冬桜 薄紅の 夢幻かな

冬桜 薄紅の 夢幻かな

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

あくせく働く毎日に自分は社会の歯車に収まってしまっているなぁ、、、なんて思ったりする。

だがしかし、無造作に置かれた幾つもの歯車を目の当たりにして僕は気づいた。





人が持っている歯車は一つじゃないんだ。




自分が毎日働く事は自分の持っている『働く歯車』であり、自分は違う種類の歯車を持っているのだと。


それは『家族の歯車』であり『友の歯車』であり『地域の歯車』であり、もっと言えば『生物の歯車』であり『宇宙の歯車』であるのだろう。


自分の持つ歯車を『誰に』『何に』『どんな時に』『どれだけの期間』使うかで自分の生活は動いて行くと感じたら、社会の中で愚直に生きることは単一作業の毎日ではあり得ないとふと気づいた。


同じ時間に生きる人間が、それぞれの歯車を持ち寄り合わせて人間社会が動いて行く。

同じ時間に生きる生物が物質が、それぞれの歯車を持ち寄り合わせて世界が宇宙が動いて行く。





そうやって動かしてきた歯車がもたらす未来は


只々回っているだけの時計のような存在なのか



それとも複雑な組合せの機械のような存在なのか








それともある瞬間に止まり動かなくなってしまう存在なのか












もしも君が

私のこと好き?

なんて聞いてきたら

僕は迷わずに

好きだよってこたえるだろう





考えることもなく条件反射で

特別これという感情も込めず






別に嫌いとこたえても良いのだけど

特別これという感情も込めずに







好きとか

嫌いとか

特別なことじゃなく普通のことだから

君のとなりにいるのに必要なことではないから






好きとか嫌いとか感じる思いを隠すことなく

となりに居られるのが君だから





となりに居てくれるのが君だから










ふと何かを思う




仕事に追われ 時間に追われ

いろいろなモノに追われる毎日の連続の合間




生きることの意味を考えた末に

生きるべくして生きる と結論を出した若き頃




暇だからこそ考える時間があるのだと

忙しく生きていれば考える暇などなく

常に現状をこなす事に精一杯であろうと




だから 生きるべくして生きる それでいい






忙しい毎日の中で ふと舞い降りる思い




迷いであったり 不安であったり

ほかの何かであったり





時に考える時間は必要かもしれない

だがしかし

考えている間にも時間は進み続ける




日々に追われ 考える時間も無い時は


日々に追われながら 生きながら 考える


それしかないじゃない






矛盾しているようで

考えて無いようで




いつの間にか結論に辿り着いている










それが 生きるべくして生きる




それでいい