとは全然違う。」という様な事を言っていた。
「そりゃそうだろ。」と思った。
私には、その行為を攻める事はできない。私も同じ事をしたのだ。
それにしても二人が同時に学生の時の友達に愚痴っていたのには驚いた。そして、あんなに共感されたんだと思うと私の方がかわいそうな気がした。
二人は全く違う人種だ。その頃はそれがとにかく気に食わなかった。けれど、そもそも同じ人間なんていない。別に違くたって良いんだと何で思わなかったんだろうと、今になって思う。
二人共まだまだ子供だったのだ。