ピンポーン

時計を見れば午前7時。
こんな時間に誰だ?
そう思いながらドアを開けるとスーツを着た見知らぬ若い男性が。
「○○さん(彼女)いますか?」
まずお前が名乗れよ、こんな時間に非常識なヤツだな
なんて思ってイラつきながら
「どちら様ですか?」
「えっと・・○○さんはいませんか?」
「だから誰なの?誰か分からなかったら伝えようもないだろが!」
とやり取りをしてた所でどうしたの?と彼女が来る。

「あ!○○さんですか?ちょっとお話したい事が・・」
とか言いつつ外に出てドアを閉めようとする。
「ちょっと待てよ何なんだよ!」
と、私も外に出て話を聞くことにした。
この時までは「元カレか?」くらいに思っていて、完全に敵視してた。
「△△の者でして・・ご返済の期限を過ぎてもお支払いがなかったもので」




ん?
ご返済?
お支払い?
△△?

パニックに陥りそうになるが、まずは話を進める為に彼にお帰り頂くことに。
せめて利息分だけでもとの事で、1万程度を握らせてその場を凌ぐ。

「何があった?」
「実は・・お母さんがお金に困ってるみたいで、△△にウチの名義貸してカード作らせたの」
「だからお母さんが滞納してたみたい お金ゴメンね?」

駆け落ちの負い目があったので
子供の名義で金借りて返済もしてない!?信じられん!
との思いを必死に抑えながら分かったよとだけ伝えて終わりにした。




当時の彼女は私とは違う、同棲していた家から近所のパチンコ屋に努めていた。
そう。「務めていた」のだ。
私が全てを知るのはそれから数ヶ月後の話。




嘘だった。
務めていたのは事実だが、既に退職していたらしい。
だから給料がないのは怪しまれる、疑われるとの思いから借金をしたようだ。
一言言ってくれさえしたら良かったんだ。
少しキツいが私だけの稼ぎ生活ができない訳ではなかったのだから。
だが彼女は嘘を吐いて仕事をしてるフリをしていた。

この頃からだろうか。
私が人を疑うようになったのは。
人の視線や表情に気を配るようになったのは。
細かな変化に気を配るようになってしまったのは。

彼女のご両親にだけは知られたくない思いで私が借金を肩代わりした。
「今後はもうしないように。 辛くなったら辞めてもいいから相談してね。」
私は出来る限り優しく諭すように話した。

が。

私が肩代わりした事で利用額に余裕ができた彼女はまた同じことをした。
2回目は私が先に気づき、声を掛けた。
「ねえ本当はまた仕事辞めたでしょ?」と。

原付きで通ってるはずなのに毎日1km足りとも動かないメーター。
冬で先ほど帰ってきたと言うには暖かすぎる部屋。
全てが物語っていたから。
仕事に行ったフリをしていたって。

流石に二度目ともなると心構えができていた為、動揺は少なかった。
だが、膨らみ続けるのは私の借金。
ウン十万なんて大金は借りないと払えない。
そこでもう一つの消費者金融に手を出した。
私の名義で。

2回目は感情的になりそうになる心を必死で縛り付け、
諭すように話そうと務めたが難しかった。
なんと言ってもこれで私の借金が3桁に近くなってしまったのだから。

「頼むからちゃんと話してくれ!最初から怒ったりしないから!」
懇願するように何度も何度も話した。
「ゴメンね もうしないから。 次はないようにするし、仕事も辞めないようにする」
そう話す彼女の表情に気づいた。
気づいてしまった。
あぁこれ嘘だって。




過酷な労働状況は多少落ち着きを見せ、
少ないながらも休みをもらえたり、10時間程度の労働時間になり、
少しは余裕が持てそうな時だった。
彼女がまた新たな職場を見つけた。
「今度は大丈夫」
そう自信ありげに話す彼女の顔はまたも嘘吐きの顔だった。
不安ではありつつもしばらくは落ち着いた安定期に入れた。
気がしてた。




あれは私の少ない休みの日の事だった。
彼女が仕事から帰らない。
連絡しても繋がらない。
心配で心配で闇雲にあちこちを走り回った。
電話があったのは朝方だった。

「・・・もしもし 起きてる?」
「もちろんだよ!心配したんだぞ!どこにいるんだ!?大丈夫か!?」

次の言葉で私の意識が遠のきそうになった。

「・・・ごめん 今男の人の家」

言葉にならないってのはあの時に初めて知った。
本当に言葉にならなくて何を言ったか覚えていない。
「とにかく帰って来い!」
と怒鳴ったのだけは覚えている。

心を落ち着ける為に腕を組み、机に突っ伏しタバコに火を点ける。
何があった?
何がどうした?
男の人?誰だ?
友達いなかっただろ?
30分程度で家に戻れると言われ切ったケータイを見つめる。
どうしてこうなった?
なんで?
え?もしかして浮気?




そんなまとまらない思考で頭がグルグルした。
焦点が定まらず、じっとケータイだけを見つめていた。
と、ふと違和感に気づく。
なんか変な臭いがすると。
焦げ臭いような、なんて表現したらいいか分からないような初めて嗅ぐ臭い。
あ タバコ落としたかな?
と、タバコがあるはずの右手を初めて見る。
そこに映ったのは火種が付いた左腕だった。



「え?なんで熱くないの?」
が、最初の印象だった。
その奇妙な感覚に火種を振り払おうとは思えなかったのかな。
燻り、色を変える左腕を見つめていた。
いつしか火が消え、灰だけが残っていた。
「火傷してるよな?これ」
そう思いようやく灰を落とす。

気持ち悪い

視界が揺らめく

なんで熱くないの?

この異常な状況を確かめるべく再度タバコに火を点け、腕に近づける。




「熱くない・・・」

針でチクチクされたような感触こそあれど、痛みや熱さが全く無かった。

気持ち悪いな俺

最初に思った感想だった。

そのまま何度もタバコの火を腕に近づけ続けた。

何度も

何度も

何度も。

だが何度やっても熱さや痛みを感じることが出来なかった。

そうこうしてる間に彼女が帰宅する。

ここで話した事が今では全く思い出せない。

だけど、ここからかな。

お互いの関係が崩れていったのは。




もはや疑いの目でしか見れなくなった。

仕事は?

他にもまだ男がいる?

隠し事は?

一緒にいるのが辛くなった。

一番信用してた。

一番心を許してた。

一番




信じたかった。




それからと言うもの、私は当て付けとでも言うように
他の女の子を口説きまくった。
最高で3股までした。
でも




心が晴れることはなかった。




当然そんな行動は彼女の知る所になるのも時間の問題で。
寝てる所を叩き起こされ、「これ誰?」と詰め寄られる事もしばしばあった。
もう限界だった。
彼女が私と一緒にいるのは、他に居場所がなかったから。
いつからかは知りようがないが、彼女にとって私は同居人でしかなかった。

そんな生活も終わりはあっさりしてるもので、
新しい彼氏が出来たと言い残し、彼の元へ行ってしまった。

抜け殻だった。
本当に好きだった。
最初に付き合った彼女も本当に好きだった。
だけど最初の彼女とは結婚はできないねとお互いで思い合う相手だった。
だからこそ別れた後もいい思い出にできた。
こんな俺に今まで付き合ってありがとうと感謝できるくらいには。

一人になり、彼女の荷物がなくなった一人で住むには広すぎる
3LDKの部屋が広く、広く感じた。




その直後だったかな。
母の再婚相手が経営する会社が潰れたと耳にしたのは。
再婚相手と言うからには、当然離婚してるんだ。
私の両親が離婚したと知ったのは小学校の高学年辺りか。
ハッキリ知ったのは中学に入ってから。
それまでは私と弟が眠りにつくまでは添い寝をしてから帰り、
朝食の時間には来てくれていたらしい。




そんなこんなで最愛だった彼女との生活が終わった。




そして次に出会うのが後に嫁となるアイツだった。