「明日、ぺガ兄上にも謝っておきます」
言いながらジョンは自分がスと手を繋いでいることに気が付いた。
「……」
なんとなく、その手を放すのが惜しい気がして繋いだ手に意識を向ける。
「スよ」
振り向くとウクがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「あ、ウク皇子様」
「兄上…」
2人が頭を下げる。
「お前たち…」
言いかけたウクの目が2人の繋いだ手に向けられた。
ジョンは慌てて手を放し、繋いでいた方の手を後ろに隠し目を背ける。
「……」
スは特に気にする様子もなく服の袖に染み込んだ雨をぎゅっと絞っていた。
「びしょ濡れではないか」
ウクがジョンを見る。
「…すいません」
ジョンが謝ると「違うんです!」とスが声を上げた。
「雨が降りそうだから早く帰ろうってジョン皇子様もぺガ皇子様も言ってくれたのに私がもうちょっとって粘っちゃって…雨に降られちゃいました」
その言葉に驚いてジョンはスを見つめる。
「ごめんね、ジョン皇子様」
スは話を合わせろという様に微かに目配せをした。
「いえ…姉上…」
ウクに怒られないようにと自分が悪者になってくれるスに心を打たれる。
「ウク皇子様、ジョン皇子様に着替えを貸して頂けませんか?」
「ああ…もちろんだ。ジョン来なさい」
ジョンを促し、スに優しい目を向ける。
「そなたは早く湯浴みを…体が冷えただろう」
「はい、じゃあジョン皇子様、今日はどうもありがとう♪ すっごく楽しかった!」
スは買って貰った石飾りをひらひらと振るとウクに頭を下げ部屋に帰っていった。
2人でスを見送ったあと
「あれを贈ったのか?」
ウクがジョンを見る。
「あ…はい」
“皆には内緒よ?”
スの言葉を思い出し、ジョンは小さく笑った。
スとお揃いである事はぺガと自分の3人だけの秘密だ。
***
スが湯浴みを終えて部屋に戻る途中、夕方から再び降り出した雨は激しさを増し空がカッと明るく光った。
「あ! 光った!」
スが声を上げると ドォン!! と雷鳴が轟く。
「すっご…ちょ…今の見た?! チェリョン!」
横にいたチェリョンを見ると耳を塞いで壁を向いて
しゃがみ込んでいた。
「…雷…苦手なの?」
「はい! 確かお嬢様も苦手だったではありませんか!」
「私も?! あ…“へ・ス”?!」
ーそうなんだ…“へ・ス”も雷が苦手だったんだ…ー
「1人で戻れるから、もう休んでいいわ」
「は、はい! おやすみなさい!」
チェリョンは耳を塞いだまま走って行ってしまった。
スは1人で空を見上げる。
街灯もコンビニの明かりも、なんにもない真っ暗な空に稲光りが走り抜け、間隔を空けずに空が唸り声を上げた。
ーだいぶ近いなー
スは空を走り抜けた稲妻を見て、ソの顔の傷を思い出した。
ーあの傷はどうして付いたんだろう…ー
仮面で隠すくらいのコンプレックスだ、自分で付けたわけではないだろうし…。
母親と何か確執があるみたいだから、もしかしたら母親に付けられた傷…とか?
「まさかね…」
空を見上げ呟いた時だった。
「そなたは雨が好きだな」
横から掛けられた声に顔を向けると、いつの間にかウクが隣に立っていた。
「ウク皇子様」
スは頭を下げる。
「また、雨の音を聴いていたのか?」
スは微笑んで「いいえ」と首を横に振る。
「では…何を?」
「今は雷の音を楽しんでいました(笑)」
それに応えるように三度空が唸り声を上げた。
「すっごい迫力…っ」
スは楽しそうに空を見ている。
「女性は大抵、雷などは怖がるものだと思っていたが、そなたは違うみたいだな」
ウクの言葉にスは笑った。
「前の私は苦手だったみたいです」
「前の私?」
「記憶を失う前の “へ・ス”」
「……」
まるで違う誰かの事を語る様に話すスにウクは眉をひそめた。
「そうだ、ウク皇子様に聞きたい事があって…」
「なんだ?」
「“へ・ス”ってどんな子でした?」
「どんな子…とは?」
「ウク皇子様、前におっしゃってましたよね、“別人だ”って」
「あ…ああ」
ーそういえば…言ったか? そんな事…ー
スはウクの表情を見つめた。
初めてウクに会った日。
“私が連れてきたから最後まで面倒を見る”
そう言って自分に優しく手を差し伸べてくれた。
あの時は皇子としての責任感とか、親代わりの義務みたいなものかと思っていたが。
“へ・ス” とはどんな仲だったんだろう。
前の “へ・ス” とも2人で食事をする仲だったのだろうか?
ウクは自分の顎を指で摘まみながら記憶を探ったが、正直以前のスがどんなだったか、ほとんど覚えていなかった。
記憶にあるのは “大人しい少女” という印象だけだ。
話しかけても当たり障りのない返事をするだけで、今のスの様に一緒にいて楽しいと思った事は一度もない。
ウクが返事に困っていると、スは眉を下げた。
「もしかして嫌な子…でした?」