お盆だからか何となくセンチメンタルです。

二十数年前、息子が生後一カ月半の時、私もまだ若く知識もないなりに夫と頑張って育児をしていました。

実家は近いのですが、同居家族がいて、完全外様だった私は親子仲が微妙なこともあり、世話になれないなりたくない、それでもって意地も張って張りつめて限界に来ていた頃、ベイサイドエリアの病院”ホテルK”にお世話になった時の話です。

結果としては息子が心不全を起こしていて、電話も病院も(たらい)回され流れ着いた二次指定病院だったのですが、いい先生にも出会えました。

あの日に起こった出来事、先生や看護師さん、救急隊員さんとの会話、一連のモノは良いことも悪いこともきっと忘れないでしょう。

そんな入院初日は朝焼けを病院の窓から眺めていました。

小児病棟は付き添い看護が義務だったため親子で病室で過ごし、私の洗濯物、お風呂の時間を作ることと母が作って持たせてくれたご飯を届けるために夫が通いで毎日病院に来てくれました。賑やかなベイエリアでお出かけに華やぐ人の波を病院に急ぐ毎日です。きっと気持ちも沈んだだろうし夫も辛かったと思います。

初節句が出来ない旨を自分の両親に電話で伝えたところ、一度だけ両親そろって見舞いに来ました。そしてもう一度、夫が来れない時に母が一人でご飯を持って見舞いに来てくれました。

電車で一時間以上かかる上に最寄駅からも10分以上歩いて遠くから来てくれたのに、くだらない喧嘩が原因で5分で帰ってしまいました。授業一コマのために時間掛けて学校に行ったのに休講だったのですぐ帰るみたいな感じです。

ふと目線の先に母が忘れた傘が残されていて、慌ててエレベーターホールまで走って届けに行きました。喧嘩中だったのでぶっきら棒に渡して返事もぶっきら棒でホント馬鹿です。もっと大事なことを感じてても言えませんでした。

ベイエリアに泊まったのは、この入院期間が最初で最後?いや、これからが私にあるのかわかりません。でも今年になって、息子が彼女とデートしているホテルから送ってくれた写メをみて、その目と鼻の先にホテルKがあることにすぐ気が付きました。

色々思い出すことが多い時期ですが、母にとって私は自慢できない娘だったし、少しいびつでお世辞にもいい親子関係ではなかったと思います。私は母に酷いこともしたし、母には酷いなと思うこともされたと思います。

でも親として頑張ってくれていた母に、もっと素直に感謝の言葉を掛けなかったことを悔やんでいます。