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REGINA LOCUS(レジーナローカス)の多少争論

化粧品業界の常識に挑戦する異色のエイジングケア専門化粧品会社。突き抜けたエイジングケア化粧品を作っています。

思えば、まだメンズエイジングケアというものがまだ全く売られていない時でした。

REGINA LOCUS MENトータルリバイタライジングクリーム第一号を発売した時のことです。

その頃は、思い切った商品を!ということで

フラーレン5.0%を配合して、12,000円(税抜き)で販売していました。

 

やはりメンズ商品でクリーム一個12,000円は高すぎるということになり、

フラーレンの配合濃度を下げ、6,500円という現在の価格になりました。

しかし、フラーレンの濃度は1.0%配合していますので、他社と比べれば、

コスパはいいはずです。

 

しかし、何とか5.0%配合に戻したい、

が、原価が跳ね上がり不可能に近い。。。

ということで、悩みに悩んでの決定です。

 

利益はほとんど出ない。

しかし、圧倒的な効果を感じ、多くの方に使ってもらえれば

何とか採算は取れるかもしれない。。。

というギリギリのラインです。

 

なぜか、

やはり、メンズ商品、

毎回毎回リピーターのお客様がほとんどです。

「すごくいいです。REGINA LOCUSの商品はすごくいいですね。開発者の心意気が伝わってきます」

というメッセージを結構頂き、本当にありがたい限りで、

ファンの皆様を驚かす仕事をすべきだ。

こんなものが世の中に存在するのか!という驚きの商品を作るべきだ!

という私個人の強い思いがあります。

 

払った金銭的価値以上の実用的価値(効果)を提供する。

 

この一言に尽きます。

6,500円では世界中探し回っても、絶対に買えないという商品でなければ、

わざわざ星の数ほどあるエイジングケア商品の中で

REGINA LOCUSを選ぶ理由はないのです。

今まで、最も優れたエイジングケアという自負はありましたが、

目が肥えてしまったREGINA LOCUSファンの皆様を

さらに驚かす仕事をします。

 

リニューアルを重ね、ついに配合成分は最終局面へ。

全ての戦う男たちへ、顔に自信と勢いを。

これが最終解、完全ゲームのエイジングケア。

 

フラーレンを5倍の5.0%配合し、最新原料であるヒト幹細胞培養液を1.0%新たに追加。

その極限のパフォーマンスを追求し、ついに配合成分は最終局面に到達した。

どんなに頑張ってもマネのできないものがある。

それはREGINA LOCUSとしてのプライドをかけた最終解。

圧倒的勝利を収める完全試合のエイジングケア。

REIGNA LOCUS MENトータルリバイタライジングクリーム

 

2017.01.14発売。

6,500円(税抜)

なんと!お値段そのまま。

これは逆立ちしても他社にはできない!

長いこと開発をしていました。

ついに商品化まで漕ぎ着けることができました。

2017年1月中旬に発売予定です。

 

最上級エイジングケア美容液、

Imperial The Serum

インペリアル ザ セラム

 

詳細はリリースと共に発表致します。

 

これに伴い、REGINA LOCUS MENトータルリバイタライジングセラムの生産を終了し、

Imperial The Serumに統合致します。

 

このクラスの処方内容は

男女の区別なく、Imperial Seriesという名にふさわしい

効果を発揮するため、ユニセックスモデルとなります。

 

 

歳を経ることに、年を経るスピードが加速している気がします。

一年が早い!

つい先日、新年云々なんて言っていた記憶があります。。。

楽しい日々、充実した一年でした。

皆様はいかがでしょうか?

 

さて、緊急告知、

今回の年末年始企画は

LVN The Creamのセールです。

 

 

 

REGINA LOCUS最上級シリーズ、

LVN The Creamのセールです。

 

使った方からは、「これはすごいわ!」という一声。

他に言葉が見つからなかったそうです。

 

定価30,000円(税抜き)を

約50%OFFセール価格 14,900円(税抜き)

となります。

 

在庫が終了し次第、セールは終了となります。

 

LVN The Creamのセールはこれ以降、行う予定はありません。

 

年末年始も通常通り発送は行います。

 

しばらくブログの更新が滞ってしまいました。

現在、サイトリニューアルやパンフレットの作成や新商品リリースの準備で色々と。。。

REGINA LOCUSの場合、商品開発(処方内容・要求性能)キャッチコピーから商品写真の撮り方、商品説明、シリーズごとのイメージ画像、デザイン、ボトルデザイン、サイトデザイン、サイト作成

全て私一人で行います。

 

なので、新商品開発というのは、意外と大変なんですね。

キャッチコピーとかは、パッと浮かんでこないので

デザインもパッと浮かんでこないので

進まないときは、一日の進捗が0という日もあります。

 

さて、こんな記事を見つけました。

http://gqjapan.jp/life/travel/20161129/american-express-card-bus-tour

 

 

新宿、神楽坂、湯島で学ぶ「大人の粋」 アメックスのバスツアーで男を磨く!

“粋”とは自然に身につくものではなく、学んで身につけるものだ。スタイリストの近藤昌さんが案内するアメリカン・エキスプレス(アメックス)のバスツアーに参加。大人の男だけが知る東京を巡った。

 

 

という記事。

とっさに思ったことは

「それはいかんでしょ!」

 

粋というのは、学んで身に付けるものではあるが、

これが「粋」です。とマニュアル的に出されたものを

コピーして「これが粋」だ!というものではない

と考えています。

 

ファッション界の重鎮が出てきて色々「粋」を指南する。

(重鎮と言われている時点で、その人は終わっているのですけれども。。。失礼な表現ですが。現在絶賛活躍中で業界の最前線にいて、最新情報を発信し、得ている人は、「重鎮」とは表現されないわけです)

というのは、違うと思いますね。

 

粋というのは、人生の芸術であると考えています。

芸術というのは、これが「モナリザ」だ!と言って

それをそのまま書き写して、これが芸術だ!とはならないわけです。

 

自分の中の美学を生み出し、それを磨き上げ、独自色を出し、

それを表現していくことが芸術である。

粋というのも、その人の歩んだ人生や思考や嗜好、

色々試して磨き上げ、そして独自に生み出したものが粋であり、芸術である。

 

「ネイビースーツを着こなしてこそジェントルマン。」

という表現があった。

ネイビースーツを着れば良いのか?ということが言える。

なぜネイビースーツなのか?

その裏には、ドレスコードというものへの理解が必要だ。

ややオフィシャルなパーティーなどでは、ドレスコードに「ダークスーツ」という記載がある。

ダークスーツとは何か?

一般にはチャコールグレー系のスーツがダークスーツと言われるが、

実は、知っている人は、

高級な生地を使ったネイビースーツは「ダークスーツ」になるということ。

それでも、ネイビースーツはオフィシャルな色が強い。

欧米の各国首脳がサミットなどに出席する際は男性ならネイビースーツだろう。

そして、普段のビジネスシーンでも使えるという

A-Z的なスーツである。

 

一般的に生地はsuper100s程度のものが量販店で売られている。

しかし、super150sというかなり番手の高い(細い糸という意味)生地は

見た目にも、艶と生地のしなやかさが全く異なる。

それは、ダークスーツと言える、主賓に対して失礼のない服装となる。

 

ネイビーのスーツを着こなすということは、生地からこだわって、

そして、各テーラーごとにベースの型があり、その型が一番良いところを見つける

という非常に手間と時間と金のかかる経緯が必要。

 

ベースの型の違いというのは非常に大きい。

量販店のスーツとオーダスーツ、各店のオーダースーツを着比べてみてほしい。

同じように見えても、形が全く違うのだ。

 

その中から、自分の美学に合うものを探し出し、

自分の雰囲気に合うものを探し出してこそ、

着こなすということができる。

 

もちろん、マナーや作法を知ってることは当たり前。

その上での話。

ネイビースーツを着こなすということは、一例に過ぎないが、

その奥にある芸術性を発見し、自分のものにするということだと思う。

マナーや作法という制限の中で、許される範囲の独自の芸術性を仕込んでこそ

「大人の粋」というもの。

それは、自分から言うものでもなく、何も言わずに、

分かる人には「おっ、こいつ!できる!」と分かってもらえば良いし、

それが「大人の粋」

 

粋というものに、答えはない。

十人十色の人生があるということは、十人十色の美学があり、

十人十色の粋がある。

しかし、それは色々試し、探し、独自の芸術を作り上げていくということだと思う。

 

もちろん、全部「粋」ということはあり得ない。

粋であるところもあれば、粋でないところもある。

しかし、教科書的な画一的、総花的な粋はあり得ないのだ。

なぜなら、それは十人十色だから。

そして、言わないこと。

「粋」の反対は「野暮」って言葉があり、

粋だと教えられて、それを粋だと主張することは「野暮」だ。

粋なものを、これは粋だと人に言うことは「野暮」だ。

 

まぁそんなことを思いました。

 

 

最近、非常に気になっていることがあります。

上の話と関連することですが、

創造した芸術なのか、与えられた芸術なのか。

 

昨年、マイナーどころでロシア、モスクワとサンクトベテルブルクに行きました。

そこでみたのは、旧ソ連時代の威厳を感じさせる建築物の数々。

でかい、豪華。

しかし、どこかで違和感を感じた。

 

 

確かに、旧ソ連時代の公共エリアは非常に豪華。

しかし、違和感を感じるのは、それと対照的に文化やファッションに全く興味のない人々。

 

なぜ?

 

という疑問が湧く。

一見、文化的な都市に見えるが、人々は全く文化的ではない。

カフェやレストランも全く文化的ではない。

 

上の話とリンクするが、それは与えられた芸術であるからか?

と自分なりに仮説を立ててみた。

サンクトは確かにバレエや交響楽団などもあり、

一見文化的な気もするが、なぜか、違和感を感じる。

なぜか、画一的なのだ。

 

フランス、パリの街並みを見たときに、あれ?

サンクトベテルブルクとそっくりじゃない??

と感じだのだが、どちらが古いかといえば、もちろんパリ。

うーん、その答えを見つけるためには、パリへ行くしかないだろう。

ということで、フランス語を勉強中です。

 

どんなに頑張っても、芸術性は与えられないし、

コピーもできない。

ということだろうなどと思いつつ。

 

無駄に長くなってしまった駄文をそろそろ終わらせよう。。。