Place Of Dispatchのブログ

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Place Of Dispatch(P.O.D)川崎小川町、クラブチッタ裏にあるペットOKのレゲエカフェバー。プレイスオブディスパッチです。

ここではお店での出来事や情報をブログに書いて行きたいと思います。

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ご無沙汰しております。早いもので、もう7月も後半ですね~

関東の梅雨明けはしたものの、不景気の雲はまだ晴れず…

なんだかモヤモヤとした昨今でありますww


さてさて…今回のお題は選択と決断です。こう言うと

なんだか小難しい事の様に聞こえますが、これって

誰もが日々当たり前にしてる事なんですよね。


例えば昼食に何を食べようかと考え、いくつかの選択肢から

その日その時に食べたいものを選び、決断してる訳です。

またA地点からB地点までの移動方法なども、電車にするか

自動車にするか?自転車か徒歩かなど、選択し決断しているし

さらには電車で移動すると決断した場合でも、何線を使うのかを

選択している訳です。時間や運賃に差がでますからね?ww


そうやって人は日々選択と決断を繰り返し、その度に頭を

使っているんですよね。まぁ例に出した事柄は、日々当たり前に

行なっている事なのでそんなに意識しなくてもいいかとは

思いますけどw


ただ仮にですよ?この選択と決断が多い人ほど充実した

人生をおくっているとしたならばどうでしょうか?

そして、その選択と決断の内容が重要であればある程

大きな充実感を得られるとしたならば?


私は小さいながらも一応は店を経営しているわけです。

開店に至るまで、それこそ多くの選択と決断をしてきた訳です。

開店まで…物件選びに始まり、内装工事の依頼先や

設備機器の購入先などなど…まさに選択と決断の日々を

数ヶ月間おくった訳ですよ。あの時は大変でしたが

今思えばあの数ヶ月間はものすごく充実した毎日をおくって

いたなぁ~などと懐かしく思う訳ですww


ここで例題ですw設定は夕食時としましょう。

Aさん『何食べにいこうか?』

Bさん『なんでもいい』

Aさん『和洋中どれがいい?』

Bさん『それもまかせる』

Aさん『それじゃ中華にしよう。○○飯店でいい?』

Bさん『胃がもたれそうだけどそこでいいよ』


この会話から、最終的に満足したのはどちらでしょうか?

選択と決断を多くしているのはAさんですよね?

BさんはAさんに全てを委ねるという選択と決断をしただけ

一方Aさんは食事のジャンルとお店を選択し決断しました。

結果、Aさんは満足できる食事になりそうですよね?

Bさんは若干求めるものとは異なってしまった様に感じませんか?


悩み考え、行動に移した人には良い結果がまっている…

私はそうあってほしいと願っているんですよ。

だから先程の会話も


Aさん『何食べに行こうか?』

Bさん『和食がいいな』

Aさん『私は中華がいいんだけど?』

Bさん『何それ?絶対和食がいいんだけど!?』

※ここで喧嘩してはダメですよねww

Bさん『それじゃ別々で食べよう』

※これも寂しい気がしますねww

Bさん『それじゃどっちも食べられるとこ探そう!』

Aさん『そうゆうお店知ってるよ。ちょっと遠いけど』

Bさん『近くにないかな?今携帯で調べてみるよ』


どうですか?なんだか二人の関係がより良いものになっている様に

思いませんか?お互いに選択して決断していくことで

会話も弾んでいくし、その先の結果も良いものとなる様な気が

しないでしょうか?ただしここで重要なのは独り善がりにならず

お互いが相手の事を尊重し気遣うという事が大切ですね。


周りに流されて、考える事なく生きていくのは楽だと思います。

ただそれでは充実した人生はおくれないかもしれない…

例に挙げた事柄は些細な事ですがwその些細な事から

意識し実行してみるのもいいかもしれないですよね?

そうすれば退屈な日々が少し楽しくなるかもしれませんww

そして日々意識し実行していれば、いずれ大きな選択と決断を

迫られても臆する事なく、その先の大きな幸せと充実感を

見据える事ができるかもしれない…

そんな事をふと思ったので久々の書き込みをしてみましたww


大型連休も終わり、どことなく待ちゆく人々がお疲れ

モードの様に見えますが…皆様はどうでしょうか?


どうも、ご無沙汰しております。今回はお店とお客さんの

関係について思うとこを書こうかなぁ~と…シラー


うちのお店は路面店なので、フラ~っと入ってくれる

お客さんも多少いるんです。その日もそんなお客さんが

一人で来店してくれたんですよ。

五十代後半、男性の方でした。その時お店の中は

そのお客さんだけのまさに貸切状態ww

そのお客さんは色々なお店を飲み歩いているらしく

他店での自分自身の扱われ方なんかを話し出したんです。

『どこそこのバーでは常連客とばっか話をして、相手にして

くれなかった。店側は一見を大事にするべきだ。常連なんかは

ほっといても勝手にやってるからいいんだ』

まぁ確かに一理ありますけどねww

そんな話をしていたら、うちの常連のお客さんが

二人連れでいらしたんです。そんなこんなでその日は

一見のお客さんが帰られるまで、そのお客さん中心の

会話になったんです。きっと常連のお客さんも話したいことが

沢山あったと思うんですけどね。まぁ一見さんが帰ったあとは

ガッチリ話はできたんですけどwwでもうちの営業時間は

大幅にオーバーしちゃいました…


1~2週間後のある日、二度目の来店をしてくれたんです。

その日は続け様に常連のお客さんも来店したんです。

私は常連のお客さんと話があったので、常連さんの

お相手を…相方はお客さんの注文の調理をしていたんです。

当然二度目の来店のお客さんは一人静かに飲むことに…

次の瞬間『邪魔者は消えますよ!!』と言って一杯分の料金を

支払い帰っていかれました。15分ほどお相手できなかった

だけなんですけどね~ガーン


ここでふと思ったんです。その方は一見とか常連とか

関係なく、自分中心で会話が進まなければ嫌なだけでは?

仮にその方がうちの常連になった時、私や相方が一見さん

中心に会話をしたならば?その時はやっぱり

『邪魔者は消えますよ!!』と言って帰るのではないでしょうか?

まぁ私の勝手な予想ですけどww


結局常連も一見もないんですよね。店員も人なわけですよ。

話をしていて楽しい人なら、例え一見でも会話は弾むわけです。

逆にいくら常連になっても話が自己中心的でつまらない人とは

会話は弾まないわけですよ。もちろん会話が弾んでいる風を

装うことは可能なんですけどね。完全に聞き役に徹して、

相槌をうっていればいいんですよww

ただそれって会話ではないですよね?こちらからの問い掛けは

一切無いわけですからww

しかも店員が聞き役に徹するということはその間店員を

独占してしまうということなんです。話がつまらない人との

ガチンコの数時間…想像してみてくださいwwマジでキツイ

ですよ~ww


常連のお客さんは共通してお店のこと、はたまた店員のことを

想ってくださっている気がします。店が込み合っている時などは

店員に代わって他のお客さんに話し掛けてくれたり、注文の際も

忙しそうなときには手の込んだものをあえて避けてくれたりも

してくれるんですよね。でもこれって一見のお店でもできること

だと思うんです。少しだけお店や店員を気遣ってあげるだけで

いいことですからね。『こちとら金払って飲み食いしてるんだから

気遣いなんか無用だ!!』そう思う方もいるかもしれませんが…

ハッキリ言って金払って飲み食いするのって当たり前ですからww

飲食店に限らず、どの様な業態の店舗でも商品や技術や

サービスに対して金銭を支払うのは当然ですからね。

『お客様は神様』よく耳にする言葉ですが、慈悲の心がない

神様は悪魔になってしまう…そう思いませんか?


お客と店の関係に沿って話をしてきましたが、これって

どんなことにも当て嵌まることだと思います。

近所付合いや友達関係。電車で隣合わせた人や、ただ

すれ違っただけの関わりですら、互いに少しの気遣いが

あれば気分を害することってなくなりますよね?

そんなに気遣って生きていては疲れそうですがww

でも結果的にその気遣いは必ず自分自身に返ってくると思います。


私は思うんです。誰しもがほんの少しの気遣いと謙虚さを

心に持っていれば、素晴しい世の中になるのでは

ないでしょうか?自己中を否定はしません。自分を一番に

考えることは、命ある者なら当たり前ですからね。

ただそこに他者への気遣いと謙虚さを忘れてはいけない

のではないか?そこを忘れてしまっては、人として生きて

いく中で結果的に自分が生きにくい世になってしまうのでは?

そんなことを思ったので、ダラダラと長文にしてしまいましたショック!


え~…P.O.D店主です。不況の影響なのか、なんなのか…

営業中お客さんが来店するのを『待つ』ことが多い昨今です。

まぁこの商売『待つ』のも仕事のうちなので~

お客さんがいない時間はPCいじったり、PSPでゲームしたりww

『待ち』時間を有効に利用しておりますww


ふと思ったのですが~人ってどれぐらい待つことができるのか?

例えばうちは飲食店なわけで、フードやドリンクの注文を受けたら

極力待たせることなく提供できるよう努力してるわけですよ。

でもそこで20分、30分待たせたとしたら?きっとお客さんは

怒って帰ってしまうでしょうね~ww

しかし同じ飲食店である某ドーナツ屋さんなどは…

外に長蛇の行列ができ、1~2時間待ちなどもあるほどだそうで…

その場合はお客さん自身が待つことを承知しているから、決して

怒りだす人はいないわけで…


それならば食べ物ではなく、人を待つ場合はどうでしょうか?

親しい友人を待つ、はたまた愛しい恋人を待つ…逆にいつも

待たせてしまっているほうだ~なんて方もいるでしょうねww

まぁここは待たせてる側はおいといて~待つ側の話

どれぐらい待つと怒りを感じますか?

友人と恋人では、待てる時間に時差があったりなかったり…


なんだか考えると面白いですよね~ww

思えば人っていつもなにかしらを待ってるような気がします。

目覚ましが鳴るのを待ち、通勤では電車やバスを待つ方も

いるでしょうし。会社にしても学校にしても始業と終業の

時間を待ち、家に帰ればお気に入りのTV番組が始まる

のを待つなんてこともあるでしょうww


私は釣りが好きなんです。釣りでも魚の群れを待ったり、

釣りに適した時間帯を待ったりするんですよ。

ただ、釣りの場合の待ち時間ってさほど辛く感じないんです。

好きな物や事柄なら待てるのは当然ですか?ww

そうとも言い切れないですよね?何故私が釣りの場合

待つことを苦に思わないのか?それは…

それは待っている間も何か考えてるし、やっているからだと

思うんです。試行錯誤してるわけですよ。


ここ重要ですよね~wwただぼーっと待つと辛いのでは

ないでしょうか?待っている間、何を思い、何ができるのか?

そんなことを考え、行動すれば待つ間も充実するかもですね。

待ち時間が充実していれば、例え嫌いな物や事柄を待って

いてもさほど辛くないのでは?それは極論ですがww


人間に限らずすべての生命体は、もしかしたらいずれ来る

死の瞬間を待っているのかもしれません。

死の瞬間をただぼーっと待つだけの人生…そんなの

まっぴらごめんですよね。ならばおもいっきり考え

行動して、死の瞬間を待つとどうなるでしょうか?

多少充実し、楽しい人生がおくれそうじゃないですか?ww


なんだか話が大きくなっちゃいましたねww結局私自身が

待つの好きじゃないんですよwwでも生きている限りは

絶対に何かを待たなければいけないわけです。

どうせ待たなければいけないのなら、その待つということを

楽しいものに変えられないかなぁ?ってことですww


長々と駄文を失礼しましたww待ち時間の楽しい過ごし方を

ご存知の方は是非聞かせてくださいね~ww

お店で聞かせてくれるのであれば、一杯私から奢らせて

いただきますよ~ww