この話は、黒澤が日本に来て、ある人を捜しに行った時の出来事になります。
白と黒の境界線シリーズを先に読んでおくこと推奨。
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歩く。
ひたすら、歩く。
錫杖を突きながらボクは山道を歩いていた。
ただ一人の旅。
寂しくなんて、ない。
そう自分に言い聞かせ歩き続ける。
風が吹き、ボクの黒髪と漢服を靡かせる。
「…そろそろ休憩しよう」
誰に言うわけでもなく呟く。
近くにある倒木に腰を下ろし、持っていた水筒で水分をとった。
…何処かで水を入れなければ。
ふぅ、と一息つき空を見上げた。
まだ昼時。
時間はあるなと考え、また歩き始めようと、腰を上げたその時。
「きゃー!」
何処かで悲鳴が聞こえた。
声が聞こえた方を向き、錫杖を手に走った。
そこには、女性が妖怪に襲われていた。
「誰かっ…助けて…!」
「グヒヒヒ…こんな山奥に人間が一人とは丁度良いな…食い物にしてやろう…」
そう言って妖怪は鉈を片手に女性に斬りかかろうとしていた。
「やめろ…!」
ボクは妖怪と女性の間に入り、錫杖を構えた。
「なんだぁー?お前も喰って欲しいのか…ヒヒッ」
妖怪は鉈を構え、ボクに向かって襲い掛かる。
「…貴女は逃げてください。コイツはボクが倒しますから」
「……あ…でも…腰が抜けて…」
「ッチ」
舌打ちをし、半分諦めつつ半獣化し、妖怪の振り下ろした鉈を砕く。
「ナッ…お前も妖怪か…!」
「……今すぐこの場を去れ。さもなくば………殺す。五秒待ってやるからさぁ…」
紅く染まった眼で妖怪を睨みつける。
「ヒッ…」
妖怪はボクに背を向け、逃げていった。
「………はぁ…」
溜息をつき、半獣化を解いてボクは女性に近寄る。
「…大丈夫か?」
そう言って女性に手を差し出す。
「………え、ええ……貴方は一体…」
「…ボクは黒澤。凶兆の神獣だ」
その後、ボクは女性を抱きながら彼女の家に移動した。
正直、嫌だったが仕方があるまい。
「…ありがとうございます。助けていただいて」
「……ところで貴女の名前は」
「私は梓未(アズミ)といいます」
梓未と名乗る女性はボクに向け、笑顔を見せる。
「…それじゃ、ボクはここで」
そう言って後ろを振り向き、去ろうとする。
「あっ待って…!お礼をさせて…!」
梓未はボクの服の袖を引っ張る。
「…礼など不要」
「でもっ…!礼をしないと…!」
「……はぁ…。じゃあ、一晩だけ此処に泊まらせてくれ」
振り向いて言う。
「勿論!」
そう言って梓未は再び笑みを浮かべた。
梓未に近くの川辺を教えてもらい、水を汲みに向かう。
澄んだ水を水筒に入れ、梓未の家に向かった
彼女は山菜を採りに行ったのか不在だった。
…面倒事が起こらなければ良いのだけど。
夕時になって梓未が帰ってきた。
沢山の山菜を入れ、鍋を作った。
竹の椀に移し、
「はい!どうぞ!」
ボクに向かって差し出した。
「…ありがとな」
受け取り、飲む。
「……美味しい」
「有難う御座います!この料理の手順、母から教えてもらったのです!」
「…そうなのか」
椀に入った分を一気飲みする。
「……一応聞くが、風呂はあるか?」
「ええ、ありますよ!少し離れたところに温泉がありますよ」
「…ちょっとそこまで案内してくれ」
「分かりました!」
夕食を食べ終わり、梓未に案内してもらって温泉に行く。
「ふぅ…」
湯船につかる。
何ヶ月ぶりだろうか。
空を見上げ、ちらほらと瞬く星を見る。
明日にはここを出て、捜し人を見つけなければ。
ふと、雲が出てきたので温泉から出て着替えた。
「……待たせたな」
彼女が居た場所に向かったが居なかった。
…胸騒ぎがする。
辺りを探すが見当たらなかった。
「何処だ…梓未!」
叫ぶ。
そして遠くに人影が見えた。
「梓未…!」
走って走って、追いついた時には。
昼時にあった妖怪に、鉈で心臓を貫かれていた。
「…あ…黒澤…さ……」
梓未は血を吐きながらボクの名を呼んだ。
「あ、来やがったぞ!」
「兄貴、やっちまえ!」
妖怪は梓未を貫いた鉈を抜き、ボクに向かって構える。
「遅かったじゃねぇか。人間の味方をするお前を殺す為にもう一人殺しちまったよ」
「……何してくれてんだ」
半獣化し、大鎌を妖力で創り出し、構える。
「オラアアアアア!」
突進してきた妖怪を避け、腹部から真っ二つに斬った。
あっけなかった。
妖怪の血が、ボクの黒い漢服を赤黒く染め上げた。
「ガァァァァァ!」
妖怪は腹部を抑える。
下半身は痙攣を起こし、やがて動かなくなった。
「まだだ…!まだ…!」
「…なら、死ね」
そう奴に言い、首に向かって大鎌を振り下ろした。
「……!」
声帯の無くなった頭部が何かを叫んでいたが、何も聞こえない。
「……」
それでもまだ生きているその妖怪の頭を踏みつけ、潰した。
グシャッ
「…お前らはどうする?殺るか?」
その場にいた低級妖怪共を睨み付け、言った。
低級妖怪共は悲鳴を上げるなり、逃げだして行った。
「…梓未、大丈夫か!?」
彼女の元に走り、怪我を見た。
怪我が大きい。
「…黒澤…さ……御免…な、さ…いね…」
「今治してやる…待て…!」
そう言って傷口に手を当てようとした。
その時。
「…私は…貴方、のことが…好き…で、す…」
突然だった。
「一目…逢った…とき…か、ら…好き…にな、り…まし、た…」
「…何故、ボクなんかに」
彼女に聞く。
「…だって…貴方、強、いん…ですもの……でも…もう、無理みたい…で、す……」
「逝くな…梓未…!」
必死に叫び、治そうと手を当てた。
しかし、彼女はその手をどかした。
まるで、もういいよと言っているかのように。
「た、すけ…て…くれ、て…あ…り、がと…う……こ、く…た……」
そして、梓未は息を引き取った。
「…ちゃんと名前を呼べよ、梓未」
呟いた時、雨が降ってきた。
…助けられなかった。
ボクを好きになってくれた人を救うことが出来なかった。
そしてボクは彼女の骸を抱きしめ、泣いた。
初めて、泣いた。
涙は雨と同化し、見えなかった。
獣の様に、吠える様に、叫ぶ様に泣いた。
雨に濡られ、ボクの悲しみを流すように、嫌な記憶を流すように髪の黒が抜け白くなっていく。
漢服に付いた血を雨が流していった。
─朝が来た。
ボクは梓未の骸を埋め、墓標を立てた。
「…梓未、ボクは行くよ。何時になるか分からない。だけど、また逢いに行くから待っててね」
墓の前でしゃがみ、手を合わせ呟いた。
「…じゃあな」
そしてボクは歩き始めた。
初めて好きになってくれた人の家を後にする。
また、どこかで巡り合うことを祈って一歩一歩を踏みしめ、ボクは進んでいくのだ。
ふと、風が吹く。
ボクの白くなった髪と漢服を靡かせる。
──ありがとう
そう聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
まだ、旅はこれからだ。
了.
