子供の頃、何故かテレビ局がうちに来て取材
なんだかよくわからないパーティにドレスを着て
私たち姉弟も出席した記憶が強く
自分の父がいつ仕事に行っているのかわからないくらい、ウチに毎日帰って来て居たのかも
知らないくらい、まぁ、今となっては笑い話ですが、
遊び、仕事、全部こなして何日かに一回顔を合わすくらいでした。
情熱、とかなんかとにかくうざったいなってくらいそんな熱い事いつも言っていた気がします。
無くなっったのは私が20歳の頃、もう20年前になります。
仕事中に電話が来ました。
確か…父側の兄弟から母に連絡がいき、母が私の職場にかけたのか、少しパニクってしまい覚えてるのは、
父が死んだ、明日燃やされる
早く明日早く火葬場に行かないとって話し。。
は?燃やされる?火葬場?葬式は?
何が起こっているのかさっぱりわかりませんでした
父と母は私が小学4年くらいの時に離婚し
父は再婚して隣の市に住んでいました。
離婚して、ほんの何年かで、父が急に
うちの前で毎朝車で待っていて学校に行く時に声をかけてくる、私は父が怖かったので遅刻するからって
逃げてました姉も、弟もそうでした。
離婚後。父と毎月会うって話しで
色々撮り決まり毎月会っていたのですが
父は会うたび母の悪口を言うので
嫌になり子供の私たちで父との面会は二度としたくないと決め、やめてからウチに毎朝通い出す様になって
ました、父が怖かった理由はとりあえず後にします
亡くなったと聞いたのはお正月…何日かたってました
新聞があまりにもたまっていてこんな事今までなかったからと、近所の方が通報したそうです
亡くなったのは1月2日?3日?だったかな…
とにかくあわただしくなり記憶があまり無いです
それから発見までに数日たち、腐敗が酷いので見ない方がいいと…確か警察から言われました、
原因はくも膜下だったと思います。
頭がとにかく真っ白で記憶が薄くてすいません
リビングで吐血して倒れて亡くなった
としか…
あとは聞かされた次の日にとにかく急いで仕事休み貰って火葬場に家族と向かいました
花一つない棺桶の中に痩せて昔見上げていた 父とは別人の様な弱った感じの、こんなに小さかった?
ってくらい痩せて見えた
信じられない姿でした。花一つないお葬式は
お金がないからと再婚相手に言われ、
本当はお金を全て持ち逃げし、父とは別居
結婚生活なんてほとんど無かった様でw
詐欺師ですよこのババー
って思ってます。未だに父の名を使い商売始め
成功しちゃってるから腹が立ちます
父がなくなる前、12月はいつものように毎朝うちの前に待ち伏せ、当たり前に私たちはうまく逃げてました
再婚したのに電話までかけてお母さんとやり直したいんですが
と、言われ私は高校生くらいの時初めて父に怒鳴りました、家族捨て新しい女と一緒になったくせに
勝手なことゆーないい加減にしろ
汚い言葉を沢山あびせてやりました。
だって父はそれ以上に母を力で
支配して来たから。それを見て子供ながらに
学校に行ってる間、母が父に殺されているかもしれないと言った不安に襲われ、毎日学校から走って帰った記憶が強いです。
大っ嫌いでした。DVに女遊び、酒癖悪く
何より長男の弟しか可愛がらなかったから
私は、愛情をもたれていたのかはわかりません
ただ、亡くなったら血の繋がった父
もう私たち子供じゃない、話くらい聞いてやれば良かったと、今でも後悔しています。
12月の話に戻りますが、なんか変だなって
思ったんです。
そして年が明けたら仕事に出る時いつも待ち伏せしてる場所に父が居ない…
なんかやっぱり変だなと、感じ、でも正月だからお酒でも飲んでるから居ないと思ってました
それからの亡くなったって連絡、後から聞いた話
12月は今までありがとうや、ごめんねを
家族だか色んな人に言ってまわっていたそうです
病気が死因なのに自殺かの様な気になるくらい
なんか変だった。それが最後
そして死ぬまで、会社に来ないでと、言われた父なのに車を売りに行っていたそうです。
父の病気、もう一つあり、当時は精神分裂症…
今は統合失調症という病気でした
それは私たちが子供の頃から父はその病に侵されていて、会社に行く事も許されず、生きがいだった車を売る事が出来なくなり、再婚相手は詐欺師…
不幸で孤独な父を見て棺桶の中にいる父が
違う人間のようにみえた。
そして涙一つ流さない再婚相手と、その子供ら、
と…いっても当時20歳の私からしたらかなりのババーとオッさんの連れ子…そいつらが骨になった父を見ても冷たい顔でザマーミロって思ってるのが伝わるくらいの態度で
私が火葬場で奴らにぶちギレ
再婚相手のブサイオバさんの胸ぐら掴んで
唯一、お別れの場に来た父の親友に掴まれ外に出された…とにかく骨を拾ってやれ
気持ちはわかる、落ち着けそう言われた記憶しかない
正直、殴ってやるつもりでした
だって話一つない棺桶を見てなんとも思わない人間いないでしょ
お葬式やるお金ないって、日本一のセールスマン
と再婚して収入なんか腐るほどあったの
子供の時から知ってたよ…ないわけないから
無いとしたらおまえが使い果したか持ち逃げ
そんなとこ。なのに父の兄弟から財産わけろと毎朝脅しの電話がなり出し、私が父の弟におじさん毎日脅すのやめてくれない?訴えるよって言うとおじさんはママを心配して電話してるって言い訳するから
あんまりにもひどいから私またキレてしまった
貧乏だった父の実家、山の中のひどい家だったの覚えてる、その家をすごいウチに建て替えた父
本当にすごいと思った
でもそれでもお金が余るくらいにあるの知ってる兄弟達…本当今思うと兄弟なのに悲しい事すんなよ
そう言いたいくらい
汚い大人たちを父の死により
見る事になった。
父を書き込み板で探していた方…
父は会社を退職なんかしてません 統合失調症を
隠されて会社に行きたくても行けなくされ
大切なお客様達との繋がりと、車を売る事が生きがいだったと思います。それは最後まで変わらず
していましたよ。
亡くなりました。会社の人間誰も来ない
ありえない最期でした。
それだけは今すぐに伝えたいと思い当時の事を書く事を決めました。会社にさえ行けたら、統合失調症にならなかったらずっとあなたが一生のお客様です
って言葉、続いていたはずです。
どこかで伝わります様に…誰も読まなくてもいい。
ただ、あれだけ日本一のセールスマンにまで上り詰めた人間に会社側が隠して、貢献した人間に
最期、誰もお別れに来ない事が私には理解できませんでした。
これから先のブログは、父の記憶をたどりながらお話しを書いて父の生きた証みたいなのを書いていきたいです
人との繋がりだけは大事にしてきて、嘘一つもない真っ正面から向かう父を仕事をする人間としては絶対に超えられない尊敬しかないです。
父は寂しがりやだったかもしれない、私結構父の性格に似てるらしく母からイラつかれることあったけらいで…そんな気持ちくらいはわかるくらいですが、
誰からも忘れられたらきっと

悲しいから書き残し
探して気にして下さった方々にどこかで見つけてくれたらいいなと思います。
なんだかよくわからないパーティにドレスを着て
私たち姉弟も出席した記憶が強く
自分の父がいつ仕事に行っているのかわからないくらい、ウチに毎日帰って来て居たのかも
知らないくらい、まぁ、今となっては笑い話ですが、
遊び、仕事、全部こなして何日かに一回顔を合わすくらいでした。
情熱、とかなんかとにかくうざったいなってくらいそんな熱い事いつも言っていた気がします。
無くなっったのは私が20歳の頃、もう20年前になります。
仕事中に電話が来ました。
確か…父側の兄弟から母に連絡がいき、母が私の職場にかけたのか、少しパニクってしまい覚えてるのは、
父が死んだ、明日燃やされる
早く明日早く火葬場に行かないとって話し。。
は?燃やされる?火葬場?葬式は?
何が起こっているのかさっぱりわかりませんでした
父と母は私が小学4年くらいの時に離婚し
父は再婚して隣の市に住んでいました。
離婚して、ほんの何年かで、父が急に
うちの前で毎朝車で待っていて学校に行く時に声をかけてくる、私は父が怖かったので遅刻するからって
逃げてました姉も、弟もそうでした。
離婚後。父と毎月会うって話しで
色々撮り決まり毎月会っていたのですが
父は会うたび母の悪口を言うので
嫌になり子供の私たちで父との面会は二度としたくないと決め、やめてからウチに毎朝通い出す様になって
ました、父が怖かった理由はとりあえず後にします
亡くなったと聞いたのはお正月…何日かたってました
新聞があまりにもたまっていてこんな事今までなかったからと、近所の方が通報したそうです
亡くなったのは1月2日?3日?だったかな…
とにかくあわただしくなり記憶があまり無いです
それから発見までに数日たち、腐敗が酷いので見ない方がいいと…確か警察から言われました、
原因はくも膜下だったと思います。
頭がとにかく真っ白で記憶が薄くてすいません
リビングで吐血して倒れて亡くなった
としか…
あとは聞かされた次の日にとにかく急いで仕事休み貰って火葬場に家族と向かいました
花一つない棺桶の中に痩せて昔見上げていた 父とは別人の様な弱った感じの、こんなに小さかった?
ってくらい痩せて見えた
信じられない姿でした。花一つないお葬式は
お金がないからと再婚相手に言われ、
本当はお金を全て持ち逃げし、父とは別居
結婚生活なんてほとんど無かった様でw
詐欺師ですよこのババー
って思ってます。未だに父の名を使い商売始め
成功しちゃってるから腹が立ちます
父がなくなる前、12月はいつものように毎朝うちの前に待ち伏せ、当たり前に私たちはうまく逃げてました
再婚したのに電話までかけてお母さんとやり直したいんですが
と、言われ私は高校生くらいの時初めて父に怒鳴りました、家族捨て新しい女と一緒になったくせに
勝手なことゆーないい加減にしろ
汚い言葉を沢山あびせてやりました。
だって父はそれ以上に母を力で
支配して来たから。それを見て子供ながらに
学校に行ってる間、母が父に殺されているかもしれないと言った不安に襲われ、毎日学校から走って帰った記憶が強いです。
大っ嫌いでした。DVに女遊び、酒癖悪く
何より長男の弟しか可愛がらなかったから
私は、愛情をもたれていたのかはわかりません
ただ、亡くなったら血の繋がった父
もう私たち子供じゃない、話くらい聞いてやれば良かったと、今でも後悔しています。
12月の話に戻りますが、なんか変だなって
思ったんです。
そして年が明けたら仕事に出る時いつも待ち伏せしてる場所に父が居ない…
なんかやっぱり変だなと、感じ、でも正月だからお酒でも飲んでるから居ないと思ってました
それからの亡くなったって連絡、後から聞いた話
12月は今までありがとうや、ごめんねを
家族だか色んな人に言ってまわっていたそうです
病気が死因なのに自殺かの様な気になるくらい
なんか変だった。それが最後
そして死ぬまで、会社に来ないでと、言われた父なのに車を売りに行っていたそうです。
父の病気、もう一つあり、当時は精神分裂症…
今は統合失調症という病気でした
それは私たちが子供の頃から父はその病に侵されていて、会社に行く事も許されず、生きがいだった車を売る事が出来なくなり、再婚相手は詐欺師…
不幸で孤独な父を見て棺桶の中にいる父が
違う人間のようにみえた。
そして涙一つ流さない再婚相手と、その子供ら、
と…いっても当時20歳の私からしたらかなりのババーとオッさんの連れ子…そいつらが骨になった父を見ても冷たい顔でザマーミロって思ってるのが伝わるくらいの態度で
私が火葬場で奴らにぶちギレ
再婚相手のブサイオバさんの胸ぐら掴んで
唯一、お別れの場に来た父の親友に掴まれ外に出された…とにかく骨を拾ってやれ
気持ちはわかる、落ち着けそう言われた記憶しかない
正直、殴ってやるつもりでした
だって話一つない棺桶を見てなんとも思わない人間いないでしょ
お葬式やるお金ないって、日本一のセールスマン
と再婚して収入なんか腐るほどあったの
子供の時から知ってたよ…ないわけないから
無いとしたらおまえが使い果したか持ち逃げ
そんなとこ。なのに父の兄弟から財産わけろと毎朝脅しの電話がなり出し、私が父の弟におじさん毎日脅すのやめてくれない?訴えるよって言うとおじさんはママを心配して電話してるって言い訳するから
あんまりにもひどいから私またキレてしまった
貧乏だった父の実家、山の中のひどい家だったの覚えてる、その家をすごいウチに建て替えた父
本当にすごいと思った
でもそれでもお金が余るくらいにあるの知ってる兄弟達…本当今思うと兄弟なのに悲しい事すんなよ
そう言いたいくらい
汚い大人たちを父の死により
見る事になった。
父を書き込み板で探していた方…
父は会社を退職なんかしてません 統合失調症を
隠されて会社に行きたくても行けなくされ
大切なお客様達との繋がりと、車を売る事が生きがいだったと思います。それは最後まで変わらず
していましたよ。
亡くなりました。会社の人間誰も来ない
ありえない最期でした。
それだけは今すぐに伝えたいと思い当時の事を書く事を決めました。会社にさえ行けたら、統合失調症にならなかったらずっとあなたが一生のお客様です
って言葉、続いていたはずです。
どこかで伝わります様に…誰も読まなくてもいい。
ただ、あれだけ日本一のセールスマンにまで上り詰めた人間に会社側が隠して、貢献した人間に
最期、誰もお別れに来ない事が私には理解できませんでした。
これから先のブログは、父の記憶をたどりながらお話しを書いて父の生きた証みたいなのを書いていきたいです
人との繋がりだけは大事にしてきて、嘘一つもない真っ正面から向かう父を仕事をする人間としては絶対に超えられない尊敬しかないです。
父は寂しがりやだったかもしれない、私結構父の性格に似てるらしく母からイラつかれることあったけらいで…そんな気持ちくらいはわかるくらいですが、
誰からも忘れられたらきっと

悲しいから書き残し
探して気にして下さった方々にどこかで見つけてくれたらいいなと思います。